第8話 変わり始めたしずくの世界
熊が消え、少しの静寂。
さっきの砲撃の余韻で、耳の奥が鳴った。
『うおおおおおお!!』
『チャージショットえぐ』
『頭抜いたwww』
『連携完璧かよ』
『助っ人つよすぎ』
私は落とし穴の縁で、剣を下ろした。
呼吸が荒い、手も震えている。
それでも、両の足で立っていた。
金髪の子が機弩を下ろし、ふっと息を吐く。
「よし」
でも、すぐに表情が引き締まった。
「あと1匹」
麻痺させた方。
あっちはまだ生きている。
麻痺は永遠じゃない。
通路の奥から、低いうなり声が響いた。
金髪の子が、私を見る。
「ねえ、しずく」
軽い口調、でも目だけは真剣だった。
「撤退でもいい、ここで欲張ると死ぬ」
私は銀のバックラーを構え直した。
腕に馴染む相棒をそっと撫でる。
「…やる」
言った瞬間、自分で少し驚いた。
やるって、ちゃんと口に出せた。
彼女は機弩のリロードをしながら、少しだけ笑う。
「オッケ。じゃ、最後」
麻痺が解けたのだろう、熊の巨体が視界に入る。
赤い目が、私たち二人を捉える。
さっきは私一人だった。
でも今は、二人。
逃げない、そして戦う。
金髪の子は、膝立ちから立ち上がりながら肩を回した。
さっきの一撃の反動が、まだ残っているみたいだった。
「…ふぅ」
「チャージショット、クールタイムあるから連発できないんだよね」
そう言って機弩の側面を軽く叩く。
魔石コアが一瞬だけ淡く光って、すぐ沈黙した。
「しずく、前衛お願い」
「…前衛」
「うん。うちは、しずく見ながら射線取って援護する」
その言い方が、妙に自然で胸がきゅっとした。
チームみたいだ。
私には縁がないと思っていた言葉。
でも、そんな感傷に浸る暇はない。
通路の奥で、麻痺が解けた熊が低く唸る。
爪が石畳を削って、嫌な音を立てた。
熊の目が、私たち二人を順番に見て…最後に私へ固定される。
私は銀のバックラーを前に出した。
盾がここにあるだけで、背筋が伸びる。
ロングソードを握り、刃先を少し下げる。
熊が背中を丸めて突進してくる。
通路が揺れ、軽い振動が伝わって来た。
私は逃げない、半歩前へ出た。
「…こっち!」
声が出た。
昨日より、今日のほうがちゃんと出る。
勢いにまかせたまま、熊の爪が振り下ろされる。
私は銀のバックラーに角度をつけて合わせた。
銀の縁が滑り、衝撃が横へ流れる。
速度と質量が乗った一撃だ。
腕が少し痺れるが、問題はない。
熊が足を止めてもう一撃。
私は受けず、また流す。
そしてカウンターでロングソードを合わせる。
腰が引けていたのか、入りが浅い。
でも確実に入った。
怒りのまま、熊が吠える。
その瞬間、横から乾いた音。
弾丸が熊の肩に刺ささり、動きが一瞬止まった。
金髪の子の声が飛ぶ。
「いい!そのまま足止めして!」
頷く暇はない、熊の爪にまた盾を合わせる。
熊の腕、体重、怒り、全でが重い。
でも、銀のバックラーは、相棒は応えてくれた。
受けたら潰れるが、流せば耐えられる。
焦った熊が、大振りになる。
その隙に踏み込んで、ロングソードを横に薙ぐ。
熊の前足に刃が入り、わずかに体制が崩れた。
そこを金髪の子がすかさず撃つ。
熊の膝に2発、狙いが正確すぎる。
熊の動きが少しずつ鈍くなる。
「しずく、いい感じ!右に回って!」
「…了解!」
言われた通りに回り込んだ。
熊の真正面から少し外れた位置、爪の軌道から外れる場所。
開いた射線に、機弩の正確な射撃が確実に熊を削っていく。
そのとき、ふと気づく。
私、ちゃんと指示されて動けてる。
教室じゃ無理だ。
会話のテンポがつかめないし、何を言えばいいか分からない。
でも今は違う。
やることがはっきりしている。
前衛として足止め。
私は銀のバックラーを構え直した。
熊が再び突っ込んでくるのを、半歩引いて盾を合わせる。
衝撃を流すと、熊の腕が横に大きく流れた。。
開いた胴の正面を、中心線にそって突く。
金髪の子が叫んだ。
「今、射線通る!頭を下げさせる!」
頭を下げさせる?どうやって?
