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息切れ・痛風・老眼おっさんパーティ、“老齢の塔”に挑む  作者: けんぽう。


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一撃一殺、中年の間合い

 洞窟の空気が重く揺れた。

 痛風のオットー、ドライアイのエドガー。

 後ろでミラが心配そうに息を呑む中、ダリウスは剣を抜きながら——乾いた笑みを漏らした。


「……俺がやるしかないのか!」


 その笑いは、諦めでも投げやりでもない。

 中年特有の、苦渋と絶望の、どうしようもない“から笑い”だった。


 次の瞬間、五体のゴブリンが同時に飛びかかる。


「ギャアアア!!」


 棍棒がうなり、剣が閃き、石が破裂するように投げつけられる。

 蓮撃——一瞬のうちに重なる殺意の連打。


 最前列の一体が、喉元めがけて剣を突き出す。

 鋭い刃先がダリウスの皮膚まであと数センチ——その瞬間、

 ダリウスの身体が“すっと”半歩だけ後ろへ溶けるように下がった。

 刃は空を切り、風を裂く音だけが残る。


 続けざまに、別のゴブリンの棍棒が横から振り上げられた。

 当たれば骨が粉々に砕ける威力。

 だが——


 ダリウスは同じ半歩だけ、まるで最初から知っていたかのように引く。


「ダリウス危ない!」


 ミラの悲鳴が通路に響く。


「なんだ、これは……!?」


 オットーの表情が強張る。


 それでもダリウスは振り返らない。

 ただ淡々と、まるで“そこに線でも見えている”かのように、

 ゴブリンとの距離を数センチ単位で調整し続けていた。


 通路の奥から、石を持ったゴブリンが奇声を上げる。

 投石の予備動作。

 ダリウスはそれを視界の端で捉えた。


(射程、入った……)


 石が飛ぶ。

 唸りを上げて一直線にダリウスの額へ。


 ——だが彼は、ほんの“頭一つ分”横にずらしただけで回避した。


 石は背後の壁に激突し、粉々になる。


 その一瞬の隙を逃さず、

 ダリウスは最短距離で踏み込み、投石でふらついたゴブリンの胸を剣で貫いた。


「早く! みんなダリウスのところへ!」


 ミラが叫ぶ。


「体軸がまったくぶれていない……?

 いや何をしている、詠唱入ります!」


 エドガーが慌てて魔導書を開く。


 

