第19話 探索者協会
ゲートをくぐると、探索者協会のロビーだった。
いつもの熱気とざわめき。
探索者たちの足音、装備の金属音、受付の呼び声。
でも今日は、それが少しだけ心地よかった。
しずくは銀兎のジャケットを着たまま。
ほのかは腰に踊り子の双剣を下げたまま。
二人で、そのまま受付へ向かう。
受付のお姉さんは、いつもの笑顔でこちらを見て…固まった。
「…え?」
まず、しずくを見る。
「えっ、ちょっと待って…そのジャケット、なに?」
しずくがびくっと肩を揺らす。
「行く前、そんなの着てなかったよね?」
次に、視線がほのかの腰へ移る。
銀色の刃の双剣。
明らかに、普通の初心者装備じゃない。
「…なにその双剣???」
ほのかが苦笑いした。
「えーと、説明すると長いんですけど」
受付のお姉さんの視線が、今度はしずくへ戻る。
しずくは一瞬、口を開いてまた閉じた。
隣で、ほのかがちらっと横目を送る。
言える?みたいな視線。
しずくは小さく息を吸った。
「ローグライク、で…」
受付のお姉さんが首を傾げる。
「ローグライク?」
しずくはつっかえながらも続ける。
「ダンジョン入ると…ビルドが変わって…」
「うん」
「装備が…完成品で…ドロップして…」
「…うん?」
受付のお姉さんの眉が上がる。
しずくはさらに言う。
「その装備…ロックすると…帰っても…残る…」
「…え」
ほのかが横から補足した。
「しかも、パーティー組んだら共有できるっぽいです」
受付のお姉さんが、今度は完全に無言になった。
しずくも、ほのかも、黙る。
ロビーのざわめきだけが、妙に遠く聞こえる。
やがて受付のお姉さんは、小さく息を吐いた。
「…ちょっと待ってて」
そう言い残して席を立ち、奥へ消えていく。
しずくは、その背中を見送りながら小さく固まった。
「わ、悪かった…?」
ほのかが小声で言う。
「いや、悪いっていうか…」
肩をすくめる。
「普通に前例なさそう」
やっぱり、変なんだ。
協会に知られたら、何かまずいんじゃないかな。
そう考え始めた、そのとき。
受付の奥から、別の足音が聞こえてきた。
少しだけ重い靴音。
戻ってきた受付のお姉さんの後ろに、もう一人いた。
スーツ姿の女性。
三十代くらい。
髪を後ろでまとめ、眼鏡をかけている。
柔らかい顔立ちなのに、目だけが妙に鋭い。
受付のお姉さんが言う。
「この子たちです」
スーツの女性が、二人を見る。
まず、しずくのジャケット。
次に、ほのかの双剣。
最後に、しずくの顔。
数秒の観察後、女性は静かに微笑んだ。
「初めまして」
声は落ち着いている。
「探索者協会、装備・技能審査部の」
そこで一度だけ間を置く。
「月島です」
審査部…なんだかすごそうだ。
月島は優しい顔のまま言う。
「少しだけ、お話を聞かせてもらってもいいですか?」
ほのかが隣で、ほんの少しだけ姿勢を固くする。
しずくは前髪の奥から月島を見上げた。
怖いけど、隠し通せる気もしない。
しずくは小さく頷いた。
「…は、はい」
ロビーのざわめきの中。
二人の普通じゃないパーティーは、ついに協会の本格的な注意を引いた。
そのまま二人は、協会の別棟へ案内された。
探索者協会支部の事務棟。
ロビーの熱気とは、まるで別世界だった。
廊下は静かで、床も壁もきれいに整っている。
ガラス越しに見える部屋には、デスクと書類棚。
探索者の姿はなく、代わりにスーツ姿の職員が淡々と働いていた。
しずくは、歩きながらずっと落ち着かなかった。
ダンジョンのボス部屋よりは静か。
でも、別の意味で心臓に悪い。
通されたのは応接室だった。
中は広く、やわらかい照明で落ち着いた空間。
低いテーブルに、向かい合うソファ。
部屋の隅には、観葉植物
壁には探索者チームらしい写真がいくつか飾られている。
月島は名刺入れを取り出した。
無駄のない動きで、二枚の名刺を差し出す。
「改めまして」
しずくとほのかは、ぎこちなくそれを受け取った。
書かれていた文字を見て、しずくは目を瞬いた。
○○県探索者協会
装備技能審査部 部長
月島 楓
…部長。
しずくは思わず、月島の顔を見た。
三十代半ばくらいにしか見えない。
若い、それなのに部長。
この人、すごいエリートだ。
隣のほのかも、たぶん同じことを思ったのか、少しだけ背筋を伸ばしていた。
月島は二人の反応に気づいても、特に何も言わず、穏やかに微笑むだけだった。
「お掛けください」
促されて、二人はソファに座る。
しずくは端の方へ、そっと。
ほのかはその隣に、やや姿勢よく。
ほどなくして、あの受付のお姉さんがノックして入ってきた。