考える間もなく、背後から空気を裂く音。
低い位置からの弾丸が、熊の顎に当たった。
熊の頭が一瞬跳ねるように上がって、そのまま支えを失ったように下がる。
ちょうどいい位置に来た顔面目がけて、ロングソードの腹で重いっり切り鼻っ面を引っぱたいた。
熊の咆哮が悲鳴に変わる。
それでも倒れない、タフだ。
もう熊は番じゃない、相棒はいない。
けど、私は一人じゃない。
金髪の子が呼吸を整えるように言った。
「チャージ戻るまで、あとちょい!耐えて!」
私は銀のバックラーを構えなおした。
腕に馴染む相棒。
背後には、援護してくれる味方。
そして、盾を少しだけ傾ける。
流すために、そして倒すために。
この戦いは、もう生き残るだけじゃない。
勝つための戦いだ。
銀のバックラーが、歌うみたいに鳴る。
熊はもうめちゃくちゃに、腕を振り回し始めた。
完全に頭に血が上っている。
銀の縁が滑って、衝撃が横へ逃げる。
熊は吠えながら、さらに攻撃の回転をあげる。
怒りと痛みのせいか、速度はあるが攻撃が単調になっていた。
さっきまでの連携はない。
残った熊は、怒りのままに前へしか来ない。
単調ゆえに読める。
『熊は単騎だと雑になる』
『怒りモードは直線多い』
『しずく、流せるなら勝ち筋ある』
私は息を吸って、吐く。
体の中でリズムを作る。
流して半歩ずらす。
カウンターで剣を浅く入れる。
でも止まらない、止まらなくていい。
ちらりと後ろを見る。
金髪の子が膝立ちの姿勢を取っていた。
機弩を構える姿勢が、さっきと同じだ。
あの溜めの姿勢、チャージショットだ。
クールタイムが戻ったのだろう。
なら、私のやることは一つ。
射線を作る。
熊の攻撃をぎりぎりまで引きつけてから…銀盾を滑らせる。
熊の腕が逸れるその瞬間、私は盾で叩いた。
流すだけじゃない、顔面へ角度をつけて当てる。
熊の頭が、わずかに跳ねる。
ロングソードを、熊の喉元へ突き出す。
深くは入らないが、嫌がる場所だ。
熊が吠え、咆哮で胸が開く。
赤い目が完全に私だけを捉えている。
背中越しに叫んだ。
「…今!」
後ろで空気が変わった。
金髪の子の声が、静かに響く。
「溜め時間最大…行くよ」
【チャージショット】
轟音と共に、空気を切り裂く一撃が熊の額を貫いた。
熊の時間が止まる。
そして、ゆっくりと光になり始めた。
『勝った!!』
『しずくの誘導完璧!』
『前衛の仕事しすぎw』
『連携強すぎるだろ』
熊が消え、静寂が戻った。
息が荒い、心臓の音が聞こえる。
でも、胸の奥が熱かった。
私のやることは一つって決めて、それをちゃんと実行できた。
教室じゃ無理だったのに。
金髪の子が膝立ちから立ち上がり、軽く手を振る。
「ナイス前衛」
その一言で、また胸がきゅっとなった。
誰かに役割をもらって、誰かの役に立った。
私の世界が、また少しだけ変わった気がした。




