第6話 原書写しと城壁と……ただのダリウス
昼下がりの草原道は、春の匂いで満ちていた。
そよぐ風がミラの金髪を揺らし、草の海が波のように広がっていく。
のどかな空気の中、ミラが突然くるりと振り返った。
「ダリウスが40歳、エドガーが45歳、オットーが43歳、そして私が16歳……」
ミラは太陽に向かって目を細め、誇らしげに言う。
「平均値36……完璧ね」
「ん?どういうことだ?」
オットーが腹をぽりぽり掻きながら振り返る。
ダリウスは苦笑した。
「いや、ミラが言うには……パーティーの平均が35歳以上なら全員入れるんじゃないかって」
「バカなんですか?」
エドガーは呆れたようにため息をつく。
「そんな規則、あるわけないでしょう」
しかしミラは、静かに自信満々だった。
晴れ渡る空を見上げ、ふっと唇を上げる。
「いえ……私の計算は完璧だったわ」
「……頭が痛くなってきました」
エドガーは眉間を押さえて再びため息。
ところがミラの表情が急に陰った。
「それよりも……もっと深刻な話があるの」
ダリウスは心配そうにミラを覗き込んだ。
「どうしたんだ?」
「ちょっと言いづらいんだけど……オットーとエドガーのことで……」
「ん? 俺らか?」
オットーがあっけらかんと首をかしげる。
「何ですか?」
エドガーも不思議そうに目を細めた。
ミラはさらに深刻な表情で、声を潜める。
「……呼ばれてたんだよね? 二人とも。あの通り名で……」
ダリウスは誇らしげに頷いた。
「エドガーが“原書写しの魔法使い”、オットーが“巨人の城壁”って呼ばれてたな」
「み……みんなに?」
ミラが恐る恐る尋ねる。
「まぁ、冒険者界隈じゃその通り名で呼ばれていたな」
オットーは腕を組み、少し照れ気味。
「えぇ。私たちは、なかなかの有名人でして」
エドガーは過去の栄光を思い返すように胸を張る。
しかしミラは真顔だった。
「……あのさ。
なんて言うか……むずむずするって言うか……」
沈黙。
「ダサいし、恥ずかしいと思うの」
——雷が落ちた。
「なっ……!」
「うそだろ……」
雷鳴のように、二人が同時に崩れ落ちた。
ただの草道が、急に告別式のような空気になる。
「え、えぇぇ……?」
ミラは両手を振りながら必死に説明する。
「だってそうでしょ!?
いい大人がさ……なんて言うのか……
カッコ良すぎる名前で……
逆に カッコ悪いわ!」
プライドを粉々に撃ち抜かれた二人は、ヘナヘナと地面に沈んだ。
「原書写し……そんなに……」
「巨人の……城壁……俺の……誇りが……」
まるで心臓を刺されたような呻き方だった。
「お、おい二人とも! 元気出せ!」
ダリウスが慌てて二人を慰める。
しかしエドガーは地面にめり込む勢いで落ち込み、
オットーは三段腹を震わせながら肩を落としていた。
ミラは頭を抱えた。
「えっ、ダメ? 何か言い方間違えた!? ごめんってば!」
草原に、いい歳の大人たちの泣き声とため息が混ざり、
心地よい風が吹き抜けていく。
ミラの不用意なひと言で、オットーとエドガーが心を撃ち抜かれてから数分。
ようやく二人の涙が止まりかけた頃、ダリウスが優しく声をかけた。
「ミラ。通り名ってのはな、冒険者の世界で最高の名誉なんだ。
それを悪く言っちゃいけないよ」
ミラはしゅんと肩を落とした。
「ごめんなさい……」
オットーが三段腹を揺らしながら立ち上がった。
「まぁ、いいってことよ。深く気にしてねぇさ」
エドガーもローブをはたきながら立ち直る。
「他人が勝手に呼び出したものですしね。私の価値は私が決めますから」
ミラはほっとしつつ、なぜか突然問いを投げた。
「ねぇダリウスには通り名ないの?」
再び——沈黙。
草原を渡る風の音だけが聞こえた。
「ま、まぁ……通り名が全てではありませんしね……」
エドガーは目を逸らす。
「あ、あぁ……ダリウスは優しいしな! 通り名がなくても問題ねぇよ!」
オットーは変に焦っていた。
しかしダリウスは優しく微笑んだ。
「フォローしなくていいよ。ミラ、俺には通り名とか、そういうのはないんだ。
俺はただのダリウスさ」
「でもどうして? そんな弱っちいダリウスが、
オットーとエドガーと一緒に冒険者やってたの?」
その問いに、今度は二人のおっさんが即座に反応した。
オットーは昔を思い出すように、真剣に言った。
「言っただろ? あいつは優しいんだよ。
みんなが嫌がる仕事を率先して引き受けてくれたんだ」
エドガーも頷く。
「誰かが落ち込んだ時、つまづいた時……
その度に寄り添って、気づけば立ち上がらせてくれました」
「戦闘でもな」
オットーが指を折りながら続ける。
「前衛と後衛の橋渡し、ポーションの受け渡し、数の管理、前衛のバックアップ、後衛の護衛。
……全部ひとりでやってた」
エドガーの表情は穏やかだった。
「派手さはありませんがね……リーダーとして信頼されていたんですよ」
「リーダー!? そうだったの!? 知らなかった!」
ミラの目がまん丸になる。
ダリウスは笑いながらミラの頭を軽く撫でた。
「まぁ、言いふらすものでもないだろ?」
ミラは無邪気に言った。
「ダリウス……そっか。よかったね!」
そして——
「恥ずかしい呼ばれ方しなくて!」
——雷、再び。
「ぐはっ……」
「おいおい……またか……」
オットーとエドガーは完全に膝から崩れ落ちた。
「こ、こらミラ、言い方!」
ダリウスは慌てて二人の背中を擦る。
だが四人の笑い声は、草原の風に溶けていつまでも続いた。
*
「……見えてきたな」
ダリウスが足を止め、遠くを指さした。
草原の向こう、霞むように——
一本の塔がそびえていた。
まだ小さく、指先ほどの大きさだが、確かにそこにある。
「いよいよですね」
エドガーがローブを押さえながら呟く。
その声はわずかに震えていたが、それは恐れではなく、十数年ぶりの“冒険の高揚”だった。
「任せろよ。俺が守ってやる。安心しな」
オットーは胸を叩き、腹が三段分ふるふる揺れた。
「私の計算通りなら——」
ミラが得意げに言いかけた瞬間、
——沈黙。
三人が同時に振り向き、無言でミラを見る。
ミラは口をへの字に曲げ、むすっとした。
風が草を撫で、四人の肩を軽く押した。
日差しは暖かく、影は長く伸びる。
ダリウスは深く息を吸い込み、微笑んだ。
「……こんな日があっても、悪くないな」
エドガーもオットーも、どこか照れながら同意するように頷いた。
ミラは金髪を風にさらし、太陽に向かって目を細めた。
四人の影が草原に寄り添うように並び、
老齢の塔に向かってひとつ、またひとつと足音を刻む。
——冒険者としては、あまりに遅すぎる再出発。
——だが仲間としては、最高の始まりだった。
心地よい風は、それを祝福するように吹き続けていた。
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おっさん回収編は、ここまでとなります。
それぞれのバックボーンが明らかになったところで、いよいよ塔への挑戦が始まります。
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