トレーには、コーヒーカップが三つ。
「失礼します」
テーブルに一つずつ置いていく。
ほのかの前。
しずくの前。
月島の前。
「お砂糖とミルクはお好みでね」
さっきまでの受付の笑顔に少し戻って、静かに退出していった。
部屋に残るのは、コーヒーの香りと少し緊張した空気。
しずくはカップを見つめた。
黒い液体、大人の飲み物だ。
ほのかもちらっと見たが、まだ手はつけない。
月島は自分のカップには触れず、代わりにタブレット端末を取り出した。
薄い端末の画面が光る。
月島はそれを軽く操作しながら、事務的だけど冷たくない声で言った。
「では、まず基本情報の確認から」
しずくの心臓が、どくんと鳴る。
「お名前、年齢、協会への申請職業、固有スキルを確認しますね」
その言い方は穏やかだった。
尋問というより、面談。
それでも、しずくの喉は少し詰まる。
月島はまず、ほのかではなくしずくの方を見た。
「佐倉しずくさん」
「…は、はい」
「年齢は十六歳。県立○○高校一年生。申請職業は」
画面を一瞥する。
「初回登録時は、アタッカーまたはガンナー適性で仮登録」
しずくは小さく頷く。
月島が続ける。
「現在確認されている固有スキルは【ローグライク】これで相違ありませんか?」
しずくは、一瞬だけ息を吸った。
「…はい」
月島は頷き、今度はほのかへ視線を移す。
「神宮ほのかさん」
「はい」
ほのかは意外なくらい、しゃんとして返事をした。
「十五歳。同じく県立○○高校一年生。申請職業はガンナー」
画面を確認する。
「固有スキルは【鷹の目】これで相違ありませんか?」
「はい。あと、今の時点で取れてるスキルは、チャージショット、気配察知、トラップマスター、マーキング、弾導強化です」
月島の眉が、ほんの少しだけ上がる。
「自主申告、助かります」
ほのかは、小さく笑った。
月島は再び、しずくを見る。
「佐倉さんについては、こちらで把握している情報がかなり不完全です」
しずくの指先が、膝の上で少しだけ強張る。
「ですので、ここからはあなたの固有スキル【ローグライク】について、確認させてください」
タブレットに指が滑る。
「まず、現在判明している機能を、あなたの言葉で説明できますか?」
部屋が静かになる。
しずくはテーブルの上のコーヒーをちらりと見た。
湯気がまだ細く上がっている。
それから、前髪の奥で月島を見た。
怖いけど、逃げるわけにはいかない。
隣では、ほのかが何も言わずに座っている。
それが少しだけ心強かった。
「ダンジョンに入ると…その日ごとの、ビルドが決まって…」
月島は何も挟まず、ただ聞いている。
「アタッカー型とか…ガンナー型とか…魔術型とか」
「はい」
「その型に応じて…ステータスに補正が入ります」
「続けてください」
しずくは、膝の上の手をぎゅっと握った。
「あと、ローグライクで落ちる装備は…完成品で…」
月島の指が、タブレットの上で一瞬止まる。
「通常のモンスター素材のように加工が必要なものではなく、そのまま使用可能な装備、という認識でいいですか?」
「…はい」
「その装備には、本来必要なステータス要求がありますか?」
「…ある、みたいです…でも…」
「あなたは無視して扱える」
「…はい」
月島の表情は変わらない。
でも、タブレットに入力する速度が少しだけ速くなる。
しずくは続けた。
「ロックしないと…帰還時に消えます…」
「現在のロック枠数は?」
「三です」
「現在ロックしている装備は?」
「銀のバックラーと…銀兎のジャケットと…踊り子の双剣…です」
月島が、初めて少しだけ視線を上げた。
「双剣は、あなたが装備していませんでしたね」
「共有、できるので…」
「パーティーメンバーとですか?」
「…はい」
月島は数秒だけ沈黙した。
その沈黙が、やけに長く感じる。
月島は静かに言った。
「共有機能が開いたのは、正式パーティー登録後、初回のダンジョン突入時ですか?」
「…はい」
「共有可能な装備は、ロック済み装備のみ?」
「たぶん…そうです」
「使用権の共有であって、所有権の移動ではない?」
しずくは少しだけ困った顔になる。
「それは…まだ…よく…」
月島はすぐに頷いた。
「分かりました。確認できていないことは、確認できていないで構いません」
月島は、二人を順番に見た。
「最後にもう一つ」
その声音が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「佐倉さん。あなたは、このスキルについて」
ほんのわずかに間を置く。
「協会に隠したいと思っていますか?」




