第14話 銀ウサギ
強化ラットたちが光になって消えると、通路に静寂が戻った。
私は太刀をゆっくり下ろす。
呼吸が少し荒い。
足元に光が集まり始めた。
いつものように、粒子が固まり形になっていく。
魔石、ラットの素材。
そしてもう一つ、金属の小さな箱みたいなものだった。
手のひらサイズ。
軽機弩のマガジンに似ているけど、少し形が違う。
その瞬間、システムウィンドウが開いた。
【ローグライクドロップ:軽機弩用外付け圧着弾】
軽機弩に外付けするアタッチメント。
四発の圧着弾を内蔵。
圧着弾は対象の内部にめり込み、
時間差で内部爆発を起こす。
「…爆弾」
私が呟くと、ほのかが横から覗き込んだ。
「おお」
目を丸くする。
「それ、やばいやつじゃん」
コメント欄も一気に騒ぎだす。
『内部爆発!?』
『対大型兵器』
『ボス用きた』
『ガンナー強化パーツ』
私は少し考えて、迷わずそのアタッチメントを差し出す。
「…ほのか…これ…使って」
ほのかが一瞬きょとんとする。
「え、いいの?」
「…私…まだ…撃つの下手」
それは事実だった。
弾幕なら張れる。
でも、正確な射撃はまだ無理だ。
「…ほのかのほうが…当てれる」
ほのかはしばらくアタッチメントを見つめていた。
それから、少しだけ笑った。
「ありがと」
受け取りながら、軽機弩のレール部分に装着する。
「おお」
軽く構えて確認する。
「専用トリガーついてる」
「これ、ボス用だね」
それから私を見る。
「しずく、パーティーってこういうのだよ」
私はその言葉を聞いて、小さく頷いた。
「…うん」
通路の奥、まだダンジョンは続いている。
ほのかが機弩を構える。
圧着弾アタッチメントが鈍く光った。
「よし、レベル3いこっか」
それから私たちは、通路を慎重に進んでいった。
ラットの群れやダンジョンハウンド。
小型モンスターとの戦闘を何度か繰り返す。
ほのかの正確な射撃。
私の弾幕と前衛。
連携は、少しずつ噛み合ってきていた。
ローグライクの装備ドロップは来ていないけれど、魔石と素材は着実に増えている。
レベルも、もう少しで上がりそうだ。
ほのかが軽く伸びをしながら言った。
「そういやさ」
機弩を肩に担ぐ。
「今日は熊見てないねー」
「…うん」
私も頷く。
昨日は、あんなに出たのに。
そう思ったその時だ、通路の奥から咆哮。
低く重い、洞窟を震わせるような声だった。
二人同時に止まる。
「…熊」
ほのかが小声で言う。
私も頷いた。
そして、何かがぶつかる音。
「…戦ってる?別の探索者?」
コメント欄もざわつく。
『先客?』
『パーティーいる?』
私たちは顔を見合わせた。
それから、足音を抑えて通路を進む。
慎重に、息を殺して。
角を曲がり、その先で見たものは…熊だった。
巨大な体が、光になって崩れていくところだった。
倒されたばかり。
「…え」
私が小さく声を漏らすと同時に、もう一匹の熊が吠えた。
怒りの咆哮、そして銀色の線。
閃光みたいな何かが、熊へ跳びかかった。
速い、目が追いつかない。
銀の線が空中で曲がり、熊の喉元に光が走った。
巨体が膝から落ち、鈍い音を立てて倒れる。
完全に沈黙した。
静寂の中、その足元にいた。
銀色、丸い耳、小さな体。
私の目が大きくなる。
システムウィンドウが開いた。
【レアモンスター:シルバーラビット】
ほのかが思わず声を漏らした。
「…え?」
コメント欄が爆発する。
『レアモン!!』
『シルバーラビット!!』
『銀色の悪魔じゃねーか!!』
『逃げろ!!!』
『それ相性次第では、ボスより強いぞ』
ほのかが小さく呟く。
「…マジ?」
私は動けなかった。
さっきの光、熊を一瞬で仕留めた速度。
視聴者が叫ぶ。
『倒せばレア泥確定!!』
『でも強い!!』
『初心者が触る相手じゃない!!』
銀色のうさぎが、ゆっくり顔を上げる。
その視線がこちらを向いた。
小さい体。
でもその体から、ぞくりとする気配が溢れている。
