第15話 光と怒り
エドガーが「まだ息が——」と言い終わるより早く、
ズルリ……!
倒れていたはずのオーガの指が動いた。
巨体が揺れ、血を吐きながら立ち上がる。
目の奥の真紅だけが、生き物の執念のように燃えていた。
そして——
斧を振りかぶった。
狙いはダリウス。
「——ッ!」
ダリウスが気づいたのは刃が振り下ろされる瞬間だった。
「くそぉッ!!」
オットーが叫びながらダリウスを突き飛ばした。
次の刹那、視界に飛んできたのは、飛沫と——
オットーの右足だった。
肉片が空中に散り、洞窟の地面に転がる。
「オットー!!」
ダリウスが叫び、駆け寄る。
オットーは崩れ落ちるように片膝をつき——
それでも、
残ったすべての力を絞り出して前へ盾を突き出した。
「シィ……ィィィ……ールドバッシュ!!」
光をまとった巨大な盾がオーガの斧撃を受け止める。
火花のような魔力が散り、
オーガの打撃が盾を削り続ける。
ズシン、ズシン、ズシン……!
オットーは顔面蒼白。
足元には黒い血溜まりがじわりと広がっていった。
*
ダリウスは即座に自分の服を引き裂き、オットーの断面に巻き付ける。
「馬鹿野郎! 喋るな!
今すぐ止血する! 動くな!!」
手が震えていた。
止血の帯がみるみる赤く染まる。
オットーは歯を食いしばり、嗄れた声で笑おうとした。
「あぁ……頼む……ぜ……」
その顔は紙のように青白い。
ダリウスは必死に叫ぶ。
「奴も瀕死だ……!
おそらく最後の攻撃……!
耐え切るだけで勝てる……!」
オットーは気絶寸前の顔で、それでも笑った。
「我慢比べか……
楽勝だ……酒を……我慢する方が……ずっと辛ぇ……」
ダリウスも涙を堪えるように笑った。
「あぁ、その通りだ……
絶対に……一緒に生きて帰るぞ……!」
*
一方。
エドガーは魔導書を乱暴にめくり、わずかでも残った魔力を絞ろうとする。
「ぐっ……! ……あと一押し……!
ミラ! ランプを、魔導書の近くへ!!
急いで!!」
——しかし。
「……ミラ?」
ミラがいたはずの位置に、誰もいなかった。
エドガーが目線を上げた瞬間、
視界の端を駆け抜ける金髪が見えた。
ランプなど持たずに。
ミラは——
全力でダリウスとオットーへ走っていた。
「オットーーーッ!!!」
ミラが金色の残光を引きながら、一直線に駆け込む。
「ミラ!! くるな!!!」
ダリウスの怒号も、
オーガの咆哮も、
石床を砕く衝撃音さえも——
今のミラには、何ひとつ届いていなかった。
ただ、倒れかけのオットーだけが、
視界のすべてだった。
ミラは胸元のネックレスを握りしめ、
足元を滑らせるように膝をつき、
そのまま叫ぶように詠唱した。
「暖かき女神の息吹よ──
肉体を再び編み直せ――《神光再命》!!」
光が弾けた。
白金色の奔流がオットーの断面に流れ込み、
肉が盛り上がり、骨が伸び、血管が形を取り、
皮膚が一気に覆い尽くす。
瞬間再生。
真っ青だった顔に血色が戻り、
オットーは大きく息を吸い込んだ。
「っ……!!」
力が戻るのを感じた次の瞬間、
ミラはぷつりと糸が切れたように倒れ込む。
「ミラ!!」
ダリウスが抱きとめ、必死に呼びかける。
ミラは失神しているだけ——
だがその小さな身体はひどく軽く、儚かった。
まるで、何か大事なものを一気に燃やし尽くしたあとのように。
そんな二人の前で、
ゆっくりと、ゆっくりと——
オットーが立ち上がる。
足場を踏みしめるたびに、地面がミシリと鳴った。
「……なんだかわからねぇがよ」
その声は低く、震えていた。
怒りで。
「てめぇ……」
オットーのシールドが白く光り始める。
怒りで。
「……よくも……!」
光はさらに強まり、眩く、熱を帯び——
とんでもない輝きへと膨れ上がった。
怒りで。
「さっきは……よくもやってくれたなぁぁぁぁ!!」
オットーが咆哮した。
「シールドバッシュ全開!!!」
轟音とともに光の奔流が放たれる。
オーガの巨体が吹き飛び、
壁へ叩きつけられた瞬間——
「うおおおおおおおおおッ!!」
オットーが怒涛の勢いで突撃する。
シールドはさらに厚みを増し、重く、鈍く、残酷な音を立てて——
オーガを壁に押しつぶし始めた。
ミシミシ……バキバキッ……!
骨が砕け、肉が潰れ、
悲鳴らしき音も、もう聞こえない。
最後は、
石壁とシールドの間で、ただの肉塊に変わり果てた。
静寂。
息遣いだけが響く広間の中、
オットーは肩で呼吸しながら、ゆっくりとシールドを下ろした。
その直後——
ゴウン……!
低い音とともに、
次の階層への巨大な扉が開く。
誰も言葉を発せないまま、
ただひとつ、事実だけがそこにあった。
——生き延びた。




