第20話 探索者の味方
しずくの指先が、ぴくりと動いた。
質問の意味は分かる。
この力は、明らかに普通じゃない。
知られれば、面倒なことになるかもしれない。
でも、隠しきれない。
もう、装備が残ってしまっている。
しずくは少しだけ考えてから、正直に答えた。
「…できれば…大ごとには…なってほしくない、です」
月島は、そこで初めて少しだけ笑った。
「安心してください」
タブレットを閉じる。
「現時点で、あなたに何かする理由はありません」
ほのかが、わかりやすくほっとした顔をした。
しずくも、肩の力が少し抜ける。
月島は続けた。
「ただし」
その一言で、二人の背筋がまた伸びた。
「あなたの固有スキル【ローグライク】は、協会としても見過ごせない特異事例です」
静かな声、だが重い。
「今後、装備や機能について、定期的に報告をお願いすることになると思います」
しずくは、こくりと頷いた。
「…はい」
月島も頷く。
再び画面を開きながら、さらりと言った。
「こちらも、あなたたちの活動を可能な範囲で守ります」
ほのかが目を丸くする。
「守る?」
「少なくとも、無責任に外へ漏らさないよう配慮します」
「若年探索者の特異スキル情報は、扱いを間違えると危険ですから」
その言葉で、部屋の空気が少しだけ変わった。
尋問ではない、監視だけでもない。
これはたぶん、保護だ。
しずくは、少しだけ月島の顔をまっすぐ見た。
部長、若いのに偉い人。
怖い人かと思っていた。
でも、違うのかもしれない。
ようやく月島が、コーヒーに手を伸ばす。
「報告の話はここまでにして」
しなやかな指が、カップを持ち上げる。
「次は、今日の精算についてお話ししましょうか」
ほのかの目の色が変わり、しずくは隣で少しだけ肩の力を抜いた。
月島はタブレットを指で払うように閉じてから、事務的な口調で続けた。
「魔石や素材については問題ありません。そのまま協会規定の金額で買い取りいたします」
ほのかが、ほっとしたように息を吐く。
お金の話になると、やっぱり少し表情が変わる。
月島はそこで一度、しずくの銀盾とジャケットへ視線を向けた。
「で、そのローグライクによるドロップ装備ですが」
しずくの背筋が少し伸びる。
「先ほどまで、別室でログを精査させていました」
さらっとすごいことを言う。
「銀のバックラー、銀兎のジャケットについては、まあ問題のない範囲です」
「…問題ない」
しずくが小さく繰り返す。
月島は頷いた。
「完成品が落ちる、という点はもちろん特異ですが、装備そのものとしては既存の工房やメーカーでも再現可能な範囲です」
銀盾、銀兎ジャケット。
確かに強い。
でも、世界の常識を壊すほどではない。
月島は、そのまま言葉を継いだ。
「ですが」
少しだけ間を置く。
「踊り子の双剣については、扱いが別です」
ほのかの腰にある双剣へ視線が向く。
月島の声は穏やかなままだった。
「双剣そのものは、おそらく再現可能だと思います」
「風属性の付与、軽量化、器用依存の設計思想…このあたりは、技術的には延長線上です」
「でも…」
ほのかが口を挟む。
月島は頷いた。
「ええ、問題は内蔵スキルです」
タブレットに、さっきのログが表示される。
「ダンシングソード。これは、前例がありません」
部屋が少し静かになる。
投げて戻る。
使用者の意思に反応する。
風を起こす。
単なる武器ではなく、半ば技能そのものが内蔵されている。
「そこで、お願いがあります」
その言い方は、あくまで丁寧だった。
「今夜だけで構いませんので、その双剣を協会で預からせていただけませんか?」
しずくが、思わず双剣を見る。
ほのかも、腰のあたりへそっと手を置いた。
月島は、二人の反応を見ながら続ける。
「誤解しないでいただきたいのですが、基本的にドロップ品の所有権は探索者にあります」
ほのかが少しだけ目を細める。
「魔石以外については、協会へ卸すのも、個人でメーカーや鍛冶工房へ売却するのも自由ですからね」
そこで少しだけ肩をすくめる。
「まあ、皆さん面倒がって協会で精算しますが」
ほんの少しだけ笑う。
その笑い方で、空気が少し和らいだ。
「ですので」
月島は、改めて双剣を見る。
「双剣についての所有権は、佐倉さんと神宮さんにあります」
しずくの胸が少しだけ温かくなる。
取られるわけじゃない。
「無理にとは言いません」
月島は本当に、押しつけるつもりはないようだった。
「ですが、どうでしょうか?」
しずくは、すぐには答えられなかった。
今夜だけ。
そう言われても、不安はある。
ロックした装備、せっかく残せた当たり。
また、消えてしまうんじゃないか。
そんな考えが、真っ先に浮かぶ。
協会が見たい理由も分かる。
あの双剣は、どう見ても普通じゃない。
ほのかが、ちらっとしずくを見る。
どうする?という視線。
しずくは少しだけ考えてから、慎重に口を開いた。
「…あの」
月島が視線を向ける。
「預けたら…ちゃんと、返ってきますか」
月島は即答した。
「返します」
迷いがない。
