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息切れ・痛風・老眼おっさんパーティ、“老齢の塔”に挑む  作者: けんぽう。


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第33話 鉾は折れず、盾は耐える

 二十九階層の森は、もう「森」と呼ぶにはあまりに巨大だった。


 頭上では、いくつもの巨木が枝を絡ませ合い、わずかな日差しを細い筋に変えて地面へと落としている。巨大な岩がいくつも横たわり、近くでは川がさらさらと流れていた。すべてのスケールが大きすぎて、まるで自分たちが一回り小さくなってしまったかのような錯覚を覚える。


 少し離れた地面には、さっきまで戦っていた魔物の死骸が五体。血はもう土に吸われ、鉄と土の匂いだけが、そこが戦場だったことを物語っていた。


 パン、と軽快な音が静けさを裂く。


「よし、みんな戦闘終了だ。この辺りで一度休憩しよう」


 ダリウスが手を打ち、周囲を見回しながら告げる。

 剣を腰に収めた彼は、ひとつ深く息を吐きながら胸の内でつぶやいた。


(……“超集中”、かなり“使える”ようになってきたな。これなら——)


 その思考を引き戻すように、少し離れたところで椅子の金具ががちゃりと鳴る。


「……エドガー。ダリウスの件だがよ」


 折り畳み椅子を組み立てながら、オットーがぽつりと言った。


「……そうですね」


 腰を下ろしたエドガーは、膝の上に乗せた魔導書の表紙を、布で静かに磨いていた。目は本から離さないまま、低い声を返す。


「ボス部屋も近いですし。そろそろ結論を出しましょうか」


 どちらも、何日ぶりかに相手へ向けた正面の言葉だった。

 だが、そこに温度はほとんどない。声だけが淡々と転がり、二人の間に冷えた空気が広がっていく。


 ダリウスは、そのわずかな変化に眉をひそめた。


(……嫌な空気だな)


