第11話 また明日
ほのかが笑う。
「うち、前衛苦手なんだよね」
「罠と機弩と状態異常でハメるのは得意。でも、正面で受けるのは無理」
そして、私の目を真っすぐに見た。
「しずくは、受け流せる。あれ、才能だよ」
才能。
そんな言葉、私の人生に出てくると思わなかった。
パーティー。
それは友達とは違うのかもしれない。
でも、友達に近い何かかもしれない。
少なくとも、一人で震えているよりは前に進めそうな言葉だった。
ほのかが、少しだけ身を乗り出す。
「もちろん、嫌なら無理にとは言わない」
そう言ってから、にっと笑う。
「でも私は、しずくとならもっと潜れるって思ってる」
もっと潜れる。
もっと戦える。
もっと稼げる。
それはたぶん、全部ほんとうだ。
私はグラスを置いた。
喉がからからに乾いている。
でも、今なら。
今なら、ちゃんと答えたいと思った。
ほのかが急かさず待ってくれる。
待ってくれる人がいる、それだけで胸が熱い。
私は前髪の奥で目を上げた。
「…いっしょに…潜るの、は…」
声が震える。
「こわいけど…うれしい…」
ほのかが、ぱっと笑った。
「じゃ、決まりね」
決まりね、って。
そんな軽さで決まっていいの?
でも、その笑顔を見ていると頷いてしまう。
「…うん」
そのうんが、今までの人生でいちばん重かったと思う。
ほのかはパスタの皿を少しだけ端に寄せて、姿勢を正した。
「よし」
その言い方が、急に仕事っぽくなる。
「パーティー組む以上、情報共有は必須!」
私は背筋を伸ばした。
こういう段取りは、ほのかの方が得意だ。
「うちの職は、ガンナーね」
「…うん」
「武器は中古の98式軽機弩」
「98式」
「新品とか無理、中古で十分強い」
さらっと言うけど、現実が刺さる。
「で、固有スキル」
ほのかは指を一本立てた。
「鷹の目」
「…たかのめ」
「視力が大きく上がって、遠くの目標も見える。あと、器用にも補正が掛かる」
だから当たるのか。
だから射線を取れるのか。
私は今日のチャージショットを思い出して、喉が鳴った。
ほのかは指を増やしていく。
「スキルは三つ」
「まず、チャージショット。溜め時間はあるけど、強力な一撃が撃てる。ただしクールタイムあり」
「…うん」
「だからチャージは、確実に当てる場面でしか使えない。前衛が作ってくれる隙が超大事」
ほのかが私を見る。
私は、なぜか少し照れて目を逸らした。
「次、気配察知。周囲のモンスターの気配が分かる」
「…さっき言ってた」
「奇襲されにくいし、こっちから先手も取りやすい」
私はウサギを思い出して、太ももがじんとした。
「最後が、トラップマスター」
「…罠?」
「うん。罠のコアに反応して、落とし穴とかのトラップが使えるようになるの」
「…仕組み分かんないって」
「あれはね、分かんなくていいの!」
即答だった。
「使えれば勝ち!」
強すぎる価値観。
でも今日、私たちはそれで生き残った。
ほのかはドリンクを一口飲んで、少しだけ声を落とす。
さっきの明るさのまま、でも現実の顔になる。
「ガンナーって、弾も罠もお金かかる。だから効率よく狩れないと赤字なの」
私は黙って頷いた。
それが、ほのかの事情。
ほのかの戦い方。
だから彼女は、今日の魔石結晶で飛び上がった。
「だから、しずくと組みたい」
情報を共有するってことは、信頼しようとするってことだ。
私はハンバーグを小さく切りながら思った。
次は私の番だ。
ほのかは急かさない。
ドリンクを飲みながら、普通に待っている。
その普通が、逆にありがたかった。
「…わ、わたしは」
言葉がつっかえる。
でも、逃げない。
「基礎ステータス…ほんと、平均…で」
「平均?」
ほのかが首を傾げる。
「…うん。力も…敏捷も…魔力も…ぜんぶ…同じくらい」
私は協会の検査を思い出す。
誰かは力が高い。
誰かは敏捷が高い。
誰かは魔力が高い。
でも私は、全部普通。
「尖ってない…」
ほのかが面白そうに笑った。
「逆に珍しくない?」
「…え」
「だって普通は、何かしら強いじゃん。全部普通って逆にレア」
そんな言い方、されたことがなかった。
私は少しだけ視線を落としながら続ける。
「…で、固有スキルがローグライク」
「ダンジョンに潜るたびに…ビルドが変わる…」
「うんうん」
「アタッカー型とか…ガンナー型とか…マジシャン型とか…」
ほのかの手が止まった。
「え、マジ?」
私はこくりと頷く。
「…ビルドに応じて…ステータスに補正が入る」
ほのかの目が、どんどん大きくなる。
私はさらに続けた。
