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第22話 物語を呼ぶスキル

湯のみから立ちのぼるお茶の湯気が、やわらかく部屋に広がっていた。

さっきまでの緊張が少しずつほどけて、家の空気に戻っていく。

お母さんは湯のみを両手で包むみたいに持ちながら、しずくを見た。


「しずくって、日替わりでアタッカーとかマジシャンとか変わるのよね」


「…うん」


しずくは頷く。


「で、装備はそのローグライクでロックしたものしか持ち込めないと」


「…うん」


もう一度頷く。

お母さんは、そこで少しだけ目を細めた。


「で、今回問題なのが…」


テーブルの上に置かれた、協会の預かり証を見る。


「踊り子の双剣ってわけね」


しずくの胸が少しだけ跳ねる。

お母さんが、ちらっとおじいちゃんを見る。

その視線には、何か含みがあった。

おじいちゃんは、その視線を受けて、ほんの少しだけ嫌そうな顔をした。


それから、まるで根負けしたみたいに目を逸らす。


「…好きにしろ」


ぼそっと、それだけ呟いた。

お母さんは、ちょっとだけ口元をゆるめた。


勝った、みたいな顔だった。


「ちょっと待ってて」


そう言うと、お母さんは席を立って奥の部屋へ消えた。

しずくは、おじいちゃんを見た。

おじいちゃんはお茶をすすっている。


でも、さっきの好きにしろには、単なる投げやりじゃないものが混じっていた。


たぶん、見せてもいいって意味だ。

しばらくして、お母さんが戻ってきた。


その手には、杖。


しずくは、思わず息を止めた。

初めて見るものだ。


第一印象は、美しい。

それ以外に言葉が出なかった。


月をモチーフにしたような意匠。

細身の杖身は銀色で、先端には、三日月を思わせる輪郭が浮かぶ。

そこに、夜空の欠片みたいな淡い青白い石がはめ込まれている。


派手じゃない。

でも、目が離せない。

ただの武器には見えなかった。


お母さんは、まるで昔の友達でも紹介するみたいに、その杖をそっと掲げた。


「これ、お母さんの杖なんだけどね」


しずくは、前髪の奥から見上げる。


「…きれい」


素直にそう言っていた。

お母さんが少しだけ嬉しそうに笑う。


「でしょう?」


それから、踊り子の双剣のことを思い出したみたいに続けた。


「たぶん、踊り子の双剣も、これと同じようなものよ」


「…同じ?」


「うん」


お母さんはソファに座り直し、杖を膝の上に横たえる。


「これを持ち帰った時も、協会は大騒ぎになったのよね」


さらっと言う。


「…え」


お母さんは笑う。


「そりゃそうよ。普通の装備じゃなかったもの」


しずくの視線が、杖に吸い寄せられる。

おじいちゃんは無言のまま、お茶をすすっている。

でも否定しない。


つまり、本当なんだ。


お母さんが、杖を指先でそっと撫でる。


「名前は、ブリムスラーヴス」


部屋の空気が、少しだけ変わった気がした。

まるで、その名前自体に重みがあるみたいに。


「時を刻む杖よ」


しずくの胸が、どくんと鳴る。

時を刻む、ただの杖じゃない。


お母さんは、少しだけ遠い目をした。


「私たち、一部の探索者はね」


そこで、ふっと笑った。


「こういうの、そう呼んでるの」

「ファンタジー装備って」


しずくは、ぽかんとした。

ファンタジー装備。

確かに、そうだ。


踊り子の双剣も、投げたら戻ってくる。

しかもスキル内蔵。

普通の工房の技術とか、属性武器とか、そういう話を少し超えてる。


お母さんの杖も、きっと同じだ。


しずくは、恐る恐る聞いた。


「…それ、どんな…杖なの」


お母さんが、にやっとした。

探索者の顔。

少しだけ悪戯っぽい。


「聞きたい?」


しずくは、こくりと頷く。


お母さんは杖を軽く持ち上げる。


「ブリムスラーヴスはね、普通の魔法杖じゃないの」


月の意匠が、部屋の明かりを受けて静かに光る。


「時間に干渉するの」


しずくは、固まった。


「…時間」


「そう」


お母さんは平然としている。


「といっても、過去に戻るとか、そういう大げさなものじゃないわよ」


そこで少しだけ笑う。


「でも、相手の動きを一瞬だけ鈍らせたり、逆に自分の魔法発動の間を縮めたり、そういう小さな干渉はできる」


しずくは、ぞくっとした。

それ、十分すごい。


おじいちゃんが、ようやく口を開く。


「小さい効果ほど、実戦じゃ厄介だ」


お母さんが肩をすくめる。


「そういうこと」


そして、しずくの方を見た。


「だからね。踊り子の双剣が普通じゃないのは、別に初めてのことじゃないの」


しずくは、少しだけ目を見開く。


「…じゃあ」


お母さんが頷く。


「協会も、そういう前例がゼロじゃないから、双剣を見て即没収じゃなかったんだと思う」


それは、しずくにとって少し救いだった。


ローグライクが全部初めてでも、

ファンタジー装備というカテゴリ自体は、世界に存在する。


自分だけが、完全におかしいわけじゃない。


お母さんは杖を軽く回す。

ほんの一瞬だけ、部屋の空気がゆらいだ気がした。


「安心した?」


しずくは正直に頷いた。


「…ちょっと」


お母さんがうんうん、と満足そうに頷く。


「いいのよ。そういう意味不明装備、たまにあるから」


言い方が雑すぎる。

でも、その軽さがありがたい。


しずくは、預かり証を見つめた。

踊り子の双剣。

今夜だけ、協会にある。


でも、消えるわけじゃない。

なくなるわけじゃない。


明日、戻ってくる。


お母さんは、杖を膝に戻しながら言った。


「しずくのローグライクは、装備を引くスキルじゃなくて」


少し考えるように視線を上げる。


「もしかしたら、物語を連れてくるスキルなのかもね」


しずくは首を傾げる。


「…物語?」


「うん」


お母さんは笑った。


「踊り子の双剣には、踊り子がいた。ブリムスラーヴスにも、たぶん、元の持ち主の歴史がある」


しずくは、銀のバックラーを思い起こした。

昔からの相棒みたいに馴染む盾。

あの感覚、もしかして…。

本当に、何かあるんだろうか。


おじいちゃんが、低く言った。


「装備に呑まれるな」


しずくが顔を上げる。


「道具は使うもんだ。使われるな」


「…うん」


しずくは頷いた。

お母さんも、同じように頷く。


「でも、知るのは大事よ。強い装備ほどね」


その言葉が、胸に残る。


踊り子の双剣。

銀盾。

銀兎ジャケット。


そして、お母さんのブリムスラーヴス。


世界には、普通じゃない装備がある。

そして今、自分もそこに足を踏み入れている。

少しだけ息を吐いた。


怖い、でも知りたいとも思う。


お母さんは最後に、湯のみを持ちながら言った。


「明日、双剣が戻ってきたら、ちゃんと試してみなさい」


そして、にこっと笑う。


「ファンタジー装備は、使ってなんぼだから」


しずくは、小さく笑った。


「…うん」


その夜。

しずくの世界は、また少しだけ広がった。

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