  ダリウスの息は、じわじわと荒くなっていった。

 胸が焼けるように苦しい。それでも、ゴブリンたちの攻撃は——どういうわけか、彼の体に届かなかった。


 喉を狙った突きも、脇腹を砕こうとする棍棒も、肩口を裂かんとする斬撃も。

 ほんの数センチ。紙一重。

 届くはずの一撃が、ことごとく空を掠めていく。


 当然混乱したのは、攻撃を放っている側だった。

 ゴブリンたちの目には、焦りがじわじわと滲んでいく。

 当たらない。ならば今度こそ——そう思って力を込めれば込めるほど、軌道は大ぶりになり、隙は大きく広がっていった。


「あの戦い方……本当にダリウスですか?」


 エドガーが信じられない、といった声を漏らす。


 短剣を持ったゴブリンが、焦燥を振り払うように吠えた。

 捨て身の大振りでダリウスに斬りかかる——その刹那。


 ダリウスは、一歩踏み込みながら体を回転させた。

 回転の遠心をそのまま刃に乗せ、横一文字に薙ぐ。


 閃いた剣筋が、ゴブリンの胴を易々と両断する。

 倒れた個体は二体目。だが、ダリウスが剣を振るった回数も、まだ二度きりだった。


「どういうことだ……」


 オットーが思わず呟く。


「昔はもっと手数で押してたはずなのに……」


 三体目の棍棒持ちのゴブリンは、すでに混乱していた。

 恐怖を振り払うように、力任せの連打を浴びせかける。

 しかし、そのすべてが寸前で避けられ、棍棒は虚しく空と岩肌を叩くだけだ。


 やがて、足がもつれた。


 その一瞬の乱れを、ダリウスは逃さない。

 距離を詰め、無駄のない一突きで、胸元の急所を正確に貫いた。


 残された素手のゴブリンたちは——動けなかった。

 攻撃すれば当たらない。

 当たらなければ反撃される。

 その簡単すぎる理屈が、彼らの小さな脳を完全に硬直させていた。


 剣を握るダリウスと、素手のゴブリンたち。

 その間に横たわる「間合い」の差は、絶望と言い換えてもよかった。


 踏み込めば斬られる。

 踏み込まなければ、ただ見ていることしかできない。


 やがて——すべてが終わっていた。


 気づけば、洞窟には五体のゴブリンの亡骸が転がり、

 その中心で、ダリウスだけが大きく肩を上下させて立っていた


 洞窟に満ちていた張り詰めた空気が、ようやく緩みはじめた。

 息を荒げながらも剣を収めたダリウスに、ミラがぱっと笑顔を向けた。


「ダリウス! さすがね!」


 その声は誇らしげで、どこか嬉し涙が混ざっていた。


 エドガーが歩み寄り、眉間に指を当てながら問いかける。


「ダリウス……あれだけの攻撃が当たらなかったのは……間合い、ですか?」


 ダリウスは膝に手をつきながら、荒い息の合間に答える。


「……あぁ……近間だと剣戟になって……すぐバテる。

 だから……攻撃をギリギリで避けられる間合いを……基本にしてる」


 エドガーは慎重に言葉を選んだ。


「言うは易し、です。それができたら苦労はありませんよ。

 モンスターによって間合いも違うでしょうに……?」


「三年かかった」


 ダリウスは額の汗を拭い、静かに続けた。


「目だけで間合いを読み……身体が自然に動くまで、三年だ」


 その言葉に、空気が揺れた。


 オットーがいつになく真剣な声を出す。


「一撃一殺だったな……あれも狙ったのか?」


「若い頃みたいに……何度も剣は振れないからな」


 ダリウスは苦笑しながら肩で息をした。


「だから……必ず“倒す一撃”だけに絞った」


 オットーは言葉を失い、口を開けたまま静止した。

 エドガーとオットーの胸に、同じ思いがよぎる。


(……俺たちが引退した後も、

 こいつは一人で戦って……戦って……

 歳を重ねても戦える方法を考え続けていたんだ)


 エドガーは胸の奥からこみ上げてくるものを抑えきれず、

 まるで祝福するように微笑んだ。


「間合いをコントロールし、的確な剣戟で仕留める……

 まさに“空間の剣——”」


「ちょっと待って!!!!」


 鋭い声が洞窟に響いた。


 ミラが両手を広げ、顔を真っ青にしていた。


「ちょっと……今……通り名つけようとしたよね!?

 あの……恥ずかしいやつを!!」


 エドガーはきょとんと目を瞬かせる。

「どうしたんですか?」


「だーめ!! 通り名はダメ!

 おじさんなんだよ!? もう全員!!」


 オットーは胸を張って言い返す。


「優れた冒険者の特権さ!」


「だーめっ!!!」


 ミラの全力否定に、洞窟が再び静まり返る。


 沈黙。


 その沈黙を破ったのは、ダリウスのぎこちない声だった。


「……さ、さぁ……気を取り直して次の階層に進もうか」


「あ、あぁ……そうだな」


 オットーは沈黙に耐えきれなかったように、慌てて話題を流した。


 ただ一人、エドガーだけが納得いかず口を開く。


「わ、私は良いと思いま——」


「ダメだからね!」


 ミラの鋭いツッコミが、彼の言葉を真っ二つに断ち切った。


 エドガーは肩をすぼめ、ローブの影でしょんぼりと眉を下げる。


 こうして一行は——

 胸の奥にしまわれた通り名と、中年の哀しみと誇りを抱えたまま、

 次なる階層へと静かに歩み出した。


 暗闇を裂く四つの影が、ゆっくりと前へ進んでいく。


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