傭兵達の奮闘記 オーカ
α-027より
閉まる隔壁越しに、彼らを見送る。思えば小僧が出て行った事も懐かしい。
「40年か……ベンにも会いてぇなぁ」
彼の名はハイエナ。齢1000歳を超える、歴戦の海賊である。
「船長ー、やっぱり古代反応炉核がしかけてありましたよ」
こぶし大の正八面体の石を持ち、船内から出てきた禿頭の男が呼んでいる。彼の名はアスペラ。マッチョである。
「ふん、やはりな。リジェネの奴ら、俺達が邪魔になったか」
ハイエナが鼻を鳴らし、正八面体の石を受け取る。
これ一つで、第一ぐらいは消し飛ばせるだろう。
「俺達、フブキ隊になってからは大人しくしてましたぜ?」
「怪しい芽は摘んでおきたいんだろ」
「あぁ……過去に何度か潜り込んで、やらかしてますからね」
アスペラが苦笑がちに言う。
「そういう事だ。……さて、これ以上怪しまれる前にとんずらするぞ」
ハイエナの纏う雰囲気が変わる。
咄嗟にアスペラは背筋を伸ばし、敬礼をする。
「アイサー・船長!」
続けて残りの傭兵……否、乗組員が声を張り上げる。
「…………!」「アイサー!」「華ある船出に栄光を!」
ハイエナは乗組員の返事を聞くと、指示を出す。
「アスペラぁ!」
「アイサー!?」
「減速機を改造して来い! 2分だ!」
「1分もありゃ充分でさぁ!」
アスペラはエンジンルームに向かって駆け入ると、そこら辺の部品を使って減速機をもう一台作り始める。
彼は、素晴らしい船大工であった。
ハイエナはアスペラを見送りつつ、操舵室に向かう。
途中、長刀を持った白髪の剣士に正八面体の石を放る。
「ケンゴウ」
「……………御意」
放られた石は、空中で斬り刻まれる。
剣士の名はケンゴウ。仙人族の老剣士である。
ハイエナは操舵室に着くと、甲板に設置されたヘラクレスをいじっている魔導士に声を掛ける。
「カテナぁ! あとどのくらい掛かる?!」
「出航までには!」
元気よく応えた魔導士の名は、カテナ。アスペラと同期の、魔術回路に詳しい者である。
「ビリーバぁ! 鎖兵を2体、銃座に就かせろ! 後は作戦通りだ!」
ハイエナは、どこへともなく指示を出す。
「貴方様の仰せのままに」
ヘラクレスの陰から、男とも女ともない声が応える。
応えた者の名は、ビリーバ。元、金鎖協会の幹部である。
そして、金の鎖でできた兵士が2体現れ前方と後方の銃座に向かう。
「できましたぜ船長!」
ちょうどよく、アスペラが操舵室に減速機ができた事を報告に来る。
「よーし野郎ども、出航だぁ!!」
ハイエナが声を張り上げ、出撃口の外殻扉が開く。船は、極寒の戦場へとその身を現し、敵を屠らんと走り出す。
生物艦隊から無数の魔法、肉弾が飛来する。
ハイエナは咄嗟に指示を出す。
「ビリーバ! ケンゴウ!」
「金の防壁」
ビリーバが、金の鎖を網のように展開する。
魔法はその網に捕まり、消え失せる。
「…………………劫火」
ケンゴウが手を前に出し、呟く。
次の瞬間、肉弾は全て消え去った。
「アスペラ! 進路そのまま最大戦速!」
「いっ!? エンジンがブッ壊れますぜ!?」
「今から温っためとかねぇと、コイツが使えねぇ」
ハイエナは、泣き言を言うアスペラに黒い欠片を放る。
「コイツぁ……秒数は?」
「5千分の1秒だ。準備して来い。合図は、流れ星だ」
アスペラは、無言でエンジンルームに走る。
船は進む。
バイ・テリートスとの距離は、150秒もあれば激突できる程。しかしその時間さえ、凡人は生きることはできない。
戦場とは、生物艦隊に突撃する事とは、つまりはそういう事なのだ。
この船は、ただの快速艦。軽量化のため、装甲など無いに等しい。最大戦速を出せば、エンジンが壊れる前に船体がもたない。
しかし、やらねばならぬ。
ハイエナは、リジェネになんの思い入れも無い。
しかし、昔部下だった男が、フォーティスが月食に乗っている。彼は妻子を持っていた。
その妻が直接、「夫と皆を無事に帰してくれ」と頼んできたのだ。こちらを知っているかのような口ぶりで。
素知らぬ輩の頼みだろうと、女が助けを求めている。
ならば、手を差し伸べる以外に道はあるだろうか? 無いと答えるヤツは、少なくともこの「センジョウ」にはいない。
バイ・テリートスとの、距離が縮まる———
「船長! ヘラクレス、いつでも撃てます!」「右舷前方のヤツが潜氷しました。船下注意されたし」「…………! 耐火肉弾!」「船長! エンジン蒸気の圧力異常! 2分ともたねえ!」
様々な声が船上で飛び交う。それに対して、ハイエナが返した言葉は、
「うるせえ! テメェで対処しろぃ!」
もちろん、凡夫の船長がこんな事を言えば反感を買う。
しかし、彼は歴戦の海賊団の船長。凡夫ではない。
部下を信頼し、対処を任せたのだ。
もちろん、それは部下である船員もわかっている。
故に、
「アイサー!」
彼らは笑って応える。
カテナは金色魔法を用いてヘラクレスを右舷に向ける。
ビリーバは、切り刻まれた古代反応炉核を金の鎖で包み、氷の中に投下する。
ケンゴウは劫火と斬撃で防壁を形作り、アスペラは絶妙な圧力を保つためにエンジンルームを奔走する。
等のハイエナ本人は、右へ左へ舵を取り、船の被弾を最小限に留める。
バイ・テリートスとの、距離が狭まる。
弾幕は厚くなり、船への被弾が増える。
甲板には肉弾が当たり、異形の怪物が暴れ回る。
カテナは魔法陣を守り、ビリーバは怪物を鎖で縛り潰す。
ケンゴウの劫火が止まる。
魔法が雨のように降り注ぎ、甲板は火に包まれる。
エンジンルームからは炎が噴き出し、氷上を走るは船の形をした炎。
だが、なおも止まることは無い。
遂に、バイ・テリートスとの距離が月食2隻程になる。
ハイエナは、ここで遂に指示を出す。
「左舷! 錨を下ろせぇ!」
錨が下ろされ、万年氷に突き刺さる。
船尾が右へと振られ、ヘラクレスの槍先がバイ・テリートスへと向く。
「カテナぁ! 今だ! てぇっ!」
魔法陣が発動し、ヘラクレスが発射される。
鈍重な黒い槍は、回転しながら真っ直ぐに飛んでいく。
「流れ星ぃ!」
それを確認したハイエナは、即座に伝令菅に叫ぶ。
エンジンルームから、凄まじい光と、耳をつんざく音が鳴る。
あぁ、思いだした。
ビードゥアだ。
敵船にいた、ボロ切れのようなガキ。
フォーティスが船を降りた時、そいつも消えていた。
綺麗になったもんだ。
すまねぇ、約束は果たせそうに無い。
今、このデカブツが破滅の咆哮を吐きやがった。
月食に直撃するだろう。
いつか、謝罪をしに行こう。
あいつの好きだった安酒を持って。
そして、船は跡形もなく消え去った。
炎に包まれ、消え去ったその船の名は———