ほのかが、ゆっくり機弩を構えた。
視線は完全に銀うさぎへ固定されている。
「…あれ、かなり速い」
少しだけ照準を動かす。
「でも耐久はないはず」
熊を倒した動きからわかる。
速さは異常。
ほのかが小さく息を吐く。
「この圧着弾、当たれば勝てる」
コメント欄も騒ぐ。
『確殺兵器』
『当たれば終わり』
『問題は当てられるか』
ほのかは続けた。
「チャージショットは使わない」
私は目を向ける。
「…使わない?」
「うん」
即答だった。
「動きが速すぎる」
照準を微調整する。
シルバーラビットは、じっとこちらを観察している。
「チャージで足止めたら…たぶん、その瞬間に私が死ぬ」
冗談じゃない、本気だ。
圧着弾のトリガーに指をかける。
「一発勝負」
それから視線を横に向ける。
「しずく、一瞬でいいから動きを止めて」
「そのチャンスを逃さず、狙い撃つ」
コメント欄が、すっと静かになる。
『いけるか』
『銀ウサ速いぞ』
『祈れ』
こちらの戦う意思が伝わったのか、シルバーラビットの毛が逆立った。
銀色の毛並みが、針みたいに立つ。
赤い目が細くなる、戦闘態勢だ。
ほのかが小さく言った。
「来る」
私は太刀を構えた。
左腕には銀のバックラー。
ほのかはその後ろで、小刻みに動きながら射線を取る。
止まらない、止まれば終わる。
銀の閃光が私の視界に走る。
ほとんど見えない、それでも身体が動いた。
太刀が上がり、銀盾が傾く。
シルバーラビットの爪が、銀盾を擦った。
衝撃が腕に走る。
「…まだ」
銀の閃光がもう一度跳ぶ。
信じられない速さ。
でもなぜか、銀盾が導く。
どこで受けるか、どこで流すか。
体が自然に動く。
まるで、昔からの相棒みたいに。
(…なんで)
でも、今は考える時間がない。
シルバーラビットが空中で軌道を変える。
狙いは喉、致命の一撃。
その瞬間、銀盾が走った。
銀盾が、刃みたいな角度で合わさる。
衝撃を流すように弾くと、シルバーラビットの体勢が崩れた。
空中で姿勢を失い、地面へ落ちる。
「今!!」
ほのかが叫ぶ。
照準は、すでに合っている。
圧着弾、鈍い茶色の弾がシルバーラビットの体にめり込んだ。
シルバーラビットが再び跳び、逃げようとする。
しかし、跳ぼうとしたその時、爆発音と共に銀と赤が舞った。
シルバーラビットは力を失い、地に伏せた。
そのままゆっくりと、光になった。
洞窟に静寂が戻り、コメント欄が爆発する。
『うおおおおおお!!』
『倒した!!』
『銀ウサ討伐!!』
『神回!!』
ほのかが深く息を吐く。
「…勝った」
私は、まだ銀盾を握ったまま立っていた。
腕が震えている。
でも、胸の奥が熱い。
足元に光が集まる。
大きな魔石、シルバーラビットの素材。
さらに2つの光。
システムウィンドウが開く。
【レアドロップ:銀うさぎの尻尾】
シルバーラビットの尻尾を素材にしたアクセサリー。
器用アップ(小)
敏捷アップ(小)
運がよくなる。
そしてもう一つ。
【ローグライクドロップ:銀兎のジャケット】
シルバーラビットの毛を使用した軽量ジャケット。
軽い割に防御性能が高い。
魔法耐性(小)
運がよくなる。
銀色のジャケットが、床に現れる。
私はゆっくり拾い上げた。
軽い、驚くほど軽い。
それなのに、しっかりしている。
ほのかが笑う。
「また当たり引いたね」
私は頷く。
それよりも、銀盾を見た。
さっきの戦い、あの速さ。
なのに捌けた。
不思議だった。
盾が導くみたいに。
「…なんで」
小さく呟く。
昔から使っていたみたいな。
相棒みたいな、そんな感覚。
ほのかが横から覗き込む。
「どうした?」
私は少し考えてから言った。
「…この盾」
銀盾を撫でる。
「…なんか…馴染む」
ほのかが笑った。
「いいじゃん」
機弩を肩に担ぐ。
「相棒ってやつでしょ」
私は小さく頷いた。
洞窟の奥には、まだ道が続いている。
でも今日の戦いで、私たちは確かに強くなっていた。




