第7話 援軍はぐいぐい来る
必死だった。
ロングソードを振り、熊の爪を銀のバックラーで流す。
足を動かしながら、なんとか合間に呼吸を入れる。
熊の爪が振り下ろされるたび、空気が裂けた。
銀の縁が滑り、衝撃を逸らす。
でも二頭が連携を組んでいる。
一頭をいなした瞬間、もう一頭が詰めてくる。
右を見れば左。
左を見れば右。
本当に、番なんだと理解してしまう。
撤退ルート…ゲートの方向へ下がりたい。
でも、下がるほどに熊たちは勢いをつける。
獲物を追い詰めるのが、非常に上手い。
一頭が正面で圧をかけ、
もう一頭が横から角度を取る。
盾を横に向ければ正面が抜ける。
正面を守れば横腹が裂かれる。
「無理…かも」
口から漏れた弱音を聞いた熊が、笑った気がした。
『撤退しろ!』
『走れ!』
『背中見せるな!』
『詰んでる!』
そのとき、後方から声がした。
「助けるよ!横取りとか、言わないでね!」
女の子の声だ。
強い声、力強く太陽のような熱が籠った声。
すぐに、機弩の発砲音が通路に跳ねた。
鋭い破裂音と共に、弾丸が熊の肩口に連続で当たる。
巨体がびくりと跳ねた。
そして、跳ねた状態のまま動きが止まる。
システムウィンドウが浮かぶ。
【状態異常:麻痺】
『麻痺入った!』
『ナイス救援!』
『助かったあああ!』
「虎の子の麻痺弾だよ!今のうちにこっち!」
呼ばれた方を見る。
通路の脇。
影から飛び出してきたのは、金髪の女の子だった。
たぶん私と同じくらいの年。
軽装で、動きやすそうなジャケット。
手には機弩、構えが慣れている。
目が合うと彼女は笑った。
「ほら!ぼーっとしない!」
「…は、はい!」
声が裏返った。
でも、体は動いた。
私はロングソードを握り直し、一歩下がる。
突然の出来事に、もう1匹の熊の動きも止まる。
それを尻目に、金髪の子の方へ走った。
私の動きにすぐに気がついた熊が吠える。
怒りの咆哮。
でも、麻痺した熊が一瞬だけ道を塞ぐ。
ほんの数秒。
金髪の子が機弩を構えたまま、私の背中を押すように言う。
「そっちがゲート方面だよね?なら一旦距離取ろ!」
「う、うん…!」
『新キャラ!?』
『金髪ガンナー来た』
『助っ人ヒロインだ』
『横取りとか言ってるの草』
私の頭の中は真っ白なのに、足だけは動いた。
後ろで熊が暴れる音、麻痺が解けかけている。
金髪の子が、肩越しにちらっと私の配信端末を見た。
「あ、配信してるんだ。…じゃあ、変なことしない方がいいね」
にやっと笑う。
「安心して。ちゃんと手伝うだけ。素材も魔石も好きにしていい」
「…え」
思わず聞き返す。
「…なんで」
「なんでって?」
彼女は走りながら、軽く肩をすくめた。
「だって、死なれたら寝覚め悪いし」
その言い方が、あまりにも自然で。
私は胸の奥が、きゅっとなった。
誰かが、私を助けに来た。
教室じゃ、そんなこと一度もなかったのに。
金髪の子が言う。
「名前!」
「し、しずく…」
「おっけ。私は…」
彼女が名乗ろうとした、その瞬間。
麻痺が解けたのだろう、熊の咆哮が二重に響いた。
通路の空気が、また重くなる。
金髪の子が機弩を構え直し、歯を見せて笑った。
「さて番熊さん、もう一回だけ黙ってもらおっか」
私は銀のバックラーを構え、ロングソードを握った。
さっきまでは、一人だった。
今は二人。
その事実だけで、世界が少しだけ変わった気がした。
金髪の子は、走りながらも呼吸を整えていた。
慣れている、戦場に。
私たちが少し広めの通路に抜けたところで、彼女が急に足を止めた。
「ねえ」
声が軽い。
「一応聞くね…あれ、やる?」
あれが何か、分かりたくないふりをしたかった。
でも、背後から熊の足音が近づいてくる。
「おすすめは撤退」
彼女は肩をすくめる。
「だって番熊は普通に死ぬ。二頭だし。でもさ」
そう言いながら、彼女は地面にしゃがみ込んだ。
ポーチから何かを取り出し、石畳の上に置く。
薄い板みたいなものと、折りたたみ式の枠。
その上から、土みたいな粉をふわっと撒く。
手際が良すぎて、私はただ見ていることしかできない。
「熊って、魔石もドロップも美味しいんだよね」
