第3話 右手から弾丸、左手から魔法
通路の奥から聞こえていた足音は、さっきのラットとは違っていた。
石畳を叩く音が、一定のリズムで近づいてくる。
軽くて速い。
『次なんだ?』
『ラットじゃないな』
『足音速いな』
『…犬だ』
影の中から、そいつが姿を現した。
灰色の体毛と長い牙。
ラットとは比べ物にならない筋肉の塊。
【ダンジョンハウンド】
ダンジョン一層の主力モンスター。
初心者の壁。
理由は単純だ。
速いし群れる。
しかも噛まれると、出血が止まりにくい。
「…犬」
しずくの喉がひくっと鳴った。
『やばいやばい、犬はやばい』
『ハウンドか…被弾したら出血が怖い』
『群れ来るぞ、これ』
『まず一匹、落とせるかだな』
先頭のダンジョンハウンドが低く唸る。
その目が、私の喉元を狙っているのが分かった。
先手必勝。
私は杖を前に出した。
【マジックアロー2連】
光の矢が、飛びかかる寸前のハウンドの顔面へ連続で突き刺さる。
蒼い光が爆ぜ、犬の身体が石畳へ叩きつけられた。
『おおおお!』
『一発で落とした!?』
『弱点、顔面か!』
『やれる!』
「…群れ、来るんだよね」
私が呟くと、コメント欄が即座に答えた。
『来る、確実に来る』
『血の匂いで寄る』
『いや、もう来てるぞ多分』
私は暗闇の奥を見た。
赤い光が、いくつも浮かぶ
「…うそ」
『うわ、群れ来たな』
『詰みか?逃げろ逃げろ』
『…ちょっと待て』
そのコメントの直後だった。
倒れたハウンドの死体が光になって消え、床に何かが落ちた。
クロスボウに近いフレーム。
だが、内部には複雑な機構が組まれている。
中央には小さな魔石コア。
システムウィンドウが表示される。
【ローグライクドロップ:79式軽機弩・マガジン1ケース】
日本が世界で初めて生み出した、銃とクロスボウのハイブリッド武装。
ダンジョン素材を用いて製造されており、ダンジョン内でも消滅しない遠距離火器。
初期型だが、すべての機弩の原型となった名銃。
【必要器用:〇〇】
【装備要求:無視】
私は固まった。
「…え」
視聴者コメントが爆発する。
『79式!?』
『おいおいおいおい』
『博物館級だぞ、それ』
『初期型だけど伝説武器!』
『しかも新品同然じゃねーかw』
『売りに出したらやばそう』
私は機弩を見つめた。
クロスボウのような形。
でも、銃みたいな引き金がある。
握ると、不思議なくらい手に馴染んだ。
「…撃てるの?」
『撃てる』
『軽機弩はアサルトライフル枠』
『セミオートいける』
『ただし反動には気をつけろ』
通路の奥から、ハウンドの群れが一斉に走り出した。
おおよそ十匹以上、軽くそれくらいいる。
石畳を打つ足音が、もはや爆音になる。
「来た…」
私は一瞬だけ迷った。
杖か、機弩か。
右手に79式軽機弩。
左手に杖。
自分でも意味の分からない構えだった。
『!?!?!?』
『両手武装www』
『ちょっと待て』
『それ、出来るの!?』
私は79式の引き金を引いた。
反動が肩に食い込む。
先頭のハウンドの胸に弾丸がめり込み、その身体が跳ね飛ぶ。
同時に。
【マジックアロー5連】
左手の杖から、光の矢が一気に走る。
『機弩撃ちながら魔法!?』
『なんだそれw』
『魔法戦士!?』
軽機弩の弾丸が群れを削る。
同時に、左手が動き、光の矢が別の個体を撃ち抜く。
機弩と魔法。
爆音と閃光が、狭い通路の中で交互に弾けた。
私は、自分でも理解できないことをしていた。
普通の探索者は、どちらか一つだ。
前衛か、後衛か。
剣か、魔法か。
機弩か、杖か。
両方なんて成立しない。
でも私は、全てが同時に成立している。
「…止まれ!」
叫びながら、引き金を引く。
79式軽機弩が鋼の唸りを上げた。
弾丸が犬の群れを貫き、
マジックアローが、その隙間を埋めるように残りを撃ち抜く。
最後の一匹が、ぼろぼろの身体で私のすぐ近くまで来た。
私は杖を振り下ろす。
【マジックブロウ】
犬の頭が石畳へ叩きつけられる。
そこで、ようやく静寂が訪れた。
