プロローグ
「サテリア•クアルズ!お前と婚約破棄をする!」
卒業パーティの真っ只中。
突如響いたその声に会場中に混乱が広がる。
その混乱の中心。
紅蓮の色のドレスを見に纏い、歴然と佇む令嬢がいた。
赤い瞳が映し出すのは一人の青年。
金髪碧眼の美しい青年は美しい容姿とは裏腹に声を荒げている。
「お前は、アマリアに数々の非道な行いをしてきた。罪のないものを傷つける者は婚約者に相応しくない!」
栗色の髪を揺らし俯く少女を庇い、青年は続ける。
「言い逃ればできない!ここには証人や、証拠だってそれっているのだからな!」
畳み掛けるように言った青年の隣には箱を持った執事が立っていた。
(全く…。まだ何も喋っておりませんのに。騒がしいこと。)
令嬢にとっては圧倒的不利な状況の中。
静かに令嬢は溜息を吐いた。
「そうですか。ですが殿下。こちらにも証拠はありましてよ?」
そうして、令嬢は静かに冷淡に告げた。
かねての復讐を胸に秘めて。
「お嬢様、卒業パーティが始まるお時間が近づいてきましたので卒業パーティの御準備をしましょう。」
メイドのクランがテキパキと卒業パーティの準備を進めていく。
「終わりました。」
数分が経った後、クランの声でふと我に帰った。
(ぼぅっとしていてはいけないわ。)
鏡を見ると紅蓮のドレスをよく着こなせている自分が見えた。
(当然よね、あんな女に私が負けるわけない。)
落ち込んでいた自分を鼓舞するようにそう考えた。
まるで呪文のように。
「クラン、早く行くわよ。」
「わかりました。」
今回の卒業式はメイド同伴だ。
メイド同伴など昨年の卒業パーティではなかったのに…。
この異例な卒業パーティは殿下の我儘でなったという噂があったけれど…。
もしかすると、あの女が…?
「歩くのが遅いわね。お前なんて連れてくるんじゃなかったわ!」
ふと、あの女の事が過ぎって苛立ちをぶつけるようにクランに怒鳴る。
「申し訳ございません。」
淡々と言うクランの様子はいつも通り。
けれど何処か雰囲気が違う気がした。
少し歩くと会場へと繋がる扉が見えた。
扉の前にいる衛兵に会場に入るための招待状を渡す。
「サテリア•クアルズ様の御入場です!」
衛兵の声で、会場にいた卒業生が一斉に私の方を振り向く。
「何見ているんですの?それに、殿下はどこに…」
「サテリア。」
静寂に包まれた会場に、一つの声が響いた。
「殿下…!」
その声は待ち侘びていた声。
会場の人達は殿下に道を開けていく。
私の正面。そこには…。
私に手を差しのべてくれる殿下はいなかった。
婚約者の金髪碧眼の美しく、優しい王子殿下。
ディア王国の唯一の王子。クリス•ディア王子殿下。
けれど私に向ける目は冷たく。
隣にいるのは栗色の髪に薄紅色の瞳をした可憐な少女がいた。
アマリア
殿下を奪った忌々しい庶民の女…。
(あの女…)
「殿下、何故あんな庶民の女といるのですか?貴族の常識もわからないのですよ?」
「サテリア。これ以上、アマリアを虐げるのは許さない。お前とは婚約破棄をする!」
唐突に突きつけられた言葉に呆然と立ち尽くす。
「で、殿下。わたくしはあの女に常識を教えたまで。虐げてなどありませんわ。」
「お前は、懲りないな。アマリアが泣きながら訴えてきたのだ。それに、お前がアマリアを虐げてきたと言う証拠も揃っている。言い逃れはできない。言い訳はよせ。」
「そんなもの、嘘に決まっておりますわ!庶民の言うことを鵜呑みにするだなんて…殿下、間違っておりますわ!」
必死に訴える。
けれど私が言葉を口にするたび、殿下の顔は険しくなっていく。
「私が悪いのではないのです!この婚約者を奪った女が悪いのです!」
「わ、私が何をしたと言うのですか!」
突然、アマリアが声を上げた。
「私が…何かサテリア様の気に触るようなことをしてしまったのでしたら、言ってくださいませ。私はっ…。」
言葉の続きが出てこなくなったかと思うとアマリアは、自分の顔を手で覆って俯いた。
「アマリア…」
殿下は、アマリアを心配するばかり。
その光景にさらに怒りは募っていく。
「そんな女のどこがいいのですか?殿下。」
「サテリア…お前は物分かりが悪いんだな。まだ俺がお前の言葉を信じるとでも思っているのか?そこのメイドだって、お前がアマリアを虐げていたと言っていたんだ。とっくにお前への信頼などない。」
(あぁ、そういうことか。)
と、サテリアは察した。きっと、クランは私がアマリアを虐げていると言う証人で証人を呼ぶためにメイドの同伴を決めたのだ、と。
でも、それでも。殿下はきっと信じてくれるはず。学園から殿下と会うようになったあの女より、婚約者の私を信じてくれる。
「殿下、信じてください!この女は…」
「もう良い。この女を処刑しろ。」
静かに響いた声はサテリアを唖然とさせる。
「う、嘘でしょう?殿下。信じてくださらないんですか?なんで?」
衛兵に取り押さえられながらも必死に訴える。
けれど、彼は冷たい瞳を向けてくるだけで彼女の言葉は一言も届かなかった。
地下牢に入れられてからも、彼女は現実を受け入れられなかった。
(なんで?殿下は私を信じてくれなかったの?)
処刑までの三日間を彼女は現実を受け入れらずに過ごした。
王子の指示により、異例の早さとなった処刑はのちに歴史書に残る出来事となる。