ベン爺さんの旅-1
この作品群は、本編を読んでいなくても楽しめるよう工夫しております。
ただ、過度のネタバレを含む可能性が捨てきれないため、へーカッコいいなー、ぐらいな気持ちで読むことをおススメします。
不定期更新なので、ブクマ等よろしくお願いします!
異世界クスクルザ
そこは氷に閉ざされた世界
臆病者は壁の中に籠り、自由を愛する者は壁の外で生きていた。
そんな世界を渡り歩く、耳の長い老骨がいた。
名をベンという。
彼は泣いていた。
彼は歌っていた。
彼は思い出していた。
大事な愛娘のために。空へと昇った娘の為に。
◇ ◇ ◇
杖を突き、重そうな鞄を背負った男が、氷原を歩いていた。腰は曲がり、顔には白い髭を蓄え、茶色の帽子を目深に被っていた。服は緑。
時々、チラリと見える眼光は、在りし日の栄光を望むような、欲深なソレでは無かった。
背負った鞄には、フライパンとランタンが2つ吊されていた。
片方のランタンは赤い炎をチロチロと燃やし、見ようによっては、炎の小人が捕えられているようにも見える。
もう片方は、青白い、神秘的な光を蓄えていた。
「なあ、爺さん」
若い、子供のような、元気に有り余った声が一つ。
「……なんだ、カグツチ」
対して、老いた、されど力のある声が一つ。
「迷った?」
「……………………いや?」
力なんて無かった。ただただ不安げな、ボソリとした聞き取り難い声だった。
「じゃ、前に見える光は? 新しいキャンプとでも?」
「……………………き」
「き?」
「昨日、訪れた、キャンプじゃな」
「はぁ……爺さん、だから戦闘は避けろって言ったろ」
「売られた勝負は、買わにゃならん。誇り高いエルフの名が泣くわい」
「はいはい、埃を被ったエルフの名ね」
「ぬぅ…………」
老いぼれと、それをからかう若者に見えるが、彼らは長年の相棒であり、戦友であった。
それと、この老いぼれ……ベン爺さんの方向音痴は、毎度のことである。
ベン爺さんは、昨日訪れたサバイバーズキャンプに、また、お世話になる事にした。
「あれ? 爺さん、忘れ物かい?」
キャンプの、若い門兵が尋ねる。
「その通りじゃ。決して、道に迷ったとかではないぞ」
若い門兵は苦笑いしながら、ペラ爺さんを迎えいれる。
ベン爺さんは、宿を探す事にした。前回は、入ってすぐのところにある、それなりに上等な宿に泊まった。今回もそうでは味気ない。
ということで、少し進んだ所にある宿に泊まる事にした。
「一泊、いくらじゃ」
「銀貨3枚」
ボッタクリだった。前回の宿より質は悪いくせに、値段は3倍であった。ベン爺さんは踵を返すと、前回泊まった宿に向かう。
「泊めとくれ」
ベン爺さんは銀貨を1枚差し出す。
「おっ、昨日の爺さんじゃないか! あんたの料理、美味かったよ〜!」
宿番の、恰幅の良い女将がベン爺さんの肩をバシバシと叩く。
「おお、そいつは良かった」
ベン爺さんは気にも留めていなかった。
「な、今夜も作っとくれよ、まけとくからさ!」
女将は、カウンターの下から銅貨50枚を出す。要は、飯を作る代わりに半額で泊めてやる、と言っているのだ。
「嬉しい誘いじゃが、食材が無うてな」
嘘である。なんなら7日分の食糧を持っている。
「あぁ、いやいや、食材はウチで出すよ。だから、ね? 調理方法をちょこ〜っと見せてくれれば」
ベン爺さん、美味しいお話である。食費が浮く上、宿も半額。女将に見えぬよう、拳を握る。
「喜んで、お受けしよう」
かくして、ベン爺さんは当初の6割も安く宿に泊まる事ができた。
ベン爺さんは、狭苦しいキッチンに立ち、鍋を振るう。
ぶつ切りにしたレッサージズの肉を入れ、氷草と共に炒める。味付けは、道中手に入れたサール。要は塩である。
この世界では高級品だが、ベン爺さんには関係ない。サールを持ったサバイバーを返り討ちにするだけである。よってノーコスト。サールを買えるほど裕福な者は壁の中だ。ので、遠慮なくぶち込む。
「ほれ、できたぞ」
かくして出来上がったのは、鳥ガラ野菜炒め。味は上々、栄養価はバランスが良い。色合いはご愛嬌である。というか、この世界の食材は白、青、の物がほとんど。よって問題無い。
「どれどれ……うん! うまい! あぁ、それと、途中で入れた白い粒は何だい?」
「サールだ」
「サール? うちにそんな代物は無かったはずだけど?」
「半額の恩だ。それに、こいつは儂には使い勝手が悪い」
ベン爺さんは、握り拳より二回りは大きな袋を持ち上げる。袋にはサールの文字が書いてあった。
「羨ましい話だ」
「で、だ。タダで泊めてくれりゃあ、こいつを差し上げるぞ?」
「本当かい!?」
「ああ」
「じゃ取引成立だ。えーと、ほれ、銅貨50枚だったね」
ベン爺さんは、要らないサールを渡すだけで、タダで泊まる事に成功した。
ところで、ベン爺さんはサールが必要ないわけではない。ただ単に、粉のサールは使い勝手が悪いだけなのだ。よって、ペータラムサール、岩塩を削って料理に使う。あと単純に、粉のサールより質が良い。
「上手くやったな、爺さん」
誰かが、聞こえない程の声量で、ひとりごちた。
◇ ◇ ◇
明くる日の早朝、ベン爺さんは荷物の確認をする。
「毛布、防寒水布、手拭い、草紐、ロープ、糸、針、空袋、鍋、油、布切れ、骨、氷草………」
「んぁ……おはよう、爺さん。」
「ペータラムサール……ああ、おはようカグツチ」
「爺さん、酒は?」
「ピッケル、シャベル……あぁ、切らしてた」
ベン爺さんはしまったと天井を仰ぐ。
「昨日のサールは換金できないから良いとして……魔石をいくつか売っちゃえば?」
「いや、ここは買値も安いが売値も安い。先にあるキャンプの方が高く売れる」
「……それ、何年前の話?」
「まだ、3年しか経っとらん」
カグツチと呼ばれた声は、少しだけ息を呑む。
「……元々、このキャンプに来た理由は?」
「5年前、魔石が高く売れた」
「ほらー、リジェネを嫌ってないで第二に行かないからー」
「えーと、フライパン、杖、水ランプ、ランタン」
「あっ、ちょっ、まっ」
「さて……近くに懐かしい気配を感じるのぅ。さぁ、カグツチ、死氷ヶ原に向かうぞ」
「ったく……この気配は……あぁ、嫌なヤツか」
「あの方の前でそれを言うなよ? 文字通り、消されるぞ?」
ベン爺さんは宿を出て、サバイバーズキャンプを後にする。彼の旅は、いつ終わるのだろうか