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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

鬱くしい物語

冷たきエルヴィーラは炎をまとう

掲載日:2023/08/21

 

 その女は、炎をまとっていた。


 燃え盛る炎。深紅の色。


 己を焼き焦がすそれをまといながら、女はひたすら踊る。狂ったように。真っ白な素足で。


 ――愛しい人! これがわたしの愛! どうか最後まで見届けて!


 唇が動いて、もの悲しくも美しい歌声があたりを満たす。


 誰もがただ、炎をまとって踊る女を見守り続ける。


 ため息を、あるいは、すすり泣きをもらしながら。


 やがて女は倒れ、駆け付けた恋人が彼女の体を抱き、慟哭(どうこく)する。


 ――ああ! なぜこんなことになってしまったんだ!


 舞台はそこで幕を閉じる。


 そして再び幕が開き――炎に見立てた布をまとった女を中心に、劇団員たちが一列に並んで頭を下げる。


 万雷の拍手。


 主人公を演じた女の足元に投げられるいくつもの薔薇。


 女は笑顔でその薔薇の一つを拾い、花びらにそっと口づける。




 それは、その舞台は、十二になったばかりのわたしの脳裏に、強烈に焼きついた。




 愛する人に疑われ、死ぬことで愛を証明しようとした女と、彼女が死んでようやく喪ったものの大きさを知った男の、愚かな物語。


 美しい。ただそう思った。


 愛のために死にゆく女が。


 何を(うしな)ったか知って嘆く男の姿が。


 あれは、そう。本当に美しかった。


 陰鬱でありながら美しい。




 鬱くしい、物語。




     ◆◆◆◆




 わたしは公爵家の長女として生まれた。


 血筋を遡れば直系の王族に繋がる、由緒正しき家柄の姫君。


 そんなわたしが王太子の婚約者に選ばれたのは、結婚の意味すら知らない六歳のとき。


 はじめて王城に上がって、三つ年上の王太子殿下に謁見して――なぜこの娘は男の子の格好をしているのだろう、と思ってしまった。


 当時の王太子殿下は黒髪を肩のあたりで切りそろえていて、まるで天使のような美しさ、神々しさで、とても男の子には見えなかったのだ。


 お付きの者の紹介にされて、ようやく自分がとんでもない勘違いをしていたことにいたこと気づいた。


 余計なことを言わなくてよかった、とも。


 もしあの場で思ったことを口にしていようものなら、母からひどい折檻(せっかん)を受けていただろうから。




 母は三人いる兄妹の中で一番わたしに厳しかった。




 王太子妃にふさわしい人間に育てようと必死だったのだろう。


 頻繁に鞭で両手をぶったり、暗い部屋にお仕置きとして閉じ込めたり、礼儀作法を間違えたことを理由に食事を抜きにすることもあった。


 わたしの頭が取り立てて悪かったとか、不器用だったとか、そんなことはないと思う。


 現に、家庭教師はわたしのことをよく褒めてくれたり、母があまりにもひどいお仕置きをしているときなど、間に割って入ってくれた。


 ――そういったまともな家庭教師ほど早くに解雇されてしまうので、やがてわたしがどんな目にあっていようと止める人はいなくなってしまったのだけれど。


 父親は?


