第18話 踊り子の双剣
落とし穴の中で、レッドヘルムが光になって消えたあと。
底に残ったのは、戦利品だけだった。
しずくは穴の縁に膝をつき、そっと手を伸ばす。
分厚い毛皮の束、骨の欠片、赤い兜みたいな頭部から剥がれた硬質な破片。
そして、魔石。
「…でか」
しずくが思わず呟いた。
拳より大きく、ずっしり重い。
光も濃い。
さすがボスの魔石だった。
ほのかが横から覗き込む。
「これ、換金額やばいよね」
コメント欄が騒ぐ。
『ボス魔石は桁違い』
『でけぇ』
『ほのか歓喜案件』
二人で回収して、袋に入れていく。
そのときだった。
落とし穴の外、縁のあたりに何かが転がり落ちた。
軽い金属音に、しずくが振り向く。
そこにあったのは、細身の刃が二本。
柄には繊細な装飾。
刃はわずかに青白く光り、風の気配をまとっている。
システムウィンドウが開く。
【ローグライクドロップ:踊り子の双剣】
壊れた世界を旅した踊り子が使用した双剣。
風の力を宿している。
基本性能:高い
要求器用:◯◯
特殊スキル使用可能。
【ダンシングソード】
投擲すると踊るように対象を攻撃する。
その後、使用者の元へ戻る。
風をまとっているため、風を起こすことも可能。
ある程度、使用者の意のままに操作できる。
攻撃力:器用依存
消費MP:小
「…は?」
しずくの声が、変なところで裏返った。
ほのかも固まっている。
「…え、なにそれ」
視聴者コメントが一瞬止まって、次の瞬間、爆発した。
『は?????』
『スキル内蔵武器!?』
『聞いたことねえ』
『投げて戻る!?』
『それほぼ魔法じゃん』
『踊り子の双剣って何だよwww』
しずくは双剣を拾い上げた。
軽い、信じられないくらい軽い。
でも、刃の芯は硬い。
風がまとわりつくような感触が、手に伝わる。
「…属性武器は、あるよね」
ほのかがやっと声を出した。
「火とか氷とか、毒とか」
しずくも頷く。
でも、攻撃スキルが武器に内包されているなんて、聞いたことがない。
しかも、投げて戻ってくる。
それって、武器が勝手に動くってことだ。
ほのかが双剣をじっと見る。
「…使える、かも」
コメント欄が煽る。
『使え使え!』
『見せて!』
『ダンシングソード撃て!』
ほのかが焦るように言う。
「いやいやいや、ボス倒した直後に試すの怖くない!?」
でも、ほのか自身の目が輝いていた。
好奇心を隠しきれていない。
しずくも、たぶん同じだった。
これは、ただの当たりじゃない。
世界の常識を壊す武器だ。
しずくは双剣を握り直した。
風が、刃にまとわりつく。
まるで刃そのものが、踊りたがっているみたいに。
洞窟の広場に、冷たい風が一筋走った。
双剣の風が、まだ指先に残っている。
その余韻を切り裂くように、胸の奥がじわっと熱くなった。
体の芯が軽くなり、視界が少しだけ明るくなる。
「…あ」
しずくが小さく息を吐く。
この感覚、今日二回目。
半透明のウィンドウが開いた。
【しずくレベルアップLv3 → Lv4】
基礎ステータス上昇
(全ステータス均等アップ)
【固有スキル:ローグライク】Lv3 → Lv4
ロック枠増加:2 → 3
銀盾と銀兎ジャケットに加えて、もう一つ固定できる。
つまり、踊り子の双剣も残せる。
コメント欄が騒ぐ。
『ロック3!?』
『装備残せるw』
『無限に強くなるやつ』
【スキル取得】
【物理耐性】
物理攻撃への耐性+10%
【盾修練】
盾ガード時のダメージ軽減率アップ
「…盾が、また強くなる」
しずくは銀盾を撫でた。
相棒みたいな盾。
それが、さらに頼れるものになる。
その隣で、ほのかも声を上げた。
「あ、私も!」
ほのかの視界にもウィンドウが開いている。
【ほのかレベルアップLv3 → Lv4】
