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第5話 変わらない現実と変わるダンジョン

翌朝、県立進学校の朝は早い。

ホームルーム前の教室は、もう半分くらい席が埋まっていた。


私はいつも通り、誰とも目を合わせないようにしながら自分の席へ向かう。

窓際のいちばん端。

人の流れが少ないこの場所は、私にとって小さな避難所みたいなものだ。


席に座って、鞄を机の横にかける。

それだけで、今日の仕事の半分くらいは終わった気がした。


教室が、少しだけ騒がしい。


「昨日の配信見た?」

「見た見た。ダンジョンのやつ」

「初心者で熊倒したってマジ?」


私は反射的にスマホを取り出した。

画面は暗いまま。

でも、耳だけはそっちに向いている。


「しかも魔法使いだろ?」

「なのに大剣振ってた」

「いや、機弩も撃ってたぞ」


私は前髪の奥で目を瞬かせた。


…それ、私だ。


でも、誰もこっちを見ていない。


クラスの男子が笑いながら言う。


「初心者配信なのにフォロワー千人超えとか意味わからん」

「ローグライクってスキルらしい」

「装備ドロップとかチートすぎ」


別の女子が言った。


「でも配信者、コミュ障っぽくなかった?」

「いや、普通に喋れてたよ」

「めっちゃ冷静だったし」


私は弁当袋を机の中にしまいながら思う。


…あれ、冷静じゃない。


ガンギマリだった。

怖すぎて、逆に頭が静かになってただけだ。


会話はまだ続く。


「名前なんだっけ」

「知らん。ひらがなっぽかった」


男子が肩をすくめる。


「配信者なんて星の数いるしな」

「まあそう」

「どうせプロの新人だろ」

「だよなー」


話題はそこで終わった。


あっさりと、拍子抜けするくらいあっさりと。


誰も私を見ない、誰も気づかない。


そもそも、このクラスの人たちが私の名前をちゃんと知っているかどうかすら怪しい。


ホームルームが始まり、担任が入ってきて出席を取る。


「佐倉」


「…はい」


小さな声、それだけ。


誰も振り向かない。

私は少しだけ安心して、少しだけ胸がきゅっとした。


窓の外を見る。

校庭、普通の高校生活、普通の世界。


でも昨日、私は熊と戦っていた。


魔法を撃って、機弩を撃って、大剣を振って。


そして、フォロワーが千人を超えた。

私は机の中でスマホをそっと開く。


通知が増えている。

コメント欄には、昨日の配信の切り抜きがいくつも流れていた。


『謎の女子高生探索者』


謎の女子高生。


…うん。間違ってない。


私は前髪の奥で、小さく笑った。


教室では、私は相変わらず空気だ。

でも、ダンジョンでは違う。

あそこでは、私はちゃんと誰かだった。


放課後、教室のざわめきが背中の向こうへ遠ざかっていく。


「じゃあまたねー」とか。

「部活どうする?」とか。

そういう声の輪を横目に、私は静かに校門を出た。


誰にも声はかけられない。

でも、今日はそれでいい。


駅前へ向かう、目的地はひとつ。


ガラス張りの建物は昨日と同じなのに、今日は少しだけ違って見えた。

昨日は未知の場所、今日は戻ってきた場所”。


受付の奥では探索者たちが出入りしている。

スーツ姿の社会人に、装備を抱えたベテラン。

制服姿の高校生もいる。


更衣室で制服から着替える。

髪はそのまま、前髪も長いまま。


そして、探索者カードを握り受付へ向かった。


「…あ、昨日の子」


受付のお姉さんが、私を見るなり言った。


「初ダンジョンで熊を倒した子よね?」


「…は、はい」


「協会の中でちょっとした話題になってたわよ」


えっ?そんな話聞いてない。


受付のお姉さんは、少しだけ真面目な顔になった。


「ダンジョンは、死ぬときはあっさり死ぬからね」


静かな声だった。

怒っているわけでもない、冗談でもない。


「昨日はたまたま生き残っただけかもしれない。油断したら駄目」


私は小さく頷いた。


「今日は?」


「…1層を」


「いい判断ね。初心者は一層を周回して経験を積むのが基本よ」


受付端末に入力が走る。


「申請通りました。配信もオン?」


「…はい」


「じゃあ、いってらっしゃい」




虹色の膜が揺れている。


昨日と同じ。

でも今日は、少しだけ怖くない。


私はスマホホルダーに端末を固定して、配信アプリを起動する。


【2日目】コミュ障JK、またダンジョン行く


ひどいタイトル。でも、正直だ。


配信開始から数秒で、コメントが流れる。


『きたああ』

『昨日の熊の子だ』

『魔法銃士!』


私は小さく息を吐いた。


「…こんにちは」


少し声が震えた。

でも、昨日よりは出た。


「えっと…今日も、1層です」


『安全第一』

『いい判断』

『今日は何ビルドかな』


私はゲートへ一歩踏み出した。


足元が消える。


石畳の通路と湿った空気、そして苔の匂い。


視界の端に、半透明のウィンドウが開く。


【本日の型:アタッカー型】

【力:大幅上昇】

【耐久:大幅上昇】

【敏捷:小幅上昇】


身体が少し重くなった気がした。

…いや、違う。


筋肉に芯が入り、脚が安定する。

