第89話 探索はまだ終わらない
宝箱にしずくが手を掛けると、システムウィンドウが開いた。
【ローグライクドロップ:ボス宝箱】
ボスが落とす宝箱。
割といいものが入っている可能性が高い。
「…割といいもの」
しずくが小さく呟く。
ほのかが、すぐ横から身を乗り出した。
「その説明、信用していいやつ?」
「…ローグライクだから」
「信用ならないんだよなぁ」
ミコトは宝箱の周囲を慎重に確認していた。
「魔力的な罠は…見えません。普通の鍵だと思います」
「…じゃあ、やってみる」
しずくは宝箱の前にしゃがんだ。
鍵穴へ意識を向ける。
新しく得たばかりのスキル【解錠】。
不思議な感覚だった。
鍵の構造が完全に分かるわけではない。
けれど、どこに力をかければいいか。
どの部分が引っかかっているか。
どの順番で動かせばいいか。
それが、指先にうっすら伝わってくる。
慎重に指を動かすと、小さな音がした。
「開いた」
ほのかの顔が、ぱっと明るくなる。
「おお、初解錠成功!」
『しずく解錠成功!』
『ローグライクっぽくなってきた』
『ボス箱!ボス箱!』
『中身なんだ!?』
『月の剣の後に何が出るんだ』
しずくは、ゆっくり宝箱の蓋を開けた。
中には、大きな鋏が入っていた。
「…鋏?」
ほのかの声が、素で漏れた。
それは、普通の裁ち鋏などではない。
握りの部分が大きい。
刃も大きい。
全体の長さは、剣と呼んでいいほどある。
けれど、形はどう見ても鋏だった。
しずくが手に取ると、ずしりとした重みがある。
片手でも持てる。
だが、鋏として開閉するなら両手が必要そうだ。
システムウィンドウが開いた。
【大鋏剣】
鋏を模した大きな剣。
刃が内外両面にある為、剣としても鋏としても使用可能。
片手でも両手でも使用可能だが、鋏として使う際は両手で持つ必要がある。
見た目はあれだが、意外と高性能。
「見た目はあれだが、って言われてる」
ほのかが口元に手を当て、少しだけ笑みをこぼす。
ミコトも、困ったように瞬きをした。
「鋏としても使用可能なんですね」
「何を切る想定なんだろ」
しずくは、大鋏剣を少し構えてみた。
刃は重いが、重心の位置は悪くない。
見た目はかなり変だ。
大きな鋏をそのまま武器にしたような形で、格好いいかと言われると返答に困る。
でも、握ってみると分かる。
これは使える。
刃の外側は剣として斬れる。
内側にも刃があり、開けば挟み込める。
閉じた状態なら、幅広の片手剣のように扱える。
開いた状態なら、相手の武器や腕を絡め取るような使い方もできそうだった。
「しずく、それ使えそう?」
「…思ったより、悪くない」
「まさかの高評価」
軽く振ってみると、重い風切り音がした。
アタッカー型の今なら片手でも扱える。
普段の型だと少し重いかもしれない。
ミコトがそんな鋏剣を真顔で眺める。
「剣として使えるなら、盾と併用できますね」
「リーダーのような大型武器持ち相手に、武器を挟んで動きを止められればかなり強いと思います」
しずくは大鋏剣を見下ろす。
確かに、相手の武器を挟み込めば動きを制限できそうである。
『大鋏剣w』
『見た目はあれだがw』
『でもこれ普通に強そう』
『しずくの新武器候補?』
『盾+鋏剣は絵面が独特すぎる』
『ロック枠増えた直後に武器ドロップは熱い』
『ローグライクらしい変武器きた』
ほのかが、にやっと笑った。
「ロック枠増えたよね?」
しずくは大鋏剣を見つめる。
ロック枠は五つで三つ使用している。
銀のバックラー。
銀兎のジャケット。
踊り子の双剣。
枠は重いけど、前衛には選択肢が必要だ。
盾だけでは足りない場面がある。
機弩だけでは止められない敵がいる。
剣が必要な時もある。
「…ロック、する」
ほのかが嬉しそうに頷き、ミコトも同意する。
「前衛としての選択肢が増えます。今日みたいに剣が必要な場面もありますから」
しずくは、大鋏剣をロック装備として登録した。
システムウィンドウが開く。
【大鋏剣をロックしました】
ボス部屋で拾った、不思議で大きな鋏の剣。
見た目は変だ。
でも、今のしずくには妙にしっくり来る気がした。
ほのかが、改めて周囲を見回す。
「じゃ、回収終わったら帰ろう」