基礎ステータス上昇
器用:大幅アップ
敏捷:大幅アップ
他:小アップ
【固有スキル:鷹の目Lv3 → Lv4】
器用補正アップ
「よし!」
ほのかが拳を握る。
【スキル取得】
【弾導強化】
距離による弾丸威力の減衰を低下させる
ほのかが目を輝かせた。
「距離減衰減るの、ガンナー的に神!」
しずくが小さく頷く。
遠距離が強くなる。
つまり、接敵される前に倒せる確率が上がる。
コメント欄も盛り上がる。
『強化えぐい』
『今日でレベル上がりすぎ』
『レッドヘルム+レアモンは経験値うまい』
二人は顔を見合わせた。
ほのかが笑う。
「…レベル4だって」
しずくも笑いそうになって、慌てて口元を引き締めた。
でも、胸の奥は熱い。
初日は、レベル1で熊に震えていた。
今日は、レベル4でボスを倒し、レアモンスターまで倒している。
ほのかが言った。
「しずく」
双剣を指さす。
「その武器、ロックする?」
しずくはゆっくり頷いた。
「…する」
ロック枠は3。
今なら、残せる。
しずくは踊り子の双剣をそっと持ち上げた。
そしてシステムウィンドウを開く。
【ロック枠:3】
①銀のバックラー
②銀兎のジャケット
空いている枠は、ひとつ。
しずくは深呼吸して、選択した。
③踊り子の双剣
【ロック:ON】
双剣が淡く光り、固定される。
「…残る」
小さく呟いた瞬間、胸の奥がふっと軽くなった。
しずくはそのまま、双剣を見つめながら考える。
盾と双剣…相性はよくない。
銀盾は腕固定。
盾で流す動きは、片手の自由度を奪う。
双剣は本来、両手で舞うように振る武器だ。
そして、この双剣の本体は。
【ダンシングソード】
投げて、踊らせる、ある意味自立した武器
それはしずくより、ほのか向きだ。
ほのかの器用は高い。
鷹の目もあり、マーキングもある。
弾導強化まで手に入れた。
距離で戦える子。
でも、近接に詰められたときの保険は薄い。
しずくはゆっくり顔を上げた。
ほのかがドロップの整理をしながら、こちらを見る。
「どした?」
しずくは一度だけ喉を鳴らした。
言葉にするのが怖い。
渡したら、失くなる気がする。
自分の当たりを手放す気がする。
でも、パーティーを組んだ。
ほのかは仲間であり、相棒だ。
それに、ほのかに助けられた。
昨日も、今日も。
しずくは双剣を差し出した。
「…ほのか」
ほのかが目を瞬いた。
「え?」
しずくの声は小さい。
でも、言えた。
「…これ…使って」
ほのかが固まる。
「え、いや、これしずくの当たりでしょ!?」
しずくは言葉を探しながら続けた。
「…ローグライク…共有できる…」
「ほのかに…使ってほしい」
ほのかが双剣を見て、しずくを見て、また双剣を見る。
「でも…しずく…」
しずくは、少しだけ早口になる。
「盾と双剣…相性よくない…」
銀盾を軽く持ち上げて見せる。
「片手が塞がる…」
それから双剣を指さす。
「いざ近接になっても…ほのかの役に立つ…」
言い切ってから、少しだけ息を吐いた。
心臓が、うるさい。
ほのかはしばらく黙っていた。
それから、ふっと笑う。
「…なにそれ」
双剣を受け取る。
軽く握って、刃の重さを確かめる。
「めっちゃパーティーっぽい」
その言葉に、しずくの胸がきゅっとなる。
ほのかはにやっと笑った。
「じゃ、ありがたく使う」
それから真面目な顔で言う。
「でも、これ共有なんだよね?」
しずくが頷く。
「やば」
それから、しずくの肩を軽く叩いた。
「しずく、ほんとにチートだよ」
しずくは小さく、でも確かに言った。
「チートは…共有するもの…」
言ってから、自分で驚く。
こんな言葉、言えるんだ。
ほのかが吹き出した。
「なにそれ、名言!」
洞窟の広場で。
二人の笑い声が、少しだけ響いた。