 ちらりと二人を見やり、すぐに判断を下す。


「ミラ。結界を頼む」


 声色は穏やかだが、その裏に「この話がここから先の連携に関わる」という直感だった。


「うん」


 ミラは立ち上がり、首元のネックレスにそっと手を添えた。瞼を閉じ、短く息を吸う。


「——女神よ、御手にて視線を覆い給え。《見えざる聖幕》」


 囁きとともに、空気の層が一枚増えたような感覚が辺りを包み込む。

 外のざわめきが一段遠のき、一行の周囲だけが、ぽっかりと切り離された小さな部屋になった。


 焚き火のぱちぱちという音が、結界の内側でやけに大きく響いていた。


 オットーは椅子に腰を下ろしたまま、しばし黙っていたが——やがて、低い声で口を開いた。


「エドガー……四十回だ」


 その声音には、いつもの飄々とした調子は欠片もない。


「この数字の意味、わかるよな?」


 向かい側で魔導書を磨いていたエドガーの指が、ぴたりと止まった。

 彼は本から視線を外さず、斜め下を見るまま、ゆっくりと息を吐く。


「……ええ。ダリウスが“超集中”に入った回数ですね」


 乾いた声で答え、ページの端を指で挟んだ。


「失敗回数は六回。その数字の意味も、分かりますよね?」


 そこだけ、わずかに冷気を帯びていた。


「失敗してたのは最初の方だ。問題ないだろ」


 オットーの声が、少しだけ強くなる。

 握りしめた拳が、膝の上で音もなく震えていた。


「いえ」


 エドガーはきっぱりと言った。瞳はまだ、本のあたりから動かない。


「二十六階層でも、一度失敗しています」


 刺すような指摘だった。

 オットーは舌打ちしたくなる衝動を、ぐっと飲み込む。


「多少不安定でも取り入れるべきだろうが」


 言いながら、胸の前で大げさに両手を広げる。

 それはいつもの冗談めかしたジェスチャーのはずだったが、今はただ、苛立ちの形をしていた。


「俺の盾は万能じゃない。常にお前らを守れるとは限らない」


「……私の魔法、そんなに火力に問題がありますか?」


 エドガーの声は氷のように冷えていた。しかし、その奥には確かな自負がある。


「この国、いえ——この世界でも五本の指に入りますよ」


 それは客観的事実であり、同時に自分を支える最後の砦でもあった。


「それは、そうだ。お前の力は認めてる」


 オットーは一度目を閉じ、言葉を選ぶように続けた。


「ただ、攻撃のバリエーションの話だ……」


 息を吸う。そのまま引けばよかった。頭ではわかっていたはずなのに、口が勝手に動いてしまう。


「お前はもう、昔と違う。連続して魔法は使えない」


 その一言で、エドガーの肩がぴくりと跳ねた。


「……昔と違う?」


 静かに繰り返す声に、にわかに重みが宿る。

 オットーは顔色ひとつ変えないまま、内心で「やっちまった」と頭を抱えていた。


 エドガーは早口になりかけたのを一度こらえ、それでも抑えきれずに言葉を畳みかける。


「確かに詠唱は遅いです。連続で撃てません」


 自分で自分の弱点をなぞりながら、その目は一切逸らさない。


「ただ、威力も精度も、安定性も変わらない。一番安全マージンを取れる戦いは——今まで通り、私がとどめを刺すことです」


 最後の一文は、ほとんど自分に言い聞かせるように口にした。

 そこで止めておけば、まだ傷は浅かったのかもしれない。


「あなたは——」


 気づけば、その先の言葉が滑り出ていた。


「私が詠唱を終わるまで、耐えるだけでいいですよ!」


 ピシャリと叩きつけるような響き。

 言った瞬間、エドガー自身の顔に「しまった」という色が浮かぶ。


「おい!」


 オットーが、とうとう声を荒げた。椅子がぎしりと軋む。


「どういう意味だ? 傷つくのは前衛だぞ——」


 空気が一気に険悪なものへと変わる、その手前。


「ストップ」


 ぴたりと、声が落ちた。


 ダリウスだった。ミラの肩をぐっと抱き寄せ、真顔のまま二人を見据えている。


 ミラは、ダリウスの胸元で小さく震えていた。

 声をあげることなく、喉の奥で押し殺したすすり泣きだけが、かすかに伝わってくる。


 その泣き声に、オットーとエドガーはようやく自分たちがどれだけ熱くなっていたかを自覚した。

 どちらも、悔しさと気まずさを噛み潰すように沈黙する。


「……すまん、ミラ」


 先に頭を下げたのはオットーだった。

 さっきまでの怒声が嘘のように、肩を落とし、しょんぼりと。


「ミラ……大丈夫なんです」


 エドガーも、言葉を探りながら口を開く。視線を彷徨わせ、やがてミラの方へ向けた。


「私たちは……ただ——」