 わたしに関することはすべて母に任せっきりだった。


 優しい言葉をかけてもらった記憶はない。きちんと勉強しなさい、公爵家の人間に、王太子妃にふさわしい人間になりなさいとは言われた。


 けれども、ほめられたり、普段の努力を評価されたことはついぞなかった。




 あの人たちにとって、わたしは道具に過ぎなかったのだ。




 権力を手にするための道具。


 素直で従順で、目的を叶えるためなら何をしても許される道具。


 声を出して笑えば「はしたない!」と注意された。


 妹たちと庭に出ようとしたら、「あなたにはやることがあるでしょう!」と連れ戻された。


 自由などなかった。しょせん、両親の道具なのだから。


 楽しいことなど一つもなくて、色々なことを我慢したり、あきらめたりしているうちに、気がつくとわたしは笑えなくなっていた。




 けれど、あの人は言ってくれたのだ。




「君はまるで雪の精だね。この世の者とは思えない美しさだ。その白銀の髪も透き通るアイスブルーも」


 優しく微笑みながら。相変わらず、作り笑いさえまともにできないわたしに。


「君のように綺麗な人がぼくと一緒になってくれるなんて、嬉しいよ。大切にするって、約束する」


 その目が穏やかに、慈しむように細められたとき。


 その瞳の奥にほんのわずかな闇と悲しみを見出してしまったとき。


 わたしは、ああ、わたしはあなたに恋をしてしまって――。






 王太子殿下――アルヴィンは不幸な生い立ちの人だった。


 母親に当たる王妃が精神を患い、彼がまだ幼い頃に、居室で首を吊って亡くなってしまったのだ。


 精神を患い始めたのは、アルヴィンを産んでかららしい。


 そのため、アルヴィンはほとんど母親に会うことができないまま成長し、父親からも冷遇され続けた。父親――現国王は、愛する妻の死を息子のせいにしたのだ。


 それでも彼は、いつも笑顔を絶やさず、快活で誰にでも公平に接する素晴らしい人だった。


 誰もが彼を次期国王にふさわしい人物だと評価した。


 そしてアルヴィンは――わたしを愛してくれた。


 作り笑いさえろくにできず、社交の場で〈氷の姫君〉などと呼ばれているわたしを、本当に本当に、思い出すだけで涙があふれそうになるくらい大切にしてくれた。


「君は〈氷の姫君〉なんかじゃない。何よりも美しい、ぼくだけの雪の精だ」


 そう言って。   




 きっとあの人は知らないだろう。


 王城の庭を二人並んで歩きながら、他愛のない話をするとき、どれほどわたしが幸福だったか。


 低く心地よい声で名前を呼ばれるとき、どれほど胸が切なく締めつけられたか。


 海の見えるあずまやで沈む夕日をながめながら、この瞬間が永遠に続けばいいと、どれほど願ったか。




「うまく笑えない? 大丈夫さ。ぼくと一緒にいれば、いつか心から笑える日が来るよ」

「王宮は魑魅魍魎(ちみもうりょう)のはびこる魔窟(まくつ)だからね。なんとしてでも君を守らなくては」

「手の平のこの痕は? 公爵夫人にやられた? 教育だって? これは虐待だ。ぼくの未来の妃を傷つけるなんて。あとで厳重に抗議させてもらう!」

「どうしたの? まだ戻りたくない? はは。わかった。いいよ。君の気が済むまで歩こうか。――予定? 君より大事な予定なんてないよ」

「生まれてこない方がましだと思っていた。けれど、君に出会って考えが変わったんだ。ぼくは君に会うために生まれてきたんだって」

「約束してくれるかい? 一生、ぼくだけを愛するって」

「愛しているよ、エルヴィーラ。ぼくには君だけだ」




 長じるにつれ、彼の愛は深くなっていって。


 わたしの想いも負けないくらい強くなっていって。


 やがてわたしたちは正式な夫婦になって。


 何もかもが順調に――順調に行っていたはずなのに。 