ここが一番変なところ。
「…完成品の武器とか、防具が…ドロップする」
「…は?」
ほのかが固まった。
「ちょっと待って」
「この世界、素材しか落ちないよ?」
「うん…」
「武器は鍛冶師が作るんだよ?」
「うん…」
私は小さく言った。
「ローグライクで…完成品が…落ちる…」
沈黙の後、ほのかがぺちんとテーブルを叩いた。
「え、チートじゃん」
声が普通に大きい、私は慌てて縮こまる。
「しっ、しずくごめん!」
ほのかは笑いながら声を落とした。
「いやでもそれ、ガチでヤバいスキルだよ」
私はさらに続ける。
「…あと」
まだある。
「…その装備…本来必要なステータス…無視して使える」
ほのかが完全に止まった。
「…ちょっと待って」
顔を近づけてくる。
「それ、例えば?」
「…昨日…鉄の大剣…」
「筋力、足りる?」
「…足りない」
「でも使えた?」
「…うん」
ほのかが椅子の背にもたれた。
「やば…」
天井を見る。
「それ、探索者協会が聞いたら研究対象レベルだよ」
私はさらに、最後のルールを言った。
「…でも」
「うん?」
「ロックしないと…消える…」
ほのかが視線を戻す。
「帰還したら?」
「消える…」
ほのかが納得した顔になる。
「バランス調整だ」
私は頷いた。
「…ロックすると…残る…」
「ロックできるのいくつ?」
「いま…1つ…銀のバックラー…」
ほのかがニヤッと笑った。
「あの盾かぁ」
「しずく、あれめっちゃ上手かったよ」
その言葉に、胸が少し熱くなる。
ほのかは腕を組んだ。
「なるほどね」
真剣な顔。
そして次の瞬間、にやっと笑いながらフォークをくるっと回す。
「しずく、パーティーの宝箱じゃん」
私は目を瞬いた。
ほのかは楽しそうに言う。
「だって何落ちるか分かんないんでしょ?」
「…うん」
「毎回ガチャじゃん」
ガチャ。
そう言われると、ちょっとだけ笑いそうになる。
「しかも、盾ロックしてるなら前衛安定だし」
そして、当たり前みたいに言った。
「やっぱパーティー正解だわ」
その言葉が妙に嬉しかった。
食事が終わって、二人でファミレスを出た。
自動ドアが開いて、夜の空気が流れ込む。
四月の夜風は、まだ少し冷たい。
思わず肩をすくめる。
でも、不思議だった。
胸の奥は、ずっとあったかい。
私たちは並んで歩き始めた。
家族以外の人と、並んで歩く。
そんなこと、人生で一度もなかった。
足音が二つ。
それだけで、世界の景色が少し違って見える。
ほのかは、楽しそうに言う。
「いやー、明日からパーティだね!」
「…うん」
ほのかは腕をぶんぶん振りながら歩いている。
「明日どんなビルドかなー」
その言い方が、もう当然一緒に潜る人みたいで。
胸が、また温かくなる。
「マジシャン型だったら最強じゃん。ガンナーと魔法とかさ」
「うん…」
「でもアタッカーでも全然いけるよね。盾あるし!」
ほのかはずっと楽しそうだった。
その笑顔を横で見ていると、私まで少しだけ笑えそうになる。
やがて道が分かれる。
街灯の下で、ほのかが立ち止まった。
「あ、私こっちだから」
分かれ道。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、ひんやりした。
さっきまであった温かさが、急に遠くなる。
ここで別れたら、あの時の大剣みたいに…消える?
あの鉄の大剣、79式機弩。
あれは確かに、私の手の中にあったのに。
帰ったら消えた。
もしほのかも、今日だけの幸運だったら?
明日になったら、全部消える?
ほのかは人気者だ。
クラスでも中心にいる子。
明日になったら…。
「あれ?そんなことあったっけ?」
って、忘れてしまうかもしれない。
私の頭の中で、そんな想像が広がる。
怖い、胸がぎゅっと締まる。
私は何も言えなくなった。
その時、ほのかがいつもの笑顔で言った。
「じゃ、しずく」
そして、にこっと笑う。
「また明日!」
また明日。
その言葉が、胸に落ちた。
明日、今日の続きがある。
今日で終わりじゃない。
明日もある。
明日も、ほのかが隣にいる。
放課後の探索者協会。
二人でパーティを組んで、ダンジョンへ。
それは、今日だけの幸運じゃない。
ちゃんと残るものなんだ。
私は小さく頷いた。
「…うん」
声はやっぱり小さい。
ほのかは手を振る。
「じゃあね!」
そして、軽い足取りで自分の道へ走っていく。
私はその背中を見送った。
夜風はまだ少し冷たい。
でも、胸の奥はあったかいままだった。
私はゆっくり歩き出す。
明日が、少しだけ楽しみだった。




