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第24話 月の魔女と、踊る双剣

お母さんは、しずくの返事を待たなかった。

たぶん、あの問いにはすぐ答えられるものじゃないって、分かっていたんだと思う。


ブリムスラーヴスを、そっと膝の上で撫でる。


「月の魔女はね」


声が静かに落ちる。


「私たちに見せたのよ、遠い未来を」


しずくは息を止めた。

お母さんの目は、もう居間じゃなくて別の景色を見ている。


「地球から、月が奪われる世界を」


その言葉だけで、背筋が寒くなる。


月がない世界。

夜空に月がない。

潮も、夜も、空も、何かが変わってしまう世界。


しずくは、思わず窓の外を見たくなった。

でも動けなかった。


お母さんは続ける。


「そして」


そこで一度だけ、ほんの少しだけ苦い顔をした。


「月を奪ったのは…人類よ」


「…え」


声が、勝手に漏れた。


自然じゃない、ダンジョンでもない。

人類が奪った。


しずくの頭の中で、言葉がうまく形にならない。


お母さんは首を小さく振る。


「私も、あれが本当に未来だったのか、幻だったのかは分からない」


その言い方は、とても正直だった。


「でも」


杖を少し持ち上げる。

月の意匠が、部屋の明かりを受けて静かに光る。


「その後で、魔女はこれを私に寄越したの」


寄越した、という言い方がお母さんらしかった。


「放り投げるみたいに、ね」


しずくは、ブリムスラーヴスを見る。


美しい杖。

そんな重い由来を持っているなんて、さっきまで想像もしていなかった。


お母さんは少しだけ笑った。

でも、その笑いは昔を思い出すような笑いだった。


「この中で、お前の答えが一番マシだった」


魔女はそう言った。


しずくの胸が、どくんと鳴る。

一番、マシ。


選ばれた、というより。

消去法で残したみたいな、少し意地悪な言い方。


でも、月の魔女らしい気もした。

お母さんは、魔女の言葉をそのままなぞるみたいに続ける。


「それは仮の証だ」


杖を見つめる。


“時が来るまで取っとけってね」


部屋が静かになる。

おじいちゃんも、何も言わない。

たぶん、この話は二人にとっても軽い話じゃない。


しずくは、ようやく小さく口を開いた。


「…仮の、証」


お母さんが頷く。


「そう」


「…じゃあ…まだ…終わってないの?」


その問いに、お母さんは少しだけ困ったように笑った。


「終わってるのかもしれないし、始まってもいないのかもしれない」


曖昧な答え。

でもたぶん、それが本当なんだろう。


月の魔女が見せた未来。

月を奪う人類。

ブリムスラーヴスという杖。


全部意味はある。

でも、まだ線が繋がっていない。


お母さんは、しずくを見た。


「だからね」


声が少しだけ優しくなる。


「しずくのローグライクが、ただの便利なスキルじゃないかもしれないって思ったの」


しずくは、息を呑む。


踊り子の双剣。

銀盾。

銀兎のジャケット。


装備には、元の持ち主の物語があるかもしれない。

その物語を、ローグライクが引いてくる。


お母さんは静かに言う。


「もし、しずくのスキルが縁のあるものを引き寄せるなら」


一拍。


「今後、もっと面倒で、もっと大きいものが来るかもしれない」


しずくは、膝の上で手を握った。

怖い。

でも、聞いてしまった以上、もう知らなかった頃には戻れない。


おじいちゃんが、そこで低く口を開く。


「だからこそ、足元を固めろ」

「仲間を選べ、協会を使え、家にも話せ」


それは命令みたいでいて、守るための言葉だった。


お母さんも頷く。


「うん、ひとりで抱えないこと」


その一言が、しずくの胸に深く落ちる。

ひとりで抱えない。


昨日の私は、ひとりだった。

でも、今は違う。


ほのかがいる。

協会がいる。

家族もいる。


しずくは、ブリムスラーヴスを見つめた。


月の魔女が与えた仮の証。

そして、自分のローグライク。


世界は思っていたより、ずっと広くて、怖くて、でも不思議だった。


しずくは、小さく呟く。


「…双剣も」


お母さんが視線を向ける。


「…もしかして…誰かの、仮の証…なのかな」


お母さんは少しだけ微笑んだ。


「かもしれないわね」


それから、お茶を一口飲んで言った。


「まあ、今は考えすぎなくていいのよ」


しずくが目を瞬く。


「双剣が戻ってきたら、まずはちゃんと使ってみなさい」


それは、今日も聞いた言葉の続きだった。


「物語を知るのは、そのあと」


しずくは、ゆっくり頷いた。


「…うん」


その夜。

月はまだ空にある。