 わたしはアルヴィンを心から愛していたのに。




 いつからだろう。


 彼がわたしの愛を疑い始めたのは。


 結婚から二年経っても子どもができなくて、わたしの焦りは日に日に増していって。


 たぶん、あの頃からだ。


「君は本当にぼくを愛してくれているのか?」


 そんな言葉を、アルヴィンが口にするようになったのは。


 どうしてそんなことを聞くのかわからなくて、子どもができないことが理由ではないかと思って、わたしはあるとき、勇気を出して訊ねた。


「まだ一人も跡継ぎを産んでいないからそんなことをおっしゃるのですか?」

「……そうじゃない」

「それなら、どうして? わたしは変わらずあなたを愛しています。その証拠に、あの頃から変わっていないでしょう?」


 長い長い沈黙があって。


 ベッドの端に腰かけていたアルヴィンが、最初に出会った頃よりも長くなった黒髪を垂らしたまま、ゆっくりとこちらを向いて。


「変っていないことは事実だ。君は変わらない。今も昔も。社交界で呼ばれているとおり、〈氷の姫君〉のままだ」

「アルヴィン……」

「君のその目。すべてに対して無関心に見える、その目。それから、冷ややかで淡々とした声」


 (くら)い目からはいつもの快活さが失われていて。


「君はぼくを愛していると言った。でもぼくはずっと、君に愛されている気がしなかった」


 わたしは、ああ、わたしは。


 どうしたらいいかわからなくて。


 ただただアルヴィンの昏い目を見返すばかりで。


「いつか笑ってくれると思ったんだ。ぼくだけに笑顔を見せてくれると。でも君は、いまだに微笑の一つ見せてくれていない」


 手が、冷たくなっていって。


 足が、氷のようで。


 ――違うの。違うの。違うの。


 そういうふうに教育されてきたの。王太子妃となるものがはしたなく笑うなって。


 他にもたくさん、痛い思いや、寂しい思いや、悲しい思いをして。


 笑えないのは、そのせいなの。


 あなたを愛していないからではないの。


 そう伝えなければならないのに、昏い目に見つめられていると声はおろか、呼吸すらうまくできなくなってしまって。


「何も言わないのか、君は。――そうか。やはり愛していないんだな。ぼくはずっと思い違いをしていたのか」

「……違うわ。違う」


 やっとのことで出た声は震えていたけれど、まぎれもない事実だった。


「愛して、います。一日も早くあなたの子どもを産みたいほどに」

「子どもがほしいのは、王太子妃の座を失いたくないからだろう」

「いいえ! あなたを心から愛しているからです!」

「だったら」


 あなたは伏せていた顔を上げ、わたしを見て言った。


「証明してみせてくれ。君だけにしかできないやり方で」


 でなければ、とあなたは立ち上がり、音もなく移動してわたしの前に立った。


 知らない人のような冷たい顔で。


「でなければ、ぼくは一生君の愛を疑うだろう。ぼくは……心のどこかが欠落してるんだ。母に死なれ、父に冷たくされ、王太子として日夜厳しい教育を受けてきた。ぼくは……ぼくは本当のところ……誰の愛も信じられない。信じたいのに信じられないんだ。だからエルヴィーラ。そんなぼくを、君が、救ってくれ。この世にはぼくを本当の意味で愛してくれる人がいるんだと、君が証明してくれ」






 権力者には多くの(はえ)が群がる。


 美しい衣装をまとい、蝶に擬態した蠅。


 彼らの欲するものは、権力。それを手にするために、宮廷に出入りすることを許されたものはありとあらゆることをしてみせる。


 他国に嫁いだものの、夫の死をきっかけにこの国に戻って来ていたとある侯爵夫人が、その美貌と魅力を武器にアルヴィンに近づいていたことを知ったのは、それから間もなくのことだった。


