第2話 魔法戦士しずく
配信コメントが増えた。
『なんか見たことない固有スキル?』
『マジシャンにしては体力高くない?』
『ユニーク来た?』
心臓が跳ねた。
誰かが見てる。誰かが言葉をくれる。
私の存在に、ちゃんと反応が返ってくる。
これだ、私が欲しかった入口。
そのとき、通路の先に小さな影が現れた。
ネズミみたいな形。
でも、目は赤く牙もある。
視界の端に、システムウィンドウが浮かぶ。
【ダンジョンラット】
『来た来た』
『アローで確殺取れれば楽』
『距離取れ!』
私は杖を握り直した。
詠唱なんて分からない。
魔法なんて習ってない。
それでも。
「…やる」
声が出た。
自分でも驚くくらい、はっきりした声。
杖の先に光が集まる。
細く、鋭く、矢みたいな形。
私はただ、それを飛ばすことだけを考えた。
【マジックアロー】
赤目のラットの額に突き刺さり、蒼い火花が弾けた。
ラットは一瞬だけ身体を震わせ、そのまま動かなくなった。
あっけない、怖いくらいに。
止めていた息を、私は一気に吐き出した。
『確殺!魔力高いな!』
『初手で倒したw』
『コミュ障マジシャンは草』
数字が増えて、コメントも増える。
世界が私を見ている。そんな錯覚さえする。
そして、ラットの死体が光になって消えた。
代わりに、いくつかのドロップ品が落ちる。
小さな光の塊、魔石。
素材である牙と尻尾。
そして最後に、金属の鈍いきらめき。
私は震える手で、それに触れた。
大きな剣だった。
どう見ても、私の身長より長い。
斬るというより、質量で叩き潰すための武器。
普通なら、持ち上げた瞬間に腕が悲鳴を上げるサイズだ。
システムウィンドウが淡々と告げる。
【ローグライクドロップ:鉄の大剣】
鉄製の大剣。
無骨な造りだが、重心のバランスが取れているため、大剣としては扱いやすい。
【必要筋力:〇〇】
【装備要求:無視】
「…え」
配信コメントが一気に跳ねた。
『は??』
『完成品!?』
『素材じゃないの!?』
『要求値無視って書いてあるぞ』
『協会案件w』
私は大剣を見つめた。
この世界の常識では、完成された武器は落ちない。
落ちるのは素材であり、魔石、そしてアクセサリーか消耗品だ。
仮に装備品があったとしても、装備には要求値がある。
私の力じゃ、絶対に扱えない。
なのに。
私の手に触れた瞬間、システムはそれを「使える」と告げてくる。
私が、世界のルールを破っているみたいだった。
嬉しいより先に怖さが来た。
これがバズったら、私が目立ったら、学校で話しかけられたら。
…私、ちゃんと喋れるの?
その疑問に追い打ちをかけるように、別のウィンドウが浮かぶ。
【帰還時、ロックされていないドロップ品は消滅します】
「…消える」
バズっても消える。話題になっても消える。
友達だって、もしかしたら…消える。
祖父の言葉が脳裏をよぎった。
『危ないと思ったら逃げろ』
『逃げるのは、恥じゃない』
でも、逃げたら終わる。
終わったら、私はまた灰色の教室に戻るだけだ。
そのとき、通路の奥から別の気配がした。
さっきより大きな気配。
足音が複数聞こえる。群れだ。
『群れ来るぞ!』
『ロックしろ!よくわからんけど!』
『いやロックって何だよ』
『生きろ!まず生きろ!』
私は配信画面を見た。
コメントが返って来て、言葉が届く。
喋れない私に、世界のほうから話しかけてくる。
…変わりたい。
友達が欲しい。
そのために、まず変わりたい。
私は通路の奥を見た。
逃げるか。進むか。
バズるか。生きるか。
違う。
生きて、変わる。
そのために、私はここにいる。
足音が近づく、影が増える。
私は杖を握り、次に大剣へ視線を落とした。
今日の私は、マジシャン型…らしい。
なのに足元には、アタッカーの象徴みたいな武器が落ちている。
世界が私に言っているみたいだった。
好きに選べ。
…そんなの、ずるい。
世界のルールなら、私はどっちか一つだ。
魔法使いは脆いし、大剣なんて振れない。
そもそも持てない。
なのに私は持てる。
「…まず、近づけさせない」
杖を握りしめ、奥の影へ狙いを定める。
詠唱はごくわずか。
あとは、考えるだけでいい。
杖先に光が集まる。
小さな矢が一本ではない。
ウィンドウには、複数同時に放てると書いてあった。
私は息を止めたまま、数を思い浮かべる。
【マジックアロー3連】
光が散り、先頭のラット三匹に突き刺さる。
蒼い火花が連続して弾け、三匹が同時に倒れた。
『うおお、複数撃ち!』
『詠唱早いな』
『初心者マジシャンじゃないだろw』
でも、群れは止まらない。
後ろから押し出されるように、赤い目が次々と前へ出てくる。
距離が縮む。
しかも足音は正面だけじゃなかった。
左右の壁沿いにも、影が走る。
このままだと、挟まれる。
「や、やば…」
声が震え、視線が泳ぐ。
無意識に逃げ道を探す。
身体が教室にいるときみたいに固まりかける。