彼女は笑う。
笑って言うことじゃない。
でも、探索者ってこういうものなのかもしれない。
彼女がちらっと私を見る。
「これ?」
私はやっと声を出した。
「…な、なにしてるの」
「簡易落とし穴」
さらっと言って、彼女は最後に小さな杭をカチンと押し込んだ。
「仕組みはよくわかんないけど、上に乗ると地面が陥没するんだよね」
よくわかんないけど、って言い方が雑で怖い。
でも手つきはプロだ。
彼女は立ち上がり、私の銀のバックラーを一瞬だけ見た。
「それ、良い盾だね」
「…う、うん…たぶん」
「たぶん、て」
金髪の子は笑って、すぐに真顔になった。
「で、作戦」
彼女が機弩を構える。
「後ろのやつは、私がもう一度麻痺弾で止める。虎の子だけど、まだ余裕がある」
彼女は肩越しに通路の奥を見た。
熊の影が、角から見えている。
「前のやつ」
靴先で、落とし穴の位置をトントン叩く。
「こっちを先頭に誘導して、ここに乗せる」
「…乗ってくれるの?」
「熊は突進が得意。怒ってたら、だいたい真っ直ぐ来る」
その言い方が妙に説得力がある。
「で、前のやつが落ちたら…」
彼女は、私のロングソードを見る。
足元の罠を見る。
最後に私の目を見る。
「全力でいけ!」
その瞬間、世界が一瞬だけ広がった気がした。
全力。
昨日も全力だった。
でも、あれは追い詰められた全力だ。
今日の全力は、選ぶ全力だ。
コメントが一斉に流れる。
『罠師だ!』
『簡易落とし穴きたw』
『麻痺弾残ってたの偉い』
『撤退推奨→でも狩るは草』
『しずく、ここで決めろ』
決めろ。
私は銀のバックラーを握り直した。
腕に馴染む、古い相棒みたいに。
息を吸って、金髪の子を見る。
「わ、わたし…」
言葉が詰まる。
でも、今度は言えた。
「…やる」
金髪の子が、にやっと笑った。
「よし。じゃ、目ぇ逸らさないでね」
その直後、通路の奥から熊の咆哮が響いた。
二頭が怒りで加速している。
金髪の子が機弩を構え、私に叫ぶ。
「しずく!前で誘導!落とし穴の上まで!」
私はロングソードを構えた。
そして、一歩前に出る。
逃げない。
逃げないと決めた瞬間、怖さの質が変わった。
熊の赤い目、私だけを見ている。
「…こっちだ!」
声に反応した熊が、完全に狙いを定めた。
床が揺れ、空気が裂ける。
金髪の子が後ろで叫んだ。
「大人しくしててね!」
麻痺弾、後ろの熊が再度びくんと止まる。
【状態異常:麻痺】
先頭の熊は止まらない、一直線に私へ来る。
私は半歩、半歩と引きながら、落とし穴の上へ誘導する。
「来い、来い、来い…!」
熊の爪が振り上がる。
横へ転がりながら、回避行動を取る。
踏み込んだ熊の巨体が、落とし穴の中心に乗る。
地面が沈んで、床が陥没する。
熊が落ちた。
咆哮が穴から響く。
「しずく、全力!」
私はロングソードを両手で持ち直す。
熊の頭だけが出ている。
胴体や四肢は、穴の中で暴れていた。
足場が悪い、体勢が作れない。
熊は自力で這い上がれないでいる。
今なら、勝てる。
私は全力でロングソードを振り上げた。
防御は考えない、全力での攻撃。
刃が熊の頭部に食い込む。
硬い、毛皮の下の骨が重い。
でも止めない。
熊が吠える。
なんとか這い上がろうともがきはじめる。
腕が痺れる。
それでも、息を吐くたびに力が出た。
コメントが滝みたいに流れる。
『いけいけいけ!』
『防御捨ててるw』
『熊の頭狙いは正解』
『今しかない!』
再度ロングソードを振り上げた時、金髪の子の声が背中から飛んできた。
「射線開けて!」
「…!」
私は滑るように横へずれた。
それだけで、空気が変わる。
同時に見えた。
膝立ちで機弩を構える少女。
金髪が揺れ、瞳が細くなる。
機弩の照準が、穴の中の熊の頭へ吸い付いている。
私と目が合った。
彼女は軽くウィンクした。
「溜め時間最大!いけ!」
言葉と同時に、機弩が鳴る。
【チャージショット】
爆発音じゃない。
圧そのものが走るような音だった。
弾丸が一直線に走り、熊の頭部を貫いた。
穴の中の熊が、ぴたりと止まる。
もがくのをやめる。
赤い目が、ふっと焦点を失って。
巨体が、光になり始めた。




