第26話 世界のどこかにあった危険物
通路の奥から、耳障りな叫び声が響いた。
「ギャッ、ギッ!」
獣とも人ともつかない、嫌な声だった。
湿った闇の中から、影が三つ近づいてくる。
緑の肌。
長く、吊り上がるような耳。
体躯は子どもサイズ。
間違いない、ゴブリンだ。
視聴者コメントが一気に流れる。
『きたゴブリン!』
『2層の本命』
『弓持ちいるぞ!』
しずくは目を凝らした。
三匹のゴブリン、小柄だがその目は明らかにこちらを敵、いや獲物として見ている。
身体には粗末な腰布のみ。
二匹は棍棒、そして一匹が短弓を持っている。
背中には、矢筒も見える。
「…弓」
しずくが小さく呟く。
ほのかの声が、すぐに返った。
「早速、違いがでてきたね」
一層は全部、近接だけだった。
ラットも、犬も、熊も。
でも二層は違う。
モンスターにも、遠距離火力がある。
その事実が、しずくの背筋を少し冷やした。
しかも、ゴブリンたちはただ突っ込んでこない。
前の二匹が棍棒を振り上げながら横に広がる。
後ろの弓ゴブリンが、明らかに射線を探している。
「…連携してる」
思わず、しずくの口から漏れた。
ほのかが小さく笑う。
「単体で見れば、熊より弱いらしいけどね」
「こうして相対すると、嫌な奴ってのが分かるよ」
でも、その声は楽しそうではなかった。
完全に戦闘の声だ。
「しずく、前の二匹抑えて」
ほのかが機弩をわずかに持ち上げる。
「弓は私が落とす」
しずくは銀盾を前へ出した。
ロングソードを低く構える。
通路はそこまで広くない。
前衛二匹が並んでも、完全には広がれない。
つまり、棍棒二匹を自分が止めれば、後ろの弓はほのかが撃てる。
「…わかった」
射線を見つけたのか、後ろの弓ゴブリンが矢をつがえた。
ほのかが言う。
「来るよ!」
しずくはゴブリンの動きを見ながら、冷静に銀盾を上げた。
放たれた矢に合わせて、斜めに滑らせるように盾を滑らせる。
衝撃は軽い。
でも、これが顔や喉なら危なかった。
棍棒の二匹が、その隙に走り込んでくる。
完全に連携している。
ほのかが舌打ちした。
「いや、小学生の連携じゃないでしょ!」
しずくは前へ出た。
盾を前に、剣を引く。
一匹目の棍棒が下からすくい上げられる。
熊の爪ほどは早くない、ウサギとは比較するのが失礼だ。
ただ、慣れている。
人を殺すことに躊躇がない。
しずくは銀盾で流した。
思ったより、勢いと重さがある。
強靭な体幹のおかげか、身体の軸はブレない。
そのままロングソードをカウンター気味に振る。
ゴブリンの肩口が裂け、赤い飛沫が舞う。
汚い悲鳴が耳に響いた。
そこへ二匹目が横から棍棒を振る。
しずくは半歩回って、今度は剣で叩き落すように弾いた。
軽くはないが、正面からでなければ問題ない。
「…いける」
小さく呟いた瞬間、背後でほのかの機弩が火を吹いた。
弓ゴブリンの右腕を弾丸が抉る。
手にしていた短弓が、湿った床に落ちた。
弓ゴブリンが慌てて後ろへ下がる。
背中ががら空きが、そこを逃すほどほのかは甘くない。
続けて撃つ、背中そして後頭部。
弓ゴブリンは、その場で前のめりに崩れる。
そして、うつ伏せのまま光の粒子となり、消えていった。
『弓から落とした!』
『正解!』
『やっぱガンナー強い』
残りは二匹。
でも、前衛だけなら話は変わる。
しずくは銀盾を構えたまま踏み込んだ。
棍棒が来るが、力が乗る前に盾で押し込む。
しずくはロングソードの刃に魔力を走らせた。
【マジックブロウ】
たたらを踏んだゴブリンを追うように、踏み込んで横薙ぎ。
魔力の乗った刃が、胸を深く切り裂いた。
ゴブリンの腰が吹き飛ぶように折れる。
そこへ、ほのかがトドメの追撃。
連続で放たれた三発の弾丸が、首、胸、腹を順番に穿つ。
最後は、衝撃で不格好なダンスを踊りながら、ゴブリンが地面に放り出された。
そのまま、光の残滓のみを残して消滅する。
最後の一匹が悲鳴を上げながら棍棒を振る。
しずくは今度こそ、正面から銀盾を合わせた。
正面から受け止める、単純な力比べ。
そのまま、体格に物を言わせてしずくが押し切る。
そのまま、魔力を乗せてロングソードを真っ直ぐ突き出した。
【マジックブロウ】
喉元に刃が入る。
口から赤い液体をごぽりと吐き出しながら、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。
そのまま光になる。
湿った洞窟に、二人の呼吸だけが残る。
ほのかが機弩を下ろした。
「…やっぱ二層、感じ違うね」
しずくはロングソードから血糊を拭き取りながら、小さく頷く。
「…うん」
獣じゃない、考えてくる敵だ。
