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さよならリンドウ

作者: 祁答院 刻

便箋を取り出し、ろくでもないことを考える。

リンゴ、ゴリラ、ラッパ、パセリのしりとりで、馴染のないパセリがでてくるのは何故か、なんて。

そして、じゅうぶん気が満たされると、ゆっくりとペンを執った。

これで、すべてが終わる。

「また明日」


「じゃあねー」


下校時間を迎えた小学校は、児童たちの笑い声で賑々しい。

それなのに、階段の踊り場の姿見にうつった私は、案の定、悲しそうだった。

いつもそうだ。

私の表情はくらい。

蝋人形、あるいは点かない豆電球のように、うつろだ。

別に―悲しいことも、辛いこともないのに。


「ちほちゃんて、いつも悲しそうな顔してるね」


「保健室行く?長谷川さん」


クラスメイトから浴びせられる定番のセリフに私は悶える。

―全くもって、悲しくないからだ。

でも、クラスメイトたちの気遣いをないがしろにするのは心なく、私は、“ほんとうに悲しい子”を自作自演していた。

そんな馬鹿馬鹿しいことをしていたからだろう。

ある日、悲劇は起こった。


「悲しんでいるあなたを愛する」


クラスメイトのひとりに、そう言われてしまったのだ。

本当は、つゆほども悲しくないのにだ。

黒髪の美しいその子は、私に、リンドウと呼んで欲しいと注文付けた。

リンドウの言葉をききながら、私は決意を固めた。

―ほんとうは悲しくない、と正直に打ち明けようと。

しかしその日はタイミングが悪く言えず、まだ時期尚早なんだと自分自身に弁解した。


あの日の自分に会えるなら、私は忠告する。


打ち明けるなら、早いほうがいい。

引きずっても、ろくなことがない、と。

「私は、悲しそうなあなたが好きだけど、気になるんだ。何が、そんなに悲しい?」


リンドウがそう訊いてきた日は梅雨で、日暮らし、雨が降っていた。


「何が、って…」


言葉を濁す私に、リンドウは言った。


「いや、あなたがいつも悲しそうなのには、何か理由があるのではないかと思って」


私は、毒気を抜かれた。

そして、困惑した。

―理由も何も、悲しくないのだ。

私は、半ば衝動的に、嘘をついた。


「仲の良かった子に裏切られて、いじめられた」


リンドウは、憐憫の眼差しを向けると、おもむろに口を開いた。


「大切だった存在が敵にまわったのか…弟も、いっしょだよ」


「え?」


「弟はね、好きだったこんにゃくゼリーで窒息死した」


それは辛かったでしょ?と同情するが、リンドウは顔色一つ変えずに、淡々と言った。


「そっくりだ。弟と、あなた」


私は、首を縦にも横にも振れず、ただ間の抜けた返事をした。

リンドウは他のクラスメイトから、カンザキさんと呼ばれていた。

でも、私は徹底してリンドウと呼んだ。

リンドウも私を本名で呼ばなかった。

私にも何かあだ名を付けてよ、と言うとリンドウは子細顔でこたえた。


「あだ名なら…ミツキにしよう」


「ミツキ?」


「私の弟のなまえ」


「なんで?」


「大好きだったんだ、弟」


「そう、なんだ」


リンドウは伏し目がちにうなずくと、今は亡き弟との思い出を滔々と語りだした。

弟が叱られると必ず自分がかばったこと、ケンカしても一分で仲直りできたこと、そして、弟が生まれた時のこと…。

彼女の説明は、とてもドラマチックで、まるでその場を見ているのかと錯覚させるほどに臨場感があった。


「結局、あだ名はミツキで良い?」


リンドウが思い出したように尋ねた。


「うん、いいよ」


「良かった。あなたたちは似た者同士だから、丁度よいと思ったんだ」


リンドウは不器用にウインクをし、それから、と付け加える。


「これから、あなたには、ミツキ…弟の代わりになってもらうから」


私の、心もとなげな うなずきを合図に、壮大な姉弟ごっこは幕を開けた。

「おはよう、ミツキ!」


「うあっ!なにっ!」


学校に着いた私は、文字通り、腰を抜かした。

リンドウに抱きつかれたからだ。

唖然とする私に、リンドウは不敵の笑みを浮かべて言った。


「いままで、さみしい思いさせて悪かった。これからは、毎日お姉ちゃんにあえるよ」


児童の目線が私達二人に一極集中する中、リンドウは私に再度ハグした。

そして、


「給食のプリン、はんぶんあげる」


と満面の笑みで言い放った。


「困るよ」


言うと、リンドウは、


「ごめん、長谷川」


そう言って、逃げるように駆けていった。

駆けていった、はずなのに…

給食の時間、


「プリン、やっぱり全部あげる!」


そう言って隣に座ってきたのだ。

今日は自由席でーす、と能天気に言った担任が恨めしい。

そのまま、こうべを垂れていると、


「ミツキ、遠慮するなって。食べて食べて」


リンドウはそう言って、私の口にプリンを突っ込んだ。

スプーンが歯にあたり、不愉快な不協和音が口内で奏でられる。


美味しい美味しいプリンだけれど、なぜか、このときばかりは無味だった。

「おねえちゃん、文具屋にいきたいよう」


「よし、ミツキがそう言うなら行こう!」


私は、完全完璧な“ミツキ”として、リンドウ“おねえちゃん”と文具屋に行った。

今日は終業式で早帰りだったから、時間はゆうにあるのだ。


「ミツキ、なにか欲しい?」


リンドウが尋ねる。

私は、待ってましたと言わんばかりに口を開く。


「便箋!便箋がほしい!」


「便箋か。分かった!」


今のところ、()()は、順風満帆に進んでいる。

リンドウがレジに向かうのを見送って、私は自問自答した。


―ほんとうにこれでいいの?


―いい。覚悟はできてるよ。


―ちょっと、いきなりすぎない?


―だって、こうするしか、ないんだもん!


「どうぞ」


リンドウから手渡されたのは、花々のあしらわれた便箋。


「ありがと!また明日ね!」


鼓動の早まりを感じながら、私は帰路についた。

便箋を取り出し、ろくでもないことを考える。

リンゴ、ゴリラ、ラッパ、パセリのしりとりで、馴染のないパセリがでてくるのは何故か、なんて。

そして、じゅうぶん気が満たされると、ゆっくりとペンを執った。

これで、すべてが終わる。


『神ざきひとみ 様


白じょうします。

わたしは、もとから、悲しくなんてなかった。

顔だけ、悲しそうなんです。

すべて、えんぎでした。

ミツキくんとわたしは、ほんの少しもにてません。


長谷川ちほ』


隅にカンナの花の絵を描いて、私はリンドウ―神埼さんの家のポストに投函した。

カランという乾いた音でポストが閉まると、

“顔だけ悲しそう”な私は、不意に、悲しくなった。


7月19日のことだ。

リンドウ

花言葉:悲しんでいるあなたを愛する


カンナ

花言葉:情熱、妄想、永遠

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