 その先の言葉は、喉で絡まったまま形にならない。


 焚き火が、小さくはぜた。

 四人を包む結界の内側で、その音だけがしばらく続いた。

 しばしの沈黙のあと、ダリウスがわざとらしく手を叩いた。

 さっきまでの張りつめた空気を、少しでもほぐそうとするように。


「——二人とも、“一分三十秒”。この数字の意味、わかるか?」


 穏やかな笑顔を浮かべたまま、しかし瞳だけは真っ直ぐに二人を射抜いている。


「なんだ?」


 オットーが頭をかきながら眉をひそめる。

 エドガーは顎に手を添え、少し考えてから口を開いた。


「……“超集中”の限界時間ですか?」


「正解だ」


 ダリウスはにやりと笑い、それから表情を引き締める。


「二人の意見は、どっちもよくわかる。

 オットーの言う通り、エドガーに依存しすぎるのは危険だ。

 エドガーの言う通り、不安定な力を戦術の柱にするのも危ない」


 焚き火の火がぱち、と弾けて、小さな火の粉が上がる。


「だから——三十秒に制限する」


 ダリウスの声は、今度こそリーダーとしてのそれだった。


「一つの戦闘で、二回まで。

 なおかつ、“オットーがシールドを前線まで上げられる時だけ”使う。

 万が一、俺がへばった時は、そのままシールドに退避する。それを前提にする」


 誰かの正しさを選ぶのではなく、自分の身体ごと条件に組み込んでしまう提案だった。


 言い終えると、ダリウスはわざと肩の力を抜き、また柔らかな笑みを浮かべる。


「……俺からの提案はここまでだ。何か問題がありそうなら、今のうちに言ってくれ」


 オットーはしばらく無言でダリウスを見ていたが、やがて大きく息を吐き、頭の後ろで手を組んだ。


「……俺は文句ねぇぜ、リーダー」


 それは、“信じた”という合図でもあった。


 エドガーは膝の上の魔導書を開き直し、ページの端をそっと撫でる。


「……あなたがそう決断したなら、何も問題ありません」


 理屈よりも先に、長年の信頼が口を動かしていた。


「よし」


 ダリウスは親指で背後の森を指し示した。


「じゃあ——休憩が終わったら、“あいつ”で試してみようか」


 指さした先。


 少し離れた木々の間を、棍棒を担いだトロールが一体、のそのそと歩いていた。

 あくびをしながら、今日という日が自分の実験台になることなど、これっぽっちも知らない顔で。



 十分ほど息を整えたあとだった。


「——行くぞ」


 ダリウスが小さく合図を送る。

 ミラの張った《見えざる聖幕》の内側から、彼は弾かれた矢のように飛び出した。


 踏み込み一歩で、地面を蹴る。

 森の空気が一気に肌を裂くように後ろへ流れ、視界の端で巨木と岩が線になっていく。


 前方では、棍棒を肩に担いだトロールが、まだのんきにあくびをしていた。


(——今だ)


 ダリウスは地を蹴り、そのまま跳躍。

 トロールの背中めがけて、剣を振り下ろす。


「——《スラッシュ》!」


 鈍い手応え。

 分厚い皮膚と筋肉を裂き、白い背中に、斜め一文字の赤い線が走った。


「ばぉおおおおおお!!」


 トロールは、悲鳴なのか怒号なのか判別不能な声を上げ、巨体をのたうたせる。

 何が起こったのか理解できていないのか、痛みから逃れるように、ただただ本能のまま地面を転げ回った。


 大地が揺れた。


 トロールの棍棒が地を叩き、巨体が木々にぶつかるたび、林の中で爆発のような音が連続する。

 太い枝がへし折れ、岩肌が砕け、その破片が大砲の弾のように四方へ飛び散った。


 ダリウスは背中側へと転がり、予定通り、オットーの掲げる盾の裏に滑り込む。


「任せろ——《シールドバッシュ》!!」


 オットーが咆哮と共に盾を前に突き出した瞬間、横殴りの巨体が正面からぶつかった。

 光の障壁が派手な火花を散らし、衝撃が腕から肩、背骨にまで響く。


「……っ、ダリウス、ちょっと予想外だぞ、これ!」


 盾越しに伝わる圧に、オットーが顔をしかめる。

 シールドはかろうじて持ち堪えたが、その足元の土は、ずるりと数歩分、後ろに抉れていた。


「暴れすぎだろ、あいつ!」


(……“耐えるだけでいい”なんて、軽く言いやがって……)


 ダリウスも思わず叫ぶ。

 トロールは痛みと混乱で理性を飛ばしたのか、もはや敵を狙うという発想すら捨て、転がりながら周囲の木と岩を片っ端から巻き込んでいた。


 巨木に叩きつけられた胴体が、そのまま反動で跳ね返り、別の岩を砕く。

 飛び散った岩片と折れた枝が、空中をびゅんびゅんと舞い、あたり一帯が破片の嵐と化した。


(このままじゃ——)


