第36話 石になる夜
その夜更け。
ダリウスもエドガーもオットーも、疲れ果てたように寝息を立てていた。
焚き火はもう小さくなり、赤い炭がかすかに呼吸をしているみたいに、時おりぱち、と音を立てるだけだ。
ミラは寝袋の中で、しばらく迷っていた。
胸の奥で、ずっとざわざわしていた何かが、もう黙っていてくれなかった。
やがて、そっと身を起こす。
三人を起こさないよう、音を殺して焚き火のそばまで歩いた。
しゃがみ込み、小さくなった炎を見つめる。
赤い光が、右腕の袖をじっとりと照らしていた。
ミラは、ゆっくりと、恐る恐るその袖を捲り上げる。
「……っ」
息が、喉の奥でひっかかった。
前に見たときより、明らかに広がっている。
右腕の半分以上が、石のような灰色に変わっていた。皮膚の温もりは途中で途切れ、その先はひんやりと冷たい。触れれば、指先の感覚さえ跳ね返されるようだった。
(……一気に広がった。
《神光再命》は……あと、何回使えるの?
もし使えなくなったら……)
喉がきゅっと締めつけられる。
けれど浮かんでくるのは、自分が石になる未来の恐怖ではなかった。
もし次に、ダリウスが胸を貫かれたら。
もし次に、オットーの心臓が止まるような一撃を受けたら。
もし次に、エドガーの首が、あのトロールの棍棒で砕かれそうになったら。
その誰かが致命傷を負ったとき——
自分の加護がもう届かなかったとしたら。
(……そのとき、私、どうすればいいの)
焚き火の赤が、石化した右腕を照らし、ぎざぎざとした境界線の影を地面に落とす。
ミラはそっと右手を握った。
石になりかけた指は、きちんとは閉じてくれない。それでも、力の続く限り、ぎゅっと握りしめる。
「……絶対、誰も……死なせない」
それは、本当に自分にだけ聞こえるかどうかの、小さな声だった。
焚き火のぱちりと弾ける音に紛れて、すぐ夜気に溶けてしまうほどの囁き。
けれど、一度言葉にしてしまった誓いは、彼女自身の中で、しっかりと根を下ろす。
ミラはそっと袖を下ろし、石化を隠した。
立ち上がり、寝袋に横たわる仲間たちの方へと振り返る。
大きないびきが、夜の森に堂々と響いていた。
犯人はもちろん、オットーだ。口を半開きにしたまま、豪快な呼吸で周囲の静寂をねじ伏せている。
その少し向こうでは、エドガーがいつものように魔導書を抱きしめて眠っていた。
眉間にはうっすら皺が寄っているのに、口元だけは、どこか安心しきった子どものように緩んでいる。
ミラの表情から、じわじわと恐怖の色が抜けていく。
代わりに、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「……おかえり。オットー、エドガー」
ささやくように呟く。
その言葉は、さっきまで凍りつきかけていた心を、そっと解きほぐしてくれる合図みたいだった。
ミラは小さく笑って、三人に背を向ける。
自分の寝袋に潜り込み、石化した右腕を大事そうに抱え込んだ。
森を撫でる風は冷たいのに、テント代わりの結界の内側は、不思議なほどあたたかい。
肌寒い夜が、静かに、ふけていく。




