まさかの事故
その声に驚いたわたしは、青木クンに話しかけるのを止め、声のした方へ振り返ると
いきなり、左側を歩いていた青木クンに突き飛ばされた。
突き飛ばされた勢いで、わたしは歩道の上に両膝を着いた状態で、倒れ込んでしまった。
キィー!
自転車の急ブレーキの音。
少し、下り坂の人が行き交う薄暗い歩道。
ギャシャーアン!
その音と共に、隣にいた青木クンと自転車に乗った、女子高生が一緒に雪崩れ込むように倒れた。
青木クンの腰に自転車の前輪がブレーキの音と共に追突したのだ。
国道と歩道の間に設置されたガードレールに、叩き付けられ地面に倒れ込んだ青木クン。
その背中に自転車と女子高生が折り重なるように倒れ込んだ。
「バカ野郎!」
通行人の男性が、その女子高生に罵声を浴びせた。
「大丈夫?」
中年のオバサンが、倒れたままの青木クンに駆け寄る。
その女子高生の耳にはイヤフォン。
「片手でメール打ってよ。この子!」
駆け寄って来たサラリーマン風の男性の声。
「あなた、無灯火じゃない!」
OL風の若い女性の声。
片手運転の上に無灯火。その上、耳にはイヤフォン。
わたしは身体が震えて歩道にしゃがみ込んだまま、立てずにいた。
歩道に落ちたピンクの携帯。
倒れた自転車の後輪だけがカラカラ回る。
その光景を茫然と見ていた。
自転車に乗っていた長い茶パツの女の子が、中年のオバサンに助けてもらってヨロヨロと立ち上がった。
そして……青木クンが倒れたまま動かない。
「額から大量の血が出てる。救急車を呼んだほうがいいでしょう」
歩道沿いの理髪店のおじさんが音と共に飛びだしてきて、倒れたままの青木クンを見て、サラリーマン風の男性にそう話しかけた。
その男性は直ぐにスーツのポケットから携帯を取り出し、操作し始めた。
「あなたは、怪我は無い?」
理髪店の奥さんがわたしの顔を覗き込んでそう、たずねて来た。
身体も、膝も、顎もガクガク震えて返事さえ出来ない状態だった。
青木クン……
額から大量の血……
一瞬のことで、青木クンはわたしを突き飛ばすのが精一杯で……
自分の身を庇えなかったんだ。
通行人が何人も集まってきて、わたしたちを取り囲む。
グッタリした青木クンを見詰めながら涙がワッと溢れて来た。
理髪店の奥さんの肩に凭れかかるようにして立ち上がった。
回りの喧騒とした雰囲気は伝わって来ていたが、涙が溢れた目だけを見開いていた。
倒れた自転車の籠がグニャリと折れ曲がっていて、どれほどの勢いで追突したのかを物語っていた。女子高生は右太ももと右膝をすり剥いて、血が出ていた。若いOLと中年のオバサンに両脇を抱えて貰ってようやく立っているといた感じだった。