昨日より、明らかに体がしっかりしている。


【初期装備を支給します】


足元に光が落ち、現れたのは一本の剣。


【ロングソード】

数打ちの長剣。

初心者でも扱いやすい標準武装。


私はそれを持ち上げた。


昨日の大剣より、ずっと軽い。

でも、しっかりしている。


『今日は剣士か』

『王道ビルド』


次に出たのは、小さな盾だった。


【鉄のバックラー】

腕に固定するタイプの小型盾。

受け止めるより、攻撃を流すための盾。


腕に装着する。

軽い、でも頼れる重みがある。


最後の装備は、防具一式だった。


【レザー防具一式】

動きを邪魔しない軽装。


昨日は魔法使い、今日は剣士。


『ローグライク楽しそう』

『毎日ビルド変わるの面白いな』


1層、初心者向け。

それでも、受付のお姉さんの言葉が耳の奥に残っている。


死ぬときはあっさり死ぬ。


足音を立てない、角を曲がる前に一拍置く。

壁の影をよく見る。


…見ているつもりだった。


「っ!」


背後、右。

気配を感じた瞬間には、もう遅い。


私は咄嗟に腕を上げる。

鉄のバックラーが鈍い音を立てた。


体幹がぶれ、足が半歩ずれ、重心が流れる。


小さい。

小さい相手のはずなのに、重い。


そこへ追撃が来る。

影が、もう一度跳んだ。


「くっ!」


無理やり腰を捻る。

直撃は避けたが、太ももに痛みが走る。


「…痛っ」


浅い、でも確実に削られた。


『奇襲だ!』

『右脚!大丈夫か!?』

『油断すんなって言っただろ!』


よくやく影の正体を見ることができた。


それはウサギだった。


サイズは普通のウサギ。

でも、前歯が長いうえに鋭い。

刃物みたいに伸びている。


赤い目が、こっちを見ていた。


【ダンジョンバニー】


『うさぎw…じゃねえ!』

『そいつクリティカル超痛いぞ』

『舐めてると死ぬ、マジで』

『初心者殺しその2』


昨日は魔法があった。

機弩もあったから、遠距離で削れた。


でも今日は違う、アタッカー型。

ロングソードとバックラーだけ。

遠距離攻撃がない。


ダンジョンバニーが跳んだ。


バックラーを前に出してから受ける。

また重い衝撃、受けたら負ける。


昨日の熊で学んだはずだ、受けるんじゃない、バックラーは流す盾だ。


バックラーを真正面に固定しない。

衝撃を、横へ逃がす角度で当てて滑らせる。


ウサギの前歯がバックラーの縁を擦り、横へ逸れた。


「…よし」


次が来る、二撃目。

同じように流す。


小さい身体のくせに、攻撃が重い。

体勢を崩されれば、そのまま喉を狙われる。


呼吸を短く刻む。


剣はまだ振らない。

今、振れば隙ができる。


コメントの速度が少し落ちてる。みんな見ている。


『落ち着け』

『受けるな、流せ』

『今のガードうまい』


ダンジョンバニーが、また跳んだ。

右から来ると見せて左、フェイントだ。


「っ!」


私はバックラーを無理やり回した。

ウサギの牙が、バックラーの縁をわずかに掠めた。

金属が削れる音が鳴る。


その瞬間、私は気づいた。

こいつは飛び上がる直前に、一瞬だけど溜めがある。

つまり、次はタイミングが読める。


私はバックラーを構えたまま、半歩踏み込んだ。

次の一撃を受けない、流すだけでもない。


ダンジョンバニーが跳ぶのに、タイミングを合わせた。


バックラーの縁で、前歯を叩く。

衝撃が逆流し、ウサギの頭がわずかに跳ね上がった。


【パリィ成功】


『うおおおおおお!?』

『パリィ!!』

『初心者で!?』

『合気の子、盾もうまいのかよ』


ダンジョンバニーの体勢が空中で崩れる。


ほんの一瞬、でも十分な隙。


そのままカウンター気味にロングソードを振りぬいた。

刃がウサギの胴を切り裂き、血しぶきが舞う。

ダンジョンバニーが力なく床に落ち、すぐに光になって消える。


太ももが痛い、でも立っている。

呼吸が戻ってくる。


『パリィからカウンターは草』

『受け流しうますぎ』

『バニー怖いのに冷静』


私はまだ震える手で、ドロップを拾った。


魔石と素材、そしてもう一つ。

銀色の光を放つバックラー。


鉄のバックラーと同じ形。

でも、縁が銀で補強されている。

作りが明らかに違う。高品質だ。


【ローグライクドロップ:銀のバックラー】

縁を銀で補強した高品質バックラー。

受け流し補正が高く、パリィ成功率に補正が掛かる。

腕固定型のため、両手武装とも併用可能。


「…え、これ」


『当たり装備きた!』

『パリィ補正は神』

『ロックしろ!』

『ロック枠あるだろ!?』


息を吸って、ウィンドウを開く。

ロック枠:0/1


指が震える。

でも今度は、迷わない。


銀のバックラーが淡く光り、固定された。


「…これで、消えない」


昨日は消えた、でも今日は違う。

手元に、残るものができた。


それだけで、胸の奥が少しだけ温かくなった。


通路の奥を見る。

まだ一層、でも油断はしない。

死ぬときは、あっさり死ぬから。


私は銀のバックラーを左腕に固定すると、剣を握り直してゆっくりと歩き出した。

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