 彼女が宮廷に戻って来てから、アルヴィンがわたしの愛を疑い始めたということも。


 まだ二十六という若さの彼女はいわゆる魔性の女で、男であろうが女であろうが、一度狙いを定めたら必ず篭絡(ろうらく)してしまうと噂だった。


 そう、アルヴィンもまた、その女の毒牙にかかっていたのだ。わたしの預かり知らぬところで、その耳に甘い味のする毒をまぶした言葉をささやかれていた。


 その侯爵夫人は経験から即座に見抜いたのだ。アルヴィンが愛情に飢えていることを。わたしの愛が本物なのか、心のどこかで疑っていたことを。


 そうして考えた。


 何をどうすればわたしたちの間を引き裂き、自分自身が次期国王であるアルヴィンの寵愛を一身に受けられるようになるのか。


 寵妃という、場合によってはその国の王妃をも(しの)ぐ権力の座を手に入れられるのか。




 あの日からわたしとアルヴィンの関係はぎこちなくなり、彼に避けられることが多くなっていった。


 わたしは悩みつつ、何とか彼に愛していることを伝えようとした。


 しかし、彼の反応はいつだって冷ややかで、とりつくしまもなかった。


 やがてわたしは二人が並んで歩いている光景を何度も目にするようになった。


 廊下で。庭で。あずまやで。バルコニーで。


 宴があれば、アルヴィンはまずわたしと踊ったあと、必ずといっていいほど彼女の手を取った。


 きらびやかに着飾った二人が手を取って軽やかに踊るさまは、まるで物語の中の美しい光景がそのまま目の前に現れたかのようで。


 嫉妬に駆られながらも、わたしは感嘆の吐息をもらさずにはいられなかった。


 胸が、どんなに締め付けられていても。


 涙で視界がにじんでも。


 みじめでつらくて、その場から走り去ってしまいたくても。






 そしてある日、廊下で口さがない人々がこうささやき合っているのを聞いてしまった。


「やはりアルヴィン殿下はアンブローズ侯爵夫人を選ばれるそうよ」

「まあ、それってつまり、今の王妃殿下は……」

石女(うまずめ)は用済みってこと? けれど、アンブローズ侯爵夫人では身分が身分なだけに、王太子妃にはとても……」

「そうではなくて、寵妃になさるってこと。まあ、国王陛下と王太子妃殿下のお許しを得られた場合ですけれど」

「国王陛下はともかく、王太子妃殿下の許しはすぐにでも得られるのでは?」

「なんていったって〈氷の姫君〉ですものねえ。なーんにも関心がなさそうじゃない? アルヴィン殿下にさえ」

「いくら家柄がよくたって、ああも冷たい方がお妃様じゃあ、アルヴィン殿下が他の方の愛情を求めたくなる気持ちもわかりますわ。わたくしが知る限り、あの方が笑ったところ、一度も見てませんわよ」

「二人が並んで歩いているときだって、アルヴィン殿下はあんなに気を遣って話しかけているのに、王太子妃殿下はろくに受け答えもなさらないんですもの。アルヴィン殿下がお可哀そうで」

「ええ。本当にお気の毒ですこと。あの方にふさわしいご令嬢や他国の姫君はいくらでもおりますのに」




 ああ、そうか。


 わたしは捨てられてしまうのか。


 愛していることを証明できなかったから。


 アルヴィン殿下は他の女性をお選びになるのか。


 あの黄金の髪の、女神もかくやという美しさの、アンブローズ侯爵夫人を。


 きっとあの方は毎日アルヴィン殿下にささやいているのだろう。


 愛している、と。わたしだけがあなたに本物の愛を与えてあげる、と。




 居室に戻ったわたしは鏡の前に立って、何度も何度も笑顔を浮かべる練習をして。


 唇の端が切れて血がにじんで、侍女に泣きながら止められても、わたしはわたしは。



 

 愛しているって、伝えたかったから。証明したかったから。




 その夜、父が来てわたしの頬を打った。いつになったら子どもを宿すのだ、このままだとあのどこの馬の骨ともわからん女に殿下を奪われてしまうぞ、と言われた。


 次の日の正午に母が来て、父と同じようなことを言ってから、子どもを産めないあなたに価値はない、と言った。


 わたしはだんだん眠れなくなっていった。


 食事も少ししか飲み込めなくなってしまった。


 誰かが来ては何かを言うのだけれど、それが誰で何を言っているのか、ちっともわからなくてなってしまって。




 でも、そんなことより大事なことがあって。




 そう。


 そうだ。


 愛。


 愛を証明しなければ。


 アルヴィン殿下。初恋の人。今も大好きな人。


 はじめてわたしにあそこまで優しくしてくれて、母に、鞭で手を打つのをやめるよう抗議してくれて。


 他にも。


 他にもたくさん。


 それなのにわたしはあの人のために笑えない。作り笑いさえ浮かべることができない。


 鏡の前に立つ。唇の両端に人差し指をそれぞれ入れて、ぐっと引っ張って。


 かさぶたが裂けて血がにじんだけれど、いくら練習したってできないから、何度も何度も何度も。




 笑顔。笑顔。どうすれば笑えるようになるの。


 ――どうしてわたしは笑えなくなってしまったの?




「もういい!」




 そう言ってわたしを抱きしめてくれたのは、誰よりも愛しい人――アルヴィン殿下だった。


「すまなかった。ぼくが間違っていた。君の愛を疑うなんて。君を……ここまで追い詰めてしまうなんて」

「殿下……」


 アルヴィン殿下の目には涙あふれていて、けれどわたしには、彼が泣いている理由がわからなくて。


「あの女は宮廷から追い出した。ぼくは……君が少しでも嫉妬してくれるのを期待して、あの女の甘言にのってしまったんだ。最低なやり方で繊細な君を傷つけてしまった。宮廷の連中が君に余計なことを聞かせたかもしれないが、安心していい。あんな女をそばにおくつもりはない。ぼくには君さえいれば十分だ」

「ですが、殿下。アルヴィン様。わたし、まだ証明しておりません。子どもだってまだ一人もいない。努力が足りないんです。もっともっと、せめてあなたの前では笑えるようにならなくては」

「もういいんだ、エルヴィーラ。君にあんなことを言ったぼくが馬鹿だった。君の愛を疑ったぼくが間違っていた。君はそのままでいい。変わらなくていい。変わらないままでそばにいてくれ」