 ダリウスは歯噛みし、叫ぶ。


「シールドごと後衛まで下げるぞ! エドガーとミラが危ない!」


 オットーが頷き、盾を押し返しながらじりじりと後退を始める。

 その瞬間、ダリウスは背後へと視線を向け——そして、息を呑んだ。


「……っ!」


 ミラの前に、血の花が大きく咲いていた。


 ミラを庇うように立っていたエドガーの右腕は、不自然な方向に折れ曲がっている。

 その腹部には——人の腕ほどもある太い木の枝が、前から後ろへ貫通していた。


 赤黒い血が、枝を伝って滴り落ちている。


 エドガーの口元からも、どろりと血がこぼれた。

 ミラは返り血を浴びたまま、喉から、裂けるような叫びが飛び出した。


「エドガーーー!!!」


 返り血に染まったローブがばさりと揺れる。

 目の前で、エドガーの身体を貫く木の枝。

 そのあり得ない光景が、現実だと理解できない。


 だが、その張本人であるエドガーは——


「ルクス……フェル……」


 真っ青な顔で、なおも魔導書に視線を落としていた。

 震える指先でページを押さえ、血で滲みかけた文字を、ひとつひとつ追いかける。


 口元から、鮮血が「ゴボッ」と音を立ててあふれる。

 呼吸はうまくできていない。肺に血が入り、ひゅうひゅうと苦しげな音を立てている。


(私が……このパーティの、鉾だ……)


 意識が霞んでいく中で、エドガーはそう言い聞かせるように自分に言葉を刻む。


(鉾は、決して……折れてはいけない……)


