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塔の頂きへ  作者: けんぽう。


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第15話 光と怒り


 エドガーが「まだ息が——」と言い終わるより早く、


 ズルリ……!


 倒れていたはずのオーガの指が動いた。


 巨体が揺れ、血を吐きながら立ち上がる。

 目の奥の真紅だけが、生き物の執念のように燃えていた。


 そして——


 斧を振りかぶった。

 狙いはダリウス。


「——ッ!」


 ダリウスが気づいたのは刃が振り下ろされる瞬間だった。


「くそぉッ!!」


 オットーが叫びながらダリウスを突き飛ばした。


 次の刹那、視界に飛んできたのは、飛沫と——


 オットーの右足だった。


 肉片が空中に散り、洞窟の地面に転がる。


「オットー!!」


 ダリウスが叫び、駆け寄る。

 オットーは崩れ落ちるように片膝をつき——


 それでも、

 残ったすべての力を絞り出して前へ盾を突き出した。


「シィ……ィィィ……ールドバッシュ!!」


 光をまとった巨大な盾がオーガの斧撃を受け止める。

 火花のような魔力が散り、

 オーガの打撃が盾を削り続ける。


 ズシン、ズシン、ズシン……!


 オットーは顔面蒼白。

 足元には黒い血溜まりがじわりと広がっていった。



 ダリウスは即座に自分の服を引き裂き、オットーの断面に巻き付ける。


「馬鹿野郎! 喋るな!

 今すぐ止血する! 動くな!!」


 手が震えていた。


 止血の帯がみるみる赤く染まる。

 オットーは歯を食いしばり、嗄れた声で笑おうとした。


「あぁ……頼む……ぜ……」


 その顔は紙のように青白い。


 ダリウスは必死に叫ぶ。


「奴も瀕死だ……!

 おそらく最後の攻撃……!

 耐え切るだけで勝てる……!」


 オットーは気絶寸前の顔で、それでも笑った。


「我慢比べか……

 楽勝だ……酒を……我慢する方が……ずっと辛ぇ……」


 ダリウスも涙を堪えるように笑った。


「あぁ、その通りだ……

 絶対に……一緒に生きて帰るぞ……!」



 一方。


 エドガーは魔導書を乱暴にめくり、わずかでも残った魔力を絞ろうとする。


「ぐっ……! ……あと一押し……!

 ミラ! ランプを、魔導書の近くへ!!

 急いで!!」


 ——しかし。


「……ミラ?」


 ミラがいたはずの位置に、誰もいなかった。


 エドガーが目線を上げた瞬間、

 視界の端を駆け抜ける金髪が見えた。


 ランプなど持たずに。


 ミラは——

 全力でダリウスとオットーへ走っていた。


「オットーーーッ!!!」


 ミラが金色の残光を引きながら、一直線に駆け込む。


「ミラ!! くるな!!!」


 ダリウスの怒号も、

 オーガの咆哮も、

 石床を砕く衝撃音さえも——


 今のミラには、何ひとつ届いていなかった。


 ただ、倒れかけのオットーだけが、

 視界のすべてだった。


 ミラは胸元のネックレスを握りしめ、

 足元を滑らせるように膝をつき、

 そのまま叫ぶように詠唱した。


「暖かき女神の息吹よ──

 肉体を再び編み直せ――《神光再命》!!」


 光が弾けた。


 白金色の奔流がオットーの断面に流れ込み、

 肉が盛り上がり、骨が伸び、血管が形を取り、

 皮膚が一気に覆い尽くす。


 瞬間再生。


 真っ青だった顔に血色が戻り、

 オットーは大きく息を吸い込んだ。


「っ……!!」


 力が戻るのを感じた次の瞬間、

 ミラはぷつりと糸が切れたように倒れ込む。


「ミラ!!」


 ダリウスが抱きとめ、必死に呼びかける。

 ミラは失神しているだけ——

 だがその小さな身体はひどく軽く、儚かった。

 まるで、何か大事なものを一気に燃やし尽くしたあとのように。


 そんな二人の前で、


 ゆっくりと、ゆっくりと——


 オットーが立ち上がる。


 足場を踏みしめるたびに、地面がミシリと鳴った。


「……なんだかわからねぇがよ」


 その声は低く、震えていた。


 怒りで。


「てめぇ……」


 オットーのシールドが白く光り始める。


 怒りで。


「……よくも……!」


 光はさらに強まり、眩く、熱を帯び——


 とんでもない輝きへと膨れ上がった。


 怒りで。


「さっきは……よくもやってくれたなぁぁぁぁ!!」


 オットーが咆哮した。


「シールドバッシュ全開!!!」


 轟音とともに光の奔流が放たれる。

 オーガの巨体が吹き飛び、

 壁へ叩きつけられた瞬間——


「うおおおおおおおおおッ!!」


 オットーが怒涛の勢いで突撃する。

 シールドはさらに厚みを増し、重く、鈍く、残酷な音を立てて——


 オーガを壁に押しつぶし始めた。


 ミシミシ……バキバキッ……!


 骨が砕け、肉が潰れ、

 悲鳴らしき音も、もう聞こえない。


 最後は、

 石壁とシールドの間で、ただの肉塊に変わり果てた。


 静寂。


 息遣いだけが響く広間の中、

 オットーは肩で呼吸しながら、ゆっくりとシールドを下ろした。


 その直後——


 ゴウン……!


 低い音とともに、

 次の階層への巨大な扉が開く。


 誰も言葉を発せないまま、

 ただひとつ、事実だけがそこにあった。


 ——生き延びた。


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