でも、しずくの中で月という言葉の意味は、昨日までとは少し変わってしまっていた。



翌日の放課後。

しずくとほのかは、昨日と同じように探索者協会へ来ていた。


ロビーはいつも通りのざわめき。

探索者たちの足音と熱気に満ちている。


しずくの胸の中は少しだけ落ち着かなかった。

今日は、双剣が戻ってくる日だ。


受付へ行くと、あの受付のお姉さんがすぐに気づいた。


「いらっしゃい」


それから、少しだけ声を落として言う。


「別棟まで、いい?」


しずくは小さく頷く。


「…はい」


ほのかも、隣で「お願いします」と答える。

二人は再び、協会の別棟へ案内された。


事務棟の静かな廊下。

探索者の熱気がないぶん、やっぱり少しだけ緊張する。


応接室へ通されると、ほどなくして月島が入ってきた。


昨日と同じ、整ったスーツ姿。

でも今日は、手に細長い包みを持っている。


しずくの視線が、自然とそこへ吸い寄せられた。


月島は席につく前に、その包みをテーブルへ置いた。


「お待たせしました」


そして、包みを静かに開く。

現れたのは、踊り子の双剣。


銀色の刃。

風を宿したような細身の双剣。


しずくの胸が、少しだけ熱くなる。

ちゃんと、戻ってきた。


月島が双剣をしずくの方へ滑らせる。


「ご返却します」


しずくは恐る恐る受け取った。


冷たい金属の感触。

でも、そこにちゃんと自分の装備の感覚がある。


月島は静かに微笑んだ。


「ご協力、ありがとうございました」


それから、タブレットを軽く叩きながら続ける。


「貴重なデータが取れたわ」


ほのかが少しだけ身を乗り出す。


「そんなに?」


「ええ」


月島は頷いた。


「特に、武器内蔵スキルの使用ログと、共有状態での適応性。この二点は、現時点でかなり貴重です」


やっぱり、普通じゃない。

しずくは双剣を見下ろした。


月島が続ける。


「一応、情報提供料という形で、少しだけ謝礼金が出ます」


「え」


しずくが顔を上げる。

ほのかの目も、すっと光る。


月島はさらっと言った。


「高額ではありませんが、協会規定の調査協力費です」


ほのかが小声でしずくに言う。


「ちりつも」


しずくは少しだけ肩を揺らした。

たしかに。


月島はそこで、少しだけ真顔になった。

双剣へ視線を向ける。


「それから」


声のトーンが変わる。


「この双剣は、わりととんでもないものよ」


しずくとほのかの背筋が自然と伸びる。

月島は、淡々としているのに、言葉だけが重い。


「昨日の観察だけでも、通常の工房製装備とは明確に異なる性質が確認されました」


「…やっぱり」


ほのかが呟く。

月島は頷いた。


「少なくとも、今のところ類例は確認できていません」


そして、しずくをまっすぐ見る。


「絶対に、無くしたり、奪われたりしないように」


その一言が、静かに部屋へ落ちた。


しずくの指先が、双剣の柄をぎゅっと握る。


月島は続ける。


「もし、何かあれば」


一拍。


「すぐに協会へ相談してください」


その声音は、昨日よりも少しだけ強かった。


ほのかが真面目な顔で頷く。


「はい」


しずくも、小さく答える。


「…はい」


月島はそこで少しだけ表情を和らげた。


「もっとも、今の段階で過剰に怯える必要はありません」


その一言で、少しだけ空気が緩む。


「ただ、価値が高いものは、人も寄せます」


その現実的な言い方が、逆に分かりやすかった。


双剣は強い。

珍しい。

だから欲しがる人も出る。


しずくは、昨日お母さんに聞いた仮の証の話を思い出していた。


ブリムスラーヴス。

月の魔女。

仮の証。


そして、この双剣もまた普通の武器じゃない。


月島は最後に小さく息をついて言った。


「とはいえ」


少しだけ微笑む。


「今は、ちゃんと使えるようになることの方が先ですね」


その言葉に、ほのかが先に笑った。


「ですよね」


月島が頷く。


「ええ。観察結果の細かい共有はまた後日でも構いません。今日は返却と注意喚起、それから謝礼金の受け渡しまでです」


テーブルの上に、小さな封筒が二つ置かれた。

協会のロゴ入り。


ほのかが嬉しそうに封筒を見る。

しずくはそれよりも、戻ってきた双剣から目が離せなかった。


風を宿した刃。

投げて戻る、踊る双剣。


月島の言葉が、頭の中に残る。

わりととんでもないもの。


しずくは、双剣をそっと撫でた。


そして、小さく頷く。

今度は、ちゃんと使ってみる。


ただの当たり装備じゃなくて。

その意味ごと、少しずつ知るために。

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