 ミラの視界が、ぐらぐらと揺れた。


「エドガー!! 私のせいで!!」


 足が勝手に動く。

 理性が追いつく前に、エドガーのもとへ飛び込んでいた。


「すぐに治療する!!! この木抜くから!!」


 ミラは両手で、エドガーの腹を貫いている太い枝を掴む。

 人の腕どころか、ミラの腰回りほどもある太さだ。

 全身の力を込めて引き抜こうとする——


「っ……!」


 枝は、びくともしない。

 代わりに、エドガーの腹部に激痛が走り、彼の体が大きく震えた。

 口からまた血が溢れ、喉の奥で泡立つ。


「ゴホッ……あ、あぁ……っ」


「エドガー! ごめんっ——!」


 ミラの目に、涙がぶわっと浮かぶ。

 その手を、エドガーは折れたはずの腕で、力任せに払った。


「邪魔を……するな!!」


 血のにじんだ目が、ミラを睨み据える。

 弱々しいはずの声なのに、その一言は鋭く突き刺さった。


「で、でも!!!!」


 ミラの抗弁を遮るように、魔導書の文字が淡く光を帯び始める。


「オプス……ッ…………ケイオス——」


 詠唱のフレーズが、途切れ途切れに森の空気へ溶けていく。

 血に濡れた唇が震え、それでも文字通り命を削りながら言葉を紡いでいた。


 その間にも、前線では——


「下がれ! もっと下がれ!!」


 ダリウスとオットーが、光る盾を前面に押し出したまま、後方へとじわじわ後退してくる。

 《シールドバッシュ》の光壁に、転がり続けるトロールが何度もぶち当たり、そのたびに爆音と共に木片と岩が雨のように降り注いだ。


 枝が、岩が、弾丸のような速度で飛び交い、辺り一面が破片の嵐になる。


「エドガー!! 一旦治療だ!!」


 ダリウスが叫ぶ。

 その声には命令ではなく、ほとんど懇願に近い響きが混じっていた。


 だが、エドガーは顔を上げない。

 視線をオットーへ向けようとしても、焦点が合わず、わずかに彷徨う。


「オットー……あなたの、シールド……信用してます……ゴボッ……」


 再び、血が喉からこぼれる。

 それでも、彼は続けた。


「私の……詠唱が終わるまで……耐えてください……」


 オットーは、盾越しに振り返りざま怒鳴る。


「馬鹿野郎!!! 詠唱を止めろ!! 死ぬぞお前!!」


 その瞬間も、トロールは森を破壊しながら転がり続けていた。

 木片や岩が、嵐のように降り注ぎ、光のシールドに当たっては砕け散り、地面を抉る。


「ミラ!! エドガーを眠らせろ!!」


 ダリウスの声が飛ぶ。

 判断は早かった。これ以上詠唱を続ければ、本当に取り返しがつかない。


 しかし——


「やめてくだい……!」


 エドガーが、ダリウスを鋭く睨みつける。

 青ざめた顔に、なおも執念のような光が宿っている。


「パーティが……崩壊する……」


 その言葉に、ミラの心臓がぎゅっと掴まれたようになった。


(崩壊……? そんなの、させない……!)


 ミラは迷わなかった。


 握りしめたネックレスに祈りを込める。


「女神の腕よ、この身をやさしい夢で抱きしめて——」


 泣きそうな声を、なんとか祈りの響きに変えて。


「《夢封のしずく》!」


 柔らかな光が、エドガーの身体を包み込む。

 張り詰めていた彼の肩から、すっと力が抜けていった。


「ダリウスッ……」


 最後にかすれた声で名前を呼び——

 エドガーの意識は、深い眠りへと落ちていった。


 ダリウスは深く息を吸い、あえて声を落ち着かせた。


「オットー、このままシールド保つか?」


 オットーの額には、玉の汗がにじんでいる。

 シールドにぶつかるたび、トロールの質量が腕から背骨までを揺らしていた。


「ちょっと厳しい……あの大木の裏に避難しよう」


 歯を食いしばりながら、オットーはじりじりとシールドごと後退していく。

 やがて、森の中でもひときわ太い一本の大木の影にすべり込んだ。


 木の幹に守られた狭いスペースに、エドガーが横たえられている。

 腹を貫いていた太い枝は、まだそこに突き刺さったままだ。

 血は幹と地面を濡らし、暗い色でべったりと広がっている。


「いいか、ミラ」


 ダリウスは振り返り、真剣な表情でミラを見つめた。


「一気に抜く。その瞬間に、タイミングを合わせて加護をかけてくれ!」


 ミラは、ぎゅっと唇を噛んだ。

 震えそうになる膝を意識で押さえつけるように、強く立ち尽くす。


「……わかったわ!」


 瞳の奥に、覚悟の光が宿る。


 ダリウスとオットーが、枝に両手をかけた。

 血と樹液でぬめる感触が、掌に冷たくまとわりつく。


「いくぞ」


「あぁ」


 二人は息を合わせた。


「——いち、にい、さん!」


「っ……!」


 次の瞬間、枝が肉を裂き、ずるりと抜けた。

 同時に、エドガーの腹部から鮮血が噴き上がる。

 温かい赤が、二人の手と服を容赦なく染め上げた。


「ミラ!!」


 ダリウスの呼びかけと同時に——


 ミラはネックレスを強く握りしめ、喉の奥から祈りを搾り出した。


「暖かき女神の息吹よ──」


 震えていた声が、途中からふっと澄んだ響きに変わる。


「肉体を再び編み直せ——《神光再命》!!」


 眩い光が、エドガーの全身を包み込んだ。

 裂けた腹部の肉が、内側から編み直されるように閉じていく。

 骨のきしむ音が、逆再生のように収まり、折れていた腕がまっすぐな形を取り戻していく。


 血の海だったはずの腹が、みるみるうちに滑らかな皮膚へと変わった。

 蒼白だった顔に、少しずつ色が戻っていく。


 ミラの肩が大きく上下し、次の瞬間、ふらりと身体が傾いた。


「ミラ!」


 ダリウスが素早くその身体を支える。

 膝から力が抜け、ミラは地面に崩れ落ちるように座り込んだ。


「ミラ! 大丈夫か!?」


 肩を抱き起こされながら、ミラはかすかに首を縦に振る。


「……うん」


 声はか細いが、その目にはまだ光が残っていた。


 安堵の息をつく間もなく——


 大木の幹から、ゆっくりと“影”が覗き込んだ。


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