涼の部屋へ
通話を切ったので、涼からの電話も途切れた。
着信履歴を探して、すぐ、涼に電話を掛け直した。
「涼?」
『沙都……お前、今どこよ。まだ、帰ってないじゃないか』
「うん。もう直ぐ家に着くよ」
『今から、俺ん部屋に来いよ。お前んちとうちの親、区の集会に出かけていないしさ……それに、沙都、ipod忘れてるぞ。お前の好きなアニソン入れといてやったから、それも取りに来いよ』
いつもの優しい涼の声だった。
「うん。今から行く」
涼の声を聞いて、また、涙が溢れて来た。
青木クンとのことを聞かれるに決まっている。
わたしを庇って怪我をした青木クンに……
断ることが出来なくなった。
わたしのことを思って、庇ってくれた青木クンに……
断れない。
青木クンに何も言えない……
直ぐに涼に会いたい気持ちと、この重い気持ちが心の中に入り混じった。
涼になんて言えばいい。
涼になんて……
いつものように、涼の家の玄関のドアを開けると、中では涼が玄関の敲きに立って、わたしを待っていた。
涼の表情は電話で感じたものより、はるかに機嫌が悪そうだった。
「沙都……こんな時間まで、ずっと青木と一緒だったのか?」
「うん。ちょっと色々あって……」
「色々? 色々ってなんだよ」
「べ……べつに涼の心配するようなことじゃないから。明日……ちゃんと話すよ」
「明日? どう言うこと?」
涼が勘ぐるように見つめて来た。
「ごめん……今は言えないんだ」
「言いたくないなら言わなくていいよ」
「ごめん……」
そう言うと、
煮え切らないわたしの言葉に愛想をつかしたのか、諦めモードの涼がわたしの腕を取って
「部屋に来いよ」
腕を掴まれたまま、靴を脱いだ。
そして、涼に手を引っ張られたまま、涼の部屋へと続く階段を上った。
部屋に入ると、机の上に置いてあった、ピンクのipodを手に取り、わたしに手渡してきた。
「ありがとう……あのアニソン入れといてくれたの?」
「うん。沙都が好きだって言ってたし、今日サッカー部のヤツにCD借りたから」
ipodのイヤフォンを自分の耳に入れ、操作する。
お気に入りの曲が流れて来た。
ハイテンションの曲。
さっきまでの重い気持ちが少しだけ晴れて来た。
好きな音楽を聴くと、嫌な事も忘れられる。
目を閉じて、曲に聴き入っていると、急に……
背中から涼に抱きしめられて、耳からイヤフォンを外された。
「涼……」
「さっき、達樹からの電話で、沙都とのこと聞かれた。あいつ、確信して質問してくるからさ……仕方なく、昨日の沙都とのこと……しゃべっちまった」
涼の息が首筋にかかる。
腰に回されていた涼の手が熱い。
「達樹に……喋ったの?」
「沙都はバカだって言ってた」
唇を首筋にくっ付けながらそう言う。
「達樹に軽蔑されたかな?」
「俺たちを応援するってさ。そして、今日のカラオケでの真菜とのことも叱られた。青木と沙都のことで、イラついてたしさ……真菜が勘違いするような態度取るなって、真面目に怒ってきやがった」
「真菜を家まで、送り届けたんでしょ?」
耳に涼の息が掛ってゾワッとした。
「もう、真菜から電話あったのか? ただ、送ってっただけだし」
涼の唇が首筋を何度も往復する。
「涼は……優しいもんね」
「沙都……もしかして焼いてる?」
「今日は……涼とのことばかり考えてたから……ずっと……授業中も涼のことばかり考えてた」
「俺も……沙都のことばっか考えてた。授業なんか、全然耳に入って来なかったし。それより、沙都……お前、青木に断ったか?」
一番聞かれたくない質問。
涼の腕に力が入り、体中の力が抜け始めた。
(涼のこと頑張る)
急に真菜の言葉がよみがえって来た。
なんの気兼ねもなくなった真菜は、これから涼に必死にアプローチするだろう。
真菜は本気だ。
涼の手のひらが制服の上から胸に伸びてきて、フワリと包まれた。
わたしは青木クンには断れない。
でも、真菜に涼を取られたくない。
涼を……怒らせたくない。
涼の気持ちをこのまま繋げておきたい。
「青木クンに……断ったよ」
口から嘘を吐いて、ゆっくりと目を閉じた。