「でも……」

「愛している、エルヴィーラ」

「わたしはまだ証明できていません」

「もう十分証明してくれているよ」

「いいえ。あなたの愛情を受け取ってばかりで、何一つ……」

「そばにいてくれるだけでたくさんのものを与えてくれている。だから、いいんだ。今のままの君でいいんだ。どうかわかってくれ」


 そんなことは、許されないのに。証明、しなくてはならないのに。


 このままでいいはずがないのに。






 宮廷からアンブローズ侯爵夫人の姿は消えて、アルヴィン殿下は時間が許す限りわたしのそばについていてくれるようになった。

 

 父も母も、アルヴィン殿下の前では小言を言わなかった。


 わたしは変わらず鏡の前で笑う練習をしようとしたけれど、そうすると侍女かアルヴィン殿下が飛んできてやめさせた。




 どうすれば愛を証明できるのか、わたしはひたすら考え続けた。


 王太子妃として公務を行っている間も、サロンに集まった人々の話を聞いている間も、侍女たちと居室にいる間も。


 あまりにも考えすぎてしまったせいか、ある日、公務を終えた途端、倒れてしまった。




 意識を失っている間、夢を、見た。


 子どもの頃に観た舞台。


 愛を証明するために恋人の前で炎をまとい、灰となって死んでいった女の物語。


 ――愛しい人! これがわたしの愛! どうか最後まで見届けて!


 彼女はそう叫んで、踊りながら、歌いながら死んでいった。


 あれは、美しかった。


 これ以上ないくらい鬱しい物語だった。


 ああ、そうか。


 それならば、わたしも。

 

 彼女がその身に炎をまとったように。

 

 わたしもこの身に。


 愛を、証明するために。




 目を覚ます。


 あたりは暗い。部屋のあちこちに置かれた蝋燭の火が揺らめいている。


 そばには見張りの侍女がいて、椅子に座っていたが、疲れたのかぐっすり眠りこけていた。


 わたしは起き上がり、白い寝間着姿のまま地下へ向かう。


 目的の場所は厨房。ちょうど下働きの少女が出てきたので、驚いている彼女に油の入った壺を持ってくるよう命じる。


「あのう、何にお使いになるのですか?」

「証明するの。とても大事なことを。でも、このことは内緒にしてちょうだい」


 少女は怪訝(けげん)な顔をしたが、すぐに言うとおりにしてくれた。


 人目に付きにくい暗がりで待っていたわたしはそう大きくない素焼きの壺を受け取り、普段は使用人だけが使用する階段を上がっていく。


 目指す場所は、大広間。


 そこでは今、大勢の貴族たちを集めた宴が行われているはずだった。


 広間の入り口を守る衛士たちを視線だけで黙らせ、中に入る。


 まだ誰もわたしに気づかない。


 入り口付近で抱えていた壺の中身を頭から浴び、近くのテーブルに置かれた燭台を取る。


 人々が気づいた。ざわめきが広がっていく。


 アルヴィン殿下が立ち上がり、蒼白な顔でわたしに駆け寄って来ようとする。


「エルヴィーラ! やめろ! やめるんだ!」


 わたしはそんなアルヴィン殿下にはじめて心から笑いかけることができた。




 だってようやく、わたしなりの答えを見つけられたのだから。




 息を吸う。 


 髪からポタポタと油がしたたり落ちる。


 そして。




「――愛しい人! これがわたしの愛! どうか最後まで見届けて!」





 芝居のセリフを叫び、左手に持った燭台を胸にかき抱く。


 火が、油を吸い込んだ薄い寝間着にあっという間に燃え広がる。


「エルヴィーラ! エルヴィーラ!!」


 大勢の人が叫ぶなか、わたしは燃える。燃え盛る。


 燃えながら、踊る。つま先で。くるくると回りながら。


 アルヴィン殿下は近づいてこない。近づけないのだ。人々に取り押さえられているせいで。炎が燃え移ればやけどを負うから。


 熱い。痛い。熱い。痛い。息ができない。苦しい苦しい苦しい。


 それでも踊る。


 恋の歌を口ずさみながら。


 なぜならば〈死〉こそがわたしにできる最上の愛の証明なのだから。


 だからあなた。


 どうか、最後まで見守って。




 ――燃え尽きるまで。




〈了〉


最後までお付き合いいただきありがとうございました。


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