だから、怖い。
「…でも、二人なら」
しずくがぽつりと呟く。
ほのかが、にっと笑った。
「そう、二人ならいける」
そのとき、ゴブリンたちが消えた場所に、光が落ち始めた。
魔石と粗末な武器片。
そして乾いた金属音。
しずくとほのかが、同時にそちらを見る。
床に落ちていたのは、剣。
いや、剣というには少し無骨で、銃というにはあまりに刃だった。
片手剣に近い長さの刀身。
その根元から柄にかけて、銃のフレームみたいな機構が組み込まれている。
刀身の側面には、小さな魔石反応炉のような部品。
明らかに、普通の鍛冶装備じゃない。
システムウィンドウが開く。
【ローグライクドロップ:試作型ガンソード】
アメリカの武器メーカー、グリーンアップル社が作成。
刀身に魔力反応する爆発機構が内蔵された試作武器。
少量の魔力を流すと、刀身表面の炸薬が爆発する。
炸薬は6発。
ただし、魔力を込めすぎると刀身そのものが大爆発を起こすため、お蔵入りになった経緯がある。
テストで使用した探索者は、幸いすぐに危険を感じて放り投げたため怪我人はなし。
※詳細は
「試作型ガンソード 事故」
で検索。
「…は?」
しずくの声が、素で漏れた。
ほのかもしばらく固まっていたが、一拍おいて言う。
「最後の一文、急に雑すぎない?」
コメント欄が爆発した。
『ググれって書いてあるwww』
『説明文に検索ワード入ってるの何』
『やばい武器きた』
『お蔵入り兵器じゃん』
『グリーンアップル社なに作ってんだよ』
しずくは、恐る恐るその武器を持ち上げた。
重いが、持てない、振れない重さではない。
ロングソードより重心が手元寄りで、振るというより叩き込む感じに近い。
ほのかが少し距離を取る。
「ちょっと待って、それ」
「絶対、今ここで気軽に魔力流しちゃダメなやつ」
「…うん」
二人とも、同じ感想だった。
説明文に事故って書いてある時点で、もう危ない。
しずくはガンソードの刀身をそっと見た。
刃の側面に、小さな刻印がある。
「うーん、なんか怖いね」
ほのかが素直に感想を言った。
でも、その目はちょっとだけ輝いていた。
「いやでも、強そうではあるんだよね…」
しずくも頷く。
魔力を少量流すだけで、刀身表面の炸薬が爆発する。
つまり、斬撃に爆発が乗る。
単純に考えても火力は高い…はず。
しかも、試作とはいえアメリカの大手武器メーカー製。
お蔵入りした理由が弱いからじゃなくて、危なすぎるからなのがまた嫌だ。
しずくはウィンドウを読み返す。
少量の魔力で起動。
込めすぎると大爆発。
つまり、雑に使うと死ぬ。
ほのかが腕を組む。
「しずく、それ今の型だとどう?」
「力はある、マジックブロウもカスタム済み」
そこまで言って、ほのかが嫌な顔をした。
「…相性、よすぎない?」
しずくも、まったく同じことを思っていた。
アタッカー型で前に出て。
マジックブロウで魔力を刃に乗せる。
その魔力が、ガンソードの爆発機構に反応する。
絶対強い。
でも、絶対事故る。
コメント欄もざわざわしている。
『ロマン砲』
『使えたら最強、ミスったら自爆』
『しずく向きでは…ある?』
『いや危険物すぎる』
しずくは、武器を持ったまま小さく息を吐いた。
今すぐ装備する気にはなれなかった。
銀盾に銀兎ジャケット。
踊り子の双剣。
今でも十分、情報量が多い。
そこに爆発事故付き試作兵器は、さすがに重い。
しずくは試作型ガンソードを見下ろした。
ファンタジー装備というより、これは狂気の現代兵器だ。
でも、ローグライクはそれすら引いてくる。
しずくは小さく呟いた。
「…ほんとに、なんでも出るんだ」
ほのかが肩をすくめた。
「そのうち、ビーム兵器とか出るんじゃない?」
「…それは、やだ」
しずくが真顔で言うと、ほのかが吹き出した。
湿った二層の通路に、二人の笑い声が少しだけ響く。
そのあと、しずくは慎重にガンソードを持ち直した。
「…とりあえず」
ほのかが頷く。
「うん。今は試し振りもしない方がいい」
「…帰ってから、相談かな」
「協会案件だね、完全に」
二人は顔を見合わせる。
二層に入って、最初のゴブリン戦。
そのドロップがこれ。
先が思いやられる。
でも同時に、少しだけ分かってきた。
ローグライクは、ただ強い装備を落とすんじゃない。
世界のどこかにあった、普通じゃない物語ごと落としてくる。
しずくは、試作型ガンソードをアイテム袋へしまいながら、小さく息を吐いた。
「…進もう」
ほのかが機弩を構え直す。
「次はゴブリンの本隊かも」
湿った通路の奥には、まだ嫌な気配が漂っている。
二層の本番は、まだ始まったばかりだった。