そのとき、画面が目に入った。
『背中!左壁!』
『挟まれる!』
『走れ!』
『回り込まれるぞ!』
言葉が、矢みたいに飛んでくる。
私に向かって、私を助けるために。
私は足を引いた。
祖父が叩き込んだ体捌き。
合気道の「さばき」は、相手を見ないとできない。
見ろ。怖いけど、見ろ。
前髪の奥から、私は目を上げた。
ラットが跳ぶ。
私は半歩ずらして避けた。
同時に、杖を前へ突き出す。
【マジックブロウ】
素手や武器に魔力を付与し、打撃に乗せる技。
杖が、ただの木じゃなくなる。
芯が通ったみたいに重みを帯びる。
跳びかかってきたラットの頭を、杖で叩き落とした。
物理の衝撃と、魔力の衝撃。
その両方が手に返ってきて、胃がひゅっと縮む。
『近接で落とした!?』
『それマジックブロウだな』
『杖で殴るマジシャンw』
『いや合理的すぎる』
合理的。
その言葉に、少しだけ救われた。
怖いけど、無茶じゃない。
意味がある。
私は息を吸い、杖先にまた光を集める。
今度は五本。
【マジックアロー5連】
蒼い光が洞窟の闇に走る。
先頭が崩れ、群れの密度がわずかに薄くなる。
薄くなっても、群れは群れだ。
壁沿いを走っていた影が、私の横腹めがけて跳んだ。
「あっ…」
牙がジャケットを裂いた。
布の下で、うっすら血が滲む。
痛みは少し遅れてやってきた。
私は足元の鉄の大剣を見た。
大きすぎる、重すぎる。
普通なら振れない。
振ったら体勢を崩して、そのまま噛まれて終わる。
「これしか…ない」
握った瞬間、掌に冷たい金属の感触が食い込んだ。
確かに重い。
でも、腕は折れないし支えられる。
世界が私にだけ嘘をついてるみたいだった。
私は腰を落とした。
祖父が叩き込んだ「入り身」。
相手の線に踏み込み、体ごと角度を変える。
大剣の刃が空気を裂く。
斬るというより、壁そのものが動くような一撃。
鈍い音が響いた。
跳んできたラットが叩き潰され、床に落ちる。
一匹だけじゃない。
その後ろにいた二匹まで、まとめて吹き飛んだ。
『大剣ww』
『マジシャンなのに!?』
『なんだその動き、武道経験者か?』
『魔法戦士きたw』
『いや世界の常識崩壊してる』
常識崩壊。
その言葉に、少し笑いそうになった。
笑える状況じゃないのに、胸の奥が熱くなる。
私は教室では何もできないのに。
ここでは、ちゃんと結果が出る。
ラットが四方から来る。
私は一気に下がらず、少しずつ位置を変えた。
通路の幅を使い、壁を背負うように動く。
左手から魔法の矢を放つ。
間合いが詰まったら、大剣で面を払う。
私の中で、戦い方が組み上がっていく。
誰にも教わってないのに。
身体が理解していく。
その瞬間、システムウインドウが視界の端に開いた。
【スキル獲得条件達成】
【アクティブスキル:魔力付与を習得】
「…え?」
戦闘中に覚えるって、こういうことなの?
『戦闘中取得きた!』
『頭に電球が見えた気がするw』
『魔力付与!』
『大剣に魔力乗せるやつだろそれ』
『ガチ魔法戦士爆誕ww』
私は大剣を握ったまま、息を吸う。
胸の奥の燃料を、刃へ流し込むイメージ。
刃が薄く光った。
鉄の冷たさの上に、熱が一枚重なる。
ラットが群れで突っ込んでくる。
私は、一歩踏み込んだ。
纏めて薙ぎ払う。
重い音が通路に響き、刃が床をかすめて光が走る。
群れの先頭がまとめて薙ぎ倒された。
一拍遅れて、魔力の衝撃が弾ける。
血飛沫じゃない、光の粒が散る。
ラットたちはそのまま光になって消えていった。
通路が静かになり、私の呼吸だけが聞こえる。
心臓がうるさい、手も震えてる。
それでも私は立っていた。
コメントが滝みたいに流れる。
『初回でこれ!?』
『マジシャン+大剣って何!?』
『普通はステ要求で無理だぞw』
『ローグライクやべえ』
『協会に通報した(褒め言葉)』
『うーん、これは神回です』
神回。
その単語が、胸の奥に刺さった。
私は…神回を作った?
私が?
ふと、手の中の大剣が急に重く感じられた。
今さら現実が戻ってくる。
怖い、死にそうだった。
運が良かっただけかもしれない。
でも、教室で私は透明だった。
ダンジョンでは、透明じゃない。
私の声が震えながら出た。
「…み、見てくれて、ありがとう」
言えた。
『話せるじゃんw』
『尊い』
『その一言で飯食える』
『友達できそう』
友達。
その言葉に、喉の奥がきゅっと締まる。
そのとき、通路の先からまた別の気配がした。
今度は群れじゃない。
足音が重い。
爪の細かい音じゃない。
小型じゃない、中型モンスターの気配。
私は杖を握り直し、大剣を背負いながら息を整える。
逃げるか、進むか。
いや違う。
今日は、もう一つだけ。
私は変わる。
「…次、行く」
自分に言い聞かせるみたいに呟いて、私は通路の奥へ踏み出した。
透明だった少女が、杖と大剣を持って。
この世界の常識ではありえない、魔法戦士として。




