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第4話 消えたもの、残ったもの

熊の咆哮が、通路を震わせた。


低く、重い声。

さっきまでの威嚇とは違い、明確な怒りの叫び。


熊の赤い目が、私を見据える。

その視線が変わったのが分かった。


さっきまでは狩りの対象、ただの餌。

でも今は違う。


『熊の目が変わった』

『やばいぞそれ』

『本気モード来たな』

『熊は賢いぞ』


熊がゆっくりと体勢を低くした。

一拍おいて、巨大な腕が振り上げられる。


私は即座に大剣を構え直した。

振り下ろしが来る、そう思った瞬間。


熊の腕が止まった、フェイントだ。


「っ!」


気づいた時には、もう遅い。

もう一方の腕が横から薙いできた。


大剣を無理やり持ち上げて受けた。

衝撃が腕を突き抜け、足が地面にめり込みかける。


視聴者コメントが荒れる。


『フェイント入れてきた!』

『熊は戦うぞ』

『ガード間に合ったの奇跡』


熊は止まらない。

巨体がそのまま押し込んできた。


熊の腕と鉄の大剣による鍔迫り合い。


「…っ!」


私は腰に地下を入れて、必死に踏ん張るが徐々に押される。

当然と言えば当然だ、熊の腕は丸太みたいに太い筋肉の塊。

それに比べて私の腕なんて、細い。


ローグライク補正で大剣は振れている。

でも、力そのものが強くなったわけじゃない。


鉄の大剣が、少しずつ押し込まれていく。

熊の顔が近い、ぬらりとした牙が見える。


このままじゃ押し潰される。


『押されてる!』

『無理だろ重量差考えて!』

『逃げろ!』


でも、祖父の声が頭の奥で鳴る。


『力で勝とうとするな』

『相手の力を使え』


合気道の稽古の時、祖父が何度も何度も言ったこと。

押されたら押し返すな、流せ。


私は、大剣を少しだけ緩めた。

熊の力が、少しだけ前に出る。


その瞬間、私は足を半歩ずらした。

熊の腕の線から外れながら、体を回す。


そして、大剣を支点にして熊の腕を引く。

巨大な力が、そのまま前に流れる。

熊の体が、一瞬だけ前に傾いた。


「…今!」


私は体を沈め、熊の腕を巻き込むようにして重心を崩す。

身体にしみ込んだ合気の崩し。

熊の巨体が、ぐらりと揺れた。


『え!?』

『今なにした!?』

『体勢崩れた!』


熊の足が縺れるように、地面を踏み外す。

そのまま、巨体が通路に倒れ込んだ。


コメント欄が爆発する。


『悲報、ダンジョンベアさんJKに転倒させられる』

『熊転ばせたw』

『ありえねえ』

『今の合気!?』

『熊を投げるJKで草』


私は息を荒げながら、熊を見下ろした。

巨体が、仰向けに近い体勢で倒れている。


明確な隙、今しかない。


大剣を握り直しながら、もう一度魔力を付与する。

刃が、淡く光る。


私は踏み込みながら、熊の喉元へ大剣を振り上げた。


コメントが一斉に流れる。


『決めろ!!』


私は叫んだ。


「はあああっ!」


【マジックブロウ】


付与された魔力と、マジックブロウで乗せられた魔力が合わさり、閃光のように輝く。

質量を伴った蒼い光が、重い衝撃と共に叩きつけられる。


鈍い音が通路に響き、魔力が爆ぜた後、熊の体が大きく震えた。

そして、巨体が光になり始めた。

ダンジョンベアが、ゆっくりと粒子を残して消える。


静寂が訪れ、通路には私の荒い呼吸だけが残った。


『倒した…』

『熊討伐すげぇな』

『新人配信者とは』


熊が消えた場所に、金属製の箱が落ちる。

私は、まだ震える手でそれを見つめた。


配信コメントが静かに流れる。


『…これ、神回確定だ』


私は画面を見て、小さく呟いた。


「…え、これ…ほんとに?」


そのとき、視界の端に光の線が走った。

身体の奥から熱がせり上がる感覚。


システムウィンドウが、静かに表示された。


【しずくレベルアップ1→2】

基礎ステータス上昇(均等成長)