「…うん」
「しずくさんの傷も、早めに協会で診てもらった方がいいです」
「…そうする」
身体はまだ痛む。
だが、歩ける。
ボスは倒したし、レベルも上がった。
新しい武器も手に入れた。
異常なボス部屋のことも月の剣のことも、報告しなければいけない。
ほのかが端末へ向かって敬礼した、
「というわけで、二層ボス討伐完了…完了でいいよね?」
『完了でしょ!』
『おめでとう!』
『生きて帰って!』
『協会に報告案件だろこれ』
『二層ボスなのに濃すぎた』
『完了だけど全然終わった気がしない』
『まず帰ろう』
「うん、そこは本当にそう」
しずくは、最後にもう一度だけ天井を見上げた。
そこには、ただの岩がある。
夜空もない、月もどきもない。
でも、見たことは消えない。
赤い光、月の剣。
あのやる気のない幼い声。
しずくは大鋏剣を背負い直し、銀盾に軽く触れた。
「…帰ろう」
三人は頷き合い、ボス部屋を後にした。
協会のロビーへ戻ると、ちょっとした騒ぎになっていた。
ざわめきが、いつもより明らかに大きい。
理由は、たぶん分かっていた。
配信だ。
二層ボス戦の様子が、そのまま流れたのだろう。
赤い月もどき。
夜の魔法。
しずくが倒れた場面。
ほのかが前に立った場面。
月の剣。
どこまで記録に残っているかは分からない。
けれど、少なくともロビーの空気を変えるだけの何かは映っていたらしい。
ほのかが小さく息を吐いた。
「…やっぱ、こうなるか」
しずくは、左手で銀盾の縁に触れていた。
身体はまだ痛い。
ミコトのヒールとポーションで動けるようにはなった。
だが、斬られた箇所も柱に叩きつけられた背中も、まだ重く疼いている。
その時、受付のお姉さんが足早にやって来た。
いつもの柔らかい表情ではない。
完全に仕事の顔だった。
「三人とも、こっち」
短くそう言って、まずカウンターの方を指す。
「精算はこっちでやっておくから、魔石と素材だけ預けて。あなたたちは別棟へお願い」
「やっぱり?」
ほのかが苦笑気味に言うと、お姉さんは即答した。
「やっぱりよ」
そして、しずくを見たお姉さんの眉がわずかに寄った。
「佐倉さん」
「…はい」
お姉さんはポーチから小瓶を取り出した。
初級ポーションより濃い色をした瓶だ。
「中級ポーション。とりあえず、これ飲んで応急処置しといて」
「…でも」
「でもじゃない」
受付のお姉さんの声が、いつもより少し強かった。
「あとで、ちゃんと高位のヒーラーに見てもらうから。それまでの繋ぎ」
ほのかもミコトも、真剣な顔で頷く。
「しずく、飲んで」
「飲んでください」
しずくは小さく頷いて、瓶を受け取った。
初級ポーションよりずっと濃い薬液が喉を通り、身体の奥に熱が広がった。
傷の痛みが、少しだけ遠ざかる。
背中の鈍い痛みも和らいだ。
指先の強張りも薄れていく。
完全に治るわけではない。
でも、かなり楽になった。
「…ありがとうございます」
しずくが小さく頭を下げると、お姉さんは少しだけ表情を緩めた。
「お礼は、生きて帰ってきたことだけで十分」
その一言に、三人は少しだけ黙った。
生きて帰ってきた。
それが、どれだけ重いことだったのか。
ロビーの明るさの中で、改めて実感する。
魔石や素材、大鋏剣以外の回収物をカウンターへ預ける。
受付のお姉さんが手早く処理を進め、別の職員がそれを奥へ運んでいく。
ロビーのざわめきは、まだ続いていた。
でも、今は立ち止まれない。
受付のお姉さんが、別棟への通路を指す。
「月島部長が待ってる」
ほのかが、肩を落とす。
「ですよね」
ミコトも、小さく息を整えた。
しずくは銀盾に触れたまま、ゆっくり頷く。
また報告だ。
でも、今度は前よりずっと大きい。
二層ボス討伐に、異常なボス部屋。
月の剣謎との声。
配信に残ったかもしれない映像。
三人は互いに一度だけ顔を見合わせた。
それから、並んで別棟へ向かう。
生きて帰ってきた。
けれど、今日の探索はまだ終わっていなかった。
続きが気になる方は、ブクマお願いします!
また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!