通路の中に、動くものはない。
コメントが滝みたいに流れる。
『やばいやばいやばい』
『一層でこれはバグ』
『魔法撃ちながら機弩www』
『魔法戦士じゃない』
『魔法銃士だろこれ』
私は、荒い息を整えながら79式軽機弩を見下ろした。
杖と機弩、そして背中には鉄の大剣。
三種類の戦い方が、全部ここにある。
世界の常識なら、絶対に成立しない構成だ。
コメントがひとつ、流れた。
『新人配信者、世界初の魔法戦士&銃士爆誕』
私は画面を見て、小さく呟いた。
「…え?そんなすごいことしてるの?」
返事をした直後、通路の奥からさらに重い足音が響いた。
『…待て』
コメント欄の流れが、ぴたりと止まる。
さっきまでとは、明らかに違う音だった。
重くてゆっくり。
なのに、一歩ごとに石畳がわずかに震える。
『この足音は…あれか』
『嘘だろ』
『ソロでも行けなくはないが…いや、初心者は無理』
暗闇の奥から、影がゆっくり現れた。
最初に見えたのは爪。
次に腕、最後に巨大な頭。
黒い体毛と分厚い筋肉。
赤い目が、まっすぐこちらを見ている。
体高は、軽く二メートルを超えていた。
システムウィンドウが静かに表示される。
【ダンジョンベア】
『出た初心者絶対殺すマン』
『いやこれ配信事故だろ』
『逃げろ!!!』
私は喉が乾くのを感じた。
大きい、ラットともハウンドとも違う。
生きて動く壁が、こっちに向かってくる。
熊は止まらない。
一直線にこちらへ歩いてくる。
私は一度リロードし、79式軽機弩を構えた。
「…止まれ」
弾丸が熊の胸に突き刺さる。
肉が弾け、黒い体毛が飛び散る。
でも、止まらない。
【マジックアロー3連】
光の帯が熊の頭部へ走り、炸裂する。
それでも、止まらない。
コメント欄が騒ぎ出す。
『タフすぎる!』
『熊は装甲厚いんだよ!』
『顔面でも止まらん!』
『距離取れ!!』
熊が歩みを早めた、巨体なのに速い。
地面を蹴る振動が、明確に重量を伝えてくる。
私は機弩を撃ち続けた。
弾丸が肩に、腹に、胸に刺さる。
それでも前へ来る。
「…え」
引き金が急に軽くなった。
『弾切れ!』
『やばい!!』
『距離取れ、距離!!』
でも、距離はもうない。
巨大な腕がすぐそこまで迫っていた。
あれが直撃したら…終わる。
それでも、私は逃げなかった。
79式を放り投げると、背中の鉄の大剣を抜く。
重い。
でも、持てる。
熊の腕が振り下ろされるが大振りだ。
私をまだ、格下だと思っている。
祖父の声が頭の奥で響いた。
『大きい奴ほど動きは素直だ』
『振り上げた腕は、戻すのに時間がかかる』
私は大剣を横に構えた、鈍い衝突音が通路に響く。
熊の腕と、大剣がぶつかった。
衝撃が腕に走る。
骨がきしみ、足の裏が石畳を削る。
重い、息が詰まるほど重い。
でも見えた。
熊がもう一度、右腕を振り上げる。
動作が大きい。
さっきので、タイミングは分かった。
私は崩れない。
腰に力を入れ、大剣に角度をつける。
今度は受け止めるんじゃない、受け流す。
熊の一撃に合わせて、刃を滑らせるように当てた。
衝撃が逸れる。
熊の腕が弾かれ、巨体のバランスがわずかに崩れた。
『うおおおお!?』
『ジャスガ!?』
『今の完璧タイミング!!』
『熊がよろけた!!』
明確な隙。
私は息を吸った。
胸の奥にある魔力を、刃へ流し込む。
【魔力付与】
鉄の大剣が淡く光り、私は踏み込んだ。
さっきまで逃げていた距離を、今度は自分から詰める。
「はああっ!」
大剣を振り上げ、熊の胸元へ叩き込む。
重い音が通路に響き、魔力が爆ぜた。
熊の巨体が、初めて大きく揺れる。
『通った!!』
『ダメージ入った!!』
『初心者が熊と殴り合ってるwww』
『魔法銃士どころか魔法重戦士だろこれ』
熊が怒りの咆哮を上げる。
でも、私はもう逃げていない。
世界の常識では成立しない戦い方。
でも、私は今それで戦えている。
コメントがひとつ、流れた。
『勝てるぞ』
その一言で、私はもう一歩、踏み込んだ。