固有スキルレベルアップ:ローグライク1→2

ロック枠開放:0/1


新しいウィンドウが連続で開く。


【スキル習得】


【物理攻撃アップ】近接での物理攻撃の基礎ダメージ上昇


【ガード修練】ガード時のダメージ軽減上昇


【リロード速度アップ】機弩のリロード速度上昇


【魔法攻撃アップ】魔法攻撃の基礎ダメージ上昇


『スキル4つ!?』

『均一ステータスなのに全部噛み合うやつ』

『魔法も銃も剣も強化されてるw』


私はぼんやりと画面を見ていた。

…全部、強くなる。

どれかじゃない、全部。


ローグライクの意味が、少し分かった気がした。


そして、最後のウィンドウ。


【ローグライクドロップ:銀の弾丸カートリッジ】

銀製弾丸20発。

不死・悪魔系モンスターに対して特効。


『銀弾きた!』

『これレア枠』

『買うと高いんだよな』


流れるコメントを見ていたその時、視界がぐらっと揺れた。


「…あ」


頭が重い、胸の奥が空っぽみたいだ。

ステータスウィンドウの端に、小さく表示されている。

MP:残り僅か


魔法を撃ちすぎた、眩暈がして思考が定まらない。


『撤退だな』

『今日は十分』

『配信神回だし帰ろう』


私はゆっくり頷いた。


「…帰る」


足取りがふらつく。

MPが切れると、こうなるのか…覚えておかないと。


配信コメントが静かになる。


『まさか、初見で熊退治は恐れ入った』

『生還が一番の神回』


ゲートの光が見えた。

私は、その虹色の膜の前で立ち止まる。


一歩踏み出そうとした瞬間、システムウィンドウが開いた。


【警告、ロックされていない装備は帰還時に消滅します】


「…あ」


私は一瞬、固まった。


鉄の大剣、79式軽機弩、銀の弾丸。

何もロックしていない。


でも、思考が回らない。少しでも早く座りたい。


私はそのまま、ゲートを潜った。

地上への階段を、なんとか手摺を掴みながら登り終える。


協会のロビー。

探索者達のざわめきと熱気が出迎えてくれた。


視聴者数が一気に減り、配信が自動終了した。


私はぼんやりと周囲を見る。

受付の人たちが、少し騒いでいる。


「え、熊倒したのこの子?」

「初ダンジョンで?」

「ソロ?」


帰還報告と清算の為に受付カウンターへ向かう。


魔石、ラット素材、ハウンド素材。

そして熊の素材。


受付のお姉さんが、目を丸くする。


「…すごいわね」


でもすぐに、少し眉を寄せた。


「けど、無理はだめですよ」


ちょっと怒られた。


「初心者は、まず生きて帰ることが仕事です」


私は、こくこく頷いた。


清算を済ませ、探索者カードの更新を終えてから協会を出る。

帰り道は、胸の中に何か大きな穴があいたみたいだった。



部屋に入り、リュックを開けて畳んだ制服を取り出す。

ハンガーに掛けながら、ふと思い出した。


あの鉄の大剣、79式軽機弩、そして銀の弾丸ケース。

私の当たり。


手元に残って…残ってない。


当たり前だ、ローグライクのルール。


私はもう一度、恐る恐るリュックを開けた。

当然なにもない


そうだよね、そういう世界だよね。


でも、悔しい。


あの瞬間、確かに私のものだったのに。

戻ったら消える。


友達もそうなのかな、ダンジョンから出たら消えるのかな…

そう思って、胸がきゅっとした。


私は、布団に顔を埋めながら考える。

ドロップは消えた。

でも、配信の記録は消えない。


私がそこで、ダンジョンで喋れた事実。

誰かが見てくれた事実、それは消えない。


私はスマホを手に取って、恐る恐る画面を見る。


フォロワー:1,284


「…千?」


ありえない、現実の私は教室で一言も喋れないのに。

でも数字は、現実としてそこにある。


「明日…学校で…話しかけられたり…する?」


そんな都合のいい未来を想像して、すぐ打ち消す。


無理だ、私はなめくじ。

だけど、配信の中の私は違った。


追い込まれて、ガンギマリになって、冷静になって喋れて。

そして、逃げなかった。


私はスマホを握りしめながら、小さく呟く。


「友達…欲しいよぉ…」


自然と目に涙が滲んでくる。


「…欲しいよ!!」


部屋に嗚咽が響く。


ネット越しなら会話できるけど、現実だとなめくじ。


でも、なめくじだって、少しずつ殻を作って強くなることはできる。

ローグライクみたいに。


「明日もダンジョン…潜ろう」


今までの私は、ここで逃げていた。

でも、今日は踏ん張れた、前を向けた。


逃げない、立ち向かう。

少しでも変わる為に、しずくは明日もダンジョンへ向かう。



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