「今夜、装備技能審査部で記録と観察を行い、明日、佐倉さん本人に返却します」
しずくは、もう一つ怖いことを聞く。
「ロックしてても…大丈夫…ですか」
「そこは、こちらでも未知数です」
正直だ。
「ただ、所有権が消えるような処理は一切行いません。記録・観察のみです。分解もしません」
ほのかが口を開いた。
「それ、書面とかあります?」
しずくが少し驚いて、ほのかを見る。
ほのかは真顔だった。
月島は、むしろ満足そうに頷いた。
「あります。預かり証と、観察目的・返却予定時刻を明記した確認書を作成します」
ほのかが小さく頷く。
「なら…まあ」
それから、しずくを見る。
「しずくが嫌じゃなければ」
しずくは、双剣をじっと見つめた。
ロックした。
残して、やっと手に入れた。
そして、パーティーを組んだ。
共有し、ほのかに渡した。
自分だけのものじゃない、って、もう少しだけ思えるようになっている。
しずくは前髪の奥で、月島を見た。
「じゃあ…」
小さく息を吸う。
「今夜だけ…お願いします」
「ありがとうございます」
「よかった。なんか急に没収とか言われたらって」
「神宮さん」
月島が少しだけ笑う。
「この部屋でそれを言えるのは、大物だと思います」
ほのかが、へへっと笑う。
しずくはそのやり取りを見て、少しだけ肩の力が抜けた。
月島は端末を操作しながら言う。
「では、預かり証を作成します。その間に精算も進めましょう」
「今日はボス素材、レアモンスター素材、魔石結晶、通常素材が複数ありますから…それなりの金額になりますよ」
ほのかの目がまた、きらっと光った。
しずくは、そんなほのかを横で見ながら思う。
怖いこともある。
分からないこともある。
でも、今日の成果はちゃんと残る。
双剣も、お金も。
たぶん…この関係も。
月島は、預かり証の確認と精算の説明をひと通り終えると、最後にタブレットを伏せた。
それまでの事務的な空気が、少しだけ和らぐ。
「最後に、一つだけ」
月島は二人を順番に見た。
「協会は、基本的に探索者の味方です」
しずくは、思わず顔を上げた。
月島は静かな声で続ける。
「そのために、国や軍とは別組織になっています」
ただの受付や換金の窓口じゃない。
探索者を管理する場所でもある。
でも同時に、守る場所でもある。
月島は、少しだけ遠くを見るような目になった。
「過去にも、固有スキル絡みでトラブルになったことは多々あります」
その一言の重さに、部屋が少し静かになる。
しずくの指先が、膝の上で小さく強張る。
月島は、二人を安心させるように言った。
「だからこそ私たちは、先に把握することを大切にしています」
ほのかが、真面目な顔で聞いている。
月島は続けた。
「配信については、続けられて構いません」
その言葉に、ほのかが少しだけほっとしたように息をつく。
しずくも、胸の奥の張りつめたものが少し緩む。
でも、月島はすぐに次を告げた。
「ただし」
その一言で、また二人の背筋が伸びる。
「協会側で、配信時の認識疎外レベルを引き上げます」
「…認識、疎外?」
しずくが小さく繰り返す。
「配信上で、お二人の個人情報が追われにくくなるようにします」
「顔立ち、制服、学校名、生活圏、そういった情報の特定精度を下げる処理です」
ほのかが目を細める。
「そんなことできるんですね」
「協会公認配信者向けの保護措置の一種です」
「今、お二人の個人情報が漏れますと、協会をすっ飛ばして直接接触してくる輩が出る可能性がありますから」
その言い方は静かだった。
でも、ぞくっとした。
しずくの胸が少し冷える。
月島は、その不安を見抜いたみたいに少しだけ声を柔らかくした。
「過剰に怖がる必要はありません。こちらで先に手を打ちます」
ほのかが小さく頷く。
「…助かります」
しずくも、こくりと頷いた。
月島は、そこで最後にもう一つ付け加えた。
「それから」
視線が二人にまっすぐ向けられる。
「お二人は未成年です」
部屋の空気が少し引き締まる。
「今日のことは、保護者の方とも情報共有をお願いします」
ほのかが、ほんの少しだけ表情を止めた。
しずくも、胸の奥が少し重くなる。
保護者。
家に帰って、話す。
今日のこと。
双剣のこと。
協会に呼ばれたこと。
月島は、そこを曖昧にしない。
「隠したまま活動を続けるのは、後で必ず無理が出ます。特に今回のような特異スキルは」
しずくは、小さく息を吸った。
祖父と母。
父は海外だけど、たぶん伝わるだろう。
ほのかは、少しだけ視線を落としてから、でもちゃんと答えた。
「…わかりました」
しずくも続く。
「…はい」
月島は、それでよしというように微笑んだ。
「ありがとうございます」
そして、いつもの落ち着いた調子に戻って言う。
「今日はここまでです。遅くなりますから、気をつけて帰ってください」
応接室を出るころには、コーヒーは少し冷めていた。
でも、しずくの胸の中にはさっきの月島の言葉が残っていた。
協会は、探索者の味方です。
その言葉は、少しだけ意外で。
少しだけ、心強かった。




