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ベン爺さんの旅-2 旅立ちの日

 ベン爺さんは、旅を続ける。


「爺さん」


「わかっとる」


 ベン爺さんは、嫌な予感がしていた。いや、元々分かっていたのだろう。


 答えが、やって来た


「…………久しいな、エルフの王よ」


 黒い外套を纏った、青年が言葉を発する。首が無い、という点を除けば、ただの青年に見える。


「…………1000年ぶりかのぅ」


 ベン爺さんの声は震えていた。

 だが、眼光は鋭く、何かを決意した目をしていた。


「良い、良い目だ。故に、何故だ! 貴様は素晴らしい好敵手だった! 勇者が現れる前まで、貴様は何度となく儂に立ち向かった!」


 外套の青年が、世にも悍ましい声を発する。悲観を、喜びを、怒りを、生命を、終焉を体現するかのような声だ。

 いや、もはや雄叫びに近い。魂の叫びとは、この叫びの事だろう。


 足元の万年氷には亀裂が走り、濃密な魔力が練り上げられていく。


「………………」


 ベン爺さんは物おじせず、杖にしがみつき、耐えた。

 常人ならば、この空間に侵入しただけで消え失せるだろう。


 だが、その老骨は耐えてみせた。いや、耐えねばならなかった。彼を倒す事は出来ない。だが、しかし。彼を野放しにすれば、やっと芽吹いた種が消されてしまう。

 それだけは、避けねばならない。


 ベン爺さんは、神には祈らなかった。神に会った事があるからだ。彼等は、彼女等は、助けてはくれなかった。

 だが、敵では無かった。単純に、神も、運命を変えられず、囚われていただけなのだ。


 今、その神々が重い腰を上げ、運命に争っている。その思いは、その思いが、ベン爺さんの肩にのしかかる。


 耐え難い重圧だ。だが、その為に肩の荷を下ろし続けて来た。


「悪夢よ!今日! ここで! 蹴りをつけようじゃないか! 1000年越しの戦いに!」


 再度言おう。ベン爺さんは、勝てないと理解っている。


 だが、彼もまた、漢であった。王であった矜持が、在りし日の栄光が、彼を突き動かす。


 彼は、本来の名を名乗る。彼の名は、レーヴ・ベン。エルフ王国の王、ラビ神の父親である———



 魔力が、解き放たれる。空は闇に覆われ、目の前すらも視認できない。しかし、ベンには関係ない。


 長年培われた戦いの勘と、魔力の流れ、気配、風の動き、音だけで敵の位置を把握できる。

 視覚に頼っている時点で、悪夢との戦いに勝機は無い。


「ふむ……闇夜か。杖は不利じゃな」


 ベンは杖をしまうと、フライパンを引っ掴み、構える。

 先に言っておくが、これは鉄を叩き出して作られたフライパンである。市販品である。


 ベンは、近づいてくる気配とは逆の方向へと、渾身の一撃を放った。


 素晴らしく良い音が響く。


「ぐぁっ……何故分かった!?」


「お前さん、一手目がこれ以外だった事がなかろう」


 事実、過去100回近くに及ぶ戦いの中、最初の攻撃は必ず不意打ちであった。しかも、このやりとりは4戦目から変わる事はなかった。


「ククク……そうで無いとな。まさか、準備運動でやられる訳はあるまい」


「ほほう、準備運動だったのか。すまんな、そんなにしっかりと攻撃してくれたのに」


「ほ、ほほう……1000年の間に口が達者になったな」


「伊達に長く生きとらんよ。お主こそ、弱くなったか?」


 ただの会話に聞こえるが、これは殴り合いの最中である。

 ベンはフライパンをかなぐり捨て、悪夢は魔力を捨てて殴り掛かる。肉体言語による話し合いである。


 つまりは暗号に近く、血液の流れ、筋肉の躍動、息遣いを全て肌で感じ、心で会話をしているのである。


 もはや一種の念話である。


「抜かせっっっ!!!」


 悪夢が、周囲の魔力を一瞬で集め、収縮、爆発させる。


「ぬっ!!!」


 ベンは足元を砕き割り、氷中に流れる。


 これは、正しい対処であった。今の技は『フラット』というもので、周囲の地上生物を根こそぎ消滅させる技である。

 文字通り、フラットな大地が出来上がるのだ。


「危ない危ない……」


「ふん、ここまではいつも通りだろう?」


「はぁ……毎度毎度ゲンナリするよ」


 空は晴れ、青とも白とも分からない景色が広がる。


 それからは、早いものだった。弱体化しているとはいえ、神が生み出した悪夢。ベンに勝ち目は無かった。

 だが、彼は最後の最後まで諦めず、奮闘を続けた。


 彼は魔法が使えなかった。故に、弓を極め、棒術を極めた。剣は、才能が無かった。だが対策は欲しい。よって手に取ったのがフライパン。日々の火力によって鍛えられた鉄は、いつしか鋼となり、使い勝手が良くなっていった。


 フライパンは融解し、杖は折られた。

 今や残された武器は弓と一本の矢、そしてとうに朽ち果てた己が肉体のみである。


 彼は、勇者に憧れていた。友が欲しかった。嫁は早くに闇に飲まれ、憎しみを燃やし、勝負を挑んだ。


 その敵が、彼の唯一の戦友とは、なんたる皮肉だろうか。

 悪夢は、彼を狂わした。愛娘は悪夢を封じる為に、命を燃やし、人を超えた。故に、天に昇っていった。


 今、ベンは積年の恨みを、感謝を込めて弓を引く。


「これで終いじゃぁぁぁ!」


 今、この時、放たれたる矢は光となった。死の間際の奇跡だろうか、魔法の使えない彼の矢は、確かに、風を纏った。光を纏った。偶然か?


 いいや、必然である。大地の力を蓄え、歩き、調べ、決戦に選んだこの地は、魔力の集まる終着点である。故に、事故や遭難が相次ぐのだ。


「………良い、良い一撃だ。最高の、一撃だった」


 されど、悪夢は、倒れない。ベンは弓を背負い、動かぬ身体に鞭を打ち、構えを取る。

 眼光は、消えない。悪夢の、あるはずの無い顔を、見つめ続ける。


「儂ゃ、死なん。お前の、心に、突き刺さり続ける、毒矢となろう」


 ランタンが、割れる。


「爺さん、契約の時だ。トクペラの力を持って、名を果す」


 炎の化身と言うべきか。女性体の炎が、ランタンから湧き上がる。


「クッククク……最後まで素晴らしい策だ……最後の言葉は、何だ」


 ベンは口を開く。


「良き、人生だった……」


 世界が、白に包まれる。それは、第一世界を滅ぼした神の炎、人々の、怒りの炎だった。


 ◇  ◇  ◇


 大氷原のどこか、弓を背負った氷漬けの老人が立っている。

 彼の表情は明るく、穏やかで、東を見ていた。

 彼は、夢を見続けている。1000年の、旅の夢を。終わらない、夢を。

 緑の髪をした女の子が、その前に立っている。

 涙を流していた。


「父様……」


 その周囲だけは、温かかった。溶けぬ氷原に立つ、ただ一つの場所。

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