表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】息切れ・痛風・老眼おっさんパーティ、“老齢の塔”に挑む 旧:塔の頂きへ  作者: けんぽう。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/93

第83話 とどめを刺せ

 オットーは夢の中にいた。


 そこには血の匂いも、鉄の味もない。代わりに、ぬるい光が霧みたいに漂っている。呼吸をするたび、胸が軽くなる。——軽すぎて、怖い。


 ふと、輪郭が結ぶ。


 栗色のショートヘア。ローブ。胸元に揺れる女神のネックレス。

 ジェリーが、まるで「遅いよ」とでも言うみたいな顔で立っていた。


「……ジェリー」


 オットーは思わず笑ってしまった。夢の中の笑い方だ。痛みも重さも置き去りにした、ずるい笑い。


「生きてたのか……」


 その声に、別の影が続いた。

 バンダナで髪をまとめた、筋骨隆々の男。タッカーだ。相変わらず、強そうな背中のまま——笑っている。


「……タッカー。久しぶりだなぁ」


 二人は、何も言わない。

 ただ、ゆっくりと背を向けて歩き出す。


 置いていかれる。あの日と同じだ、と胸の奥が冷える。


「待て!」


 オットーは手を伸ばした。指先が空を掴む。距離は一歩も縮まらない。


「ちょっと待て! 俺も行く!」


 二人が振り返った。

 責める目じゃない。怒ってもいない。だから余計に痛い。


 ジェリーが足を指した。

 タッカーが腕を指した。


 口が動く。言葉の形だけが、霧の向こうで揺れている。

 ——けれど音が、どうしても届かない。


「なんだ……聞こえねぇ……!」


 オットーは叫んだ。焦りが喉を裂く。


「何を言ってるんだ! ジェリー! タッカー!」


 二人は、まだ笑っている。

 それが“許し”なのか、“命令”なのか、わからないまま——


 世界が、ひっくり返った。


「はっ!?」


 オットーは跳ね起きた。

 肺に冷えた空気が刺さり、胃の奥がひっくり返る。耳の奥で、金属が擦れるような音が残響していた。


 松明の火。揺れる影。焦げた臭い。

 ボス部屋だ。夢じゃない。


「……気が付きましたか!?」


 エドガーの声が飛んでくる。

 オットーの方を、ほんの一瞬だけ——確認するみたいに見た。次の瞬間にはもう、魔導書へ視線を戻している。指先が震え、ページの縁を食い込ませていた。


 その“戻り方”が、何より切迫していた。


 オットーは、理解した。

 ここはまだ終わっていない。

 そして——夢の二人は、だからこそ足と腕を指したのだと。


 オットーは、視界の端で“それ”を捉えた。


 円形の広間の中央。松明の光を吸い込むように黒い巨体が立っている。魔神。

 黄色い目が笑っていた。獲物が足掻くほど面白い、とでも言いたげに。


 その手前で、ダリウスが剣戟を繰り出し続けている。

 ——いや、“繰り出している”というより、倒れないために振っている。呼吸が荒く、踏み込みが浅い。それでも前に出る。剣が折れるまで、命が切れるまで、という覚悟だけが身体を動かしていた。


 周囲を見回して、オットーの喉が鳴った。


 ミラは床に横たわり、微動だにしない。石化の痕が頬にまで及んでいる。

 エリーはマナポーションの瓶を握ったまま、唇の色が抜け落ちていた。

 エドガーは魔導書に顔を寄せ、祈りにも似た詠唱を刻んでいる。必死という言葉でさえ足りない、目だけが“間に合え”と叫んでいた。


 ——これが、今の自分たちだ。


 そして魔神は、その全部を見下だしている。


 胸の奥で、何かが音を立てて切れた。恐怖ではない。ためらいでもない。

 怒りだ。遅れてきた火山みたいな怒りが、夢のぬるい光を焼き払った。


 オットーは大斧を握りしめた。柄が軋む。指の関節が白くなる。


「てめぇ……まだ……」


 声が、喉の奥から絞り出される。震えているのに、やけに通る。


「呑気に……遊んでんのか?」


 魔神の笑みが、ほんの少しだけ深くなった。


 ——許さない。


「お前のせいでな……!」


 オットーの視界に、ジェリーとタッカーの背中が一瞬よぎる。

 そして今、目の前にいる仲間たちの顔が、同じ列に並んだ。


「タッカーもジェリーも、ダリウスも、ミラも、エリーも、エドガーも……!」


 言葉が割れる。息が熱い。涙じゃない。これも怒りだ。


「ふざけんなよォォォォォ!」


 ——《阿修羅》。


 呪いが走った。


 血管の中に熱い砂を流し込まれたみたいに、全身が爆ぜる寸前まで張りつめる。

 次の瞬間、オットーの巨体は“跳んだ”。跳躍ではない。発射だ。


 弾丸。閃光。

 床を蹴った衝撃が遅れて音になる。空気が裂け、背後の松明が一拍遅れで揺れた。


(キレてんのによ……頭ん中は、妙にスッキリしてるぜ)


 怒りの芯だけが冷たい。

 ——夢の二人が指さしたのは、これだ。足と腕。“使え”と。


 エリーの声が飛ぶ。


「ダリウス、一旦下がって!!」


 ダリウスが反射で距離を取る。

 その一瞬に、オットーは考え切る。


(そうだ。身体ぜんぶに阿修羅をかけるな……足の、手の“一点”に集中。爆発させろ)


 右足の筋肉が、ぶちぶちと嫌な音を立てた。

 負荷で千切れる音だ。だが止まらない。止まれない。


 懐へ。


 魔神の巨剣が動く前に、オットーは潜り込む。

 大斧が風を引き裂き、喉元へ吸い込まれる。


「《阿修羅・十連》!」


 一撃目、火花。二撃目、火花。

 刃が黒い皮膚を抉り、ようやく血が滲む。——硬い。鎧だ。


 オットーは歯を食いしばり、右手だけに“呪い”を絞った。

 骨が、ぎりぎりと軋む。握力が限界を越え、関節が悲鳴を上げる。


 ——入った。


 喉元に、深い傷。

 魔神の笑みが歪む。だが、口元はまだ笑っている。呪文が止まらない。獣のうなり声みたいな詠唱が続く。


 火花の奥で、巨剣と大斧が噛み合う。オットーの身体が軋む。視界が白く弾ける。


 それでも、刃は届いた。


 三撃目で右足を——ちぎる。

 五撃目で左腕を——むしる。

 九撃目で左足を——刈り取る。


 魔神が膝をついた。

 黄色い目に、初めて“恐怖”の形が宿った。


 だが、呪文は止まらない。

 魔神の口が動くたび、空気が歪む。何かが、呼ばれようとしている。


 ——最後の一撃。


 オットーは振りかぶった。振りかぶったはずだった。


 身体が、崩れた。


 右腕は、筋肉が断裂し、上がらない

 右の足の腱が切れ、力が抜け落ちる。

 左足は、へし折れた木みたいに曲がる。


 床に落ちる瞬間、オットーは笑った。悔しい笑いだ。

 それでも、勝ち筋だけは見えている。


 視線を、後ろへ。

 魔導書にかじりつく男へ。


「……クソが……」


 息が血の味になった。


「エドガー……!」


 喉が裂けるほど叫ぶ。


「とどめを刺せェェェ!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