7 アルコール依存症
お待たせしました第7話を更新しました!
今回はアルコール依存症のお話です。
晴翔君の診察が終わり、のんびり昼休みをしている時でした。
『ドンドンドン』
診療所の戸を叩く音が……
「はーい! ちょっと待ってくださいね」
華純さんが対応してくれましたけど急患でしょうか。
「すみません、精神科の先生がいらっしゃると訊いたんですけど」
そう言うのは三十代くらいの女性とその後ろには同じ歳くらいの男性がいます。
「はい…… しばらくお待ちください」
えびす屋の女将さんは意外とおしゃべりだったようです。私の専門が精神科だと知ってるのは女将さんくらいですから……
「あの、私が医師の今村ですけど……」
「飛鳥先生、まだお昼休みですから」
華純さんはそう言いますけど……
「うん、でも折角だから……」
そう言って診察室へ入ってもらいました。
「華純さん、診療所の戸は閉めておいて下さい」
そして、私も診察室へ行きました。
「どうされました?」
「先生、この人の手を見て下さい」
微妙に小刻みに震えています。これは……
「お酒がお好きなんですか?」
「はい、一度に一升くらいは飲めます」
はあ…… 男性は自慢気にそう言いますけど……
「アルコール依存症ですね。お酒を飲むと手の震えは止まりますよね」
「はい、だから問題はないんですよ!」
男性は笑顔でそう言いますけど……
「お酒が切れる時イライラしたり、幻聴が聴こえたりしませんか?」
「えっ、イライラはあるかもしれないけど幻聴とかは無いです」
ちょっと患者さんの顔色が変わったような……
「あのお薬とかは無いんですか?」
女性がそう言いますけど……
「まずはアルコールを絶って下さい。自力で出来ない場合は入院してもらった方が良いかも知れません」
「入院ですか! そんな急に言われても……」
「アルコール依存症は病気です。お酒を飲まないとどうにもならない状態になります。そうなると身体的にも精神的にも蝕まれてしまい社会的にも影響が出ますよ」
「でも、入院なんて…… 街の病院にって事ですよね」
「そうですね、でも、これ以上飲み続けるともっと酷くなりますよ」
「あの、取り敢えずアルコールを飲まないように管理します。それでも駄目ならその時は……」
「はあ…… 判りました」
私が呆れ顔でそう言った後、二人は帰って行きました。男性は三河郷の朝田大和さん、建設会社の経営者で一緒に来た女性は奥さんの静子さんという事でした。自力で禁酒という事でしたけど大丈夫かな……
「あの、飛鳥先生」
「はい、どうかしたの華純さん」
「あっ、はい……」
うん、どうかしたのかな?
「先生、私が車に乗るとスピードを出したくなるのも病気なんでしょうか……」
華純さんもちょっとは心配しているようですね。
「華純さん、私の車でちょっとドライブしませんか?」
「えっ、先生の車ですか? でも昼休みがもうすぐ終わりますけど」
「少しくらい良いでしょう!」
そう言って二人で診療所の外に出ました。
「雫も来る?」
雫はとんでもないという顔で……
「いえ、私はいいです」
そういう事で私は車の助手席に乗りました。
「あの、先生が運転するんじゃないんですか」
「それじゃ、ドライブの意味がないでしょう! 華純さん運転よろしく! 取り敢えず村立病院まで」
すると華純さんは仕方なく運転席に座り、ゆっくりと車を動かして安全運転で村立病院へ向かいます。
「華純さん、どうしていつも通りに運転しないの?」
私が、ニッコリ笑ってそう言うと……
「そりゃしませんよ! 軽自動車だし、先生がいつも大事にしている車ですから」
どうやら大丈夫そうですね!
「うん、華純さんは病気じゃないよ! ドレス効果かな」
「ドレス効果、ですか?」
ドレス効果というのは、例えば映画を観た後にその主役になりきっているとか、消防士のような格好良い制服を着ると、なりきってそういう行動をとる事です。アメリカの方では、普通の人に看守の制服を着せたら、なりきって偉そうにしたそうです。反対に囚人の服を着せたら、看守役の人にペコペコしたらしいです。人の感情って単純のようで複雑なんですね。
私が華純さんに説明したら、ちょっと安心したようです。
「本当に病気なら気兼ね無くスピードを出して、もう村立病院に着いてるかもね」
「あっ、はい…… それじゃ、もう引き返しても良いですか?」
「ううん、徳間先生に用事があるから」
そして、村立病院に到着しました。
「お疲れ様です」
「あれ、飛鳥どうしたの! 華純も?」
休憩中の慶子先輩から訊かれてしまいました。
「あの、徳間先生は、まだ地域医療ですか?」
私がそう訊くと…… 奥の部屋から徳間先生が顔を出して来ました。
「あっ、今村先生わざわざすみません。夕方に診療所へ行こうと思っていたんですけど……」
「いえ、ちょっとついでがありましたので」
私がそう言うと、今度は華純さんがちょっと恥ずかしそうです。
「華純、どうかしたの」
慶子先輩が不思議そうに訊きますけど……
「あっ、何でもないです」
「徳間先生、その後眠れてますか?」
「うーん、深夜一時くらいまで起きています」
「その後は熟睡出来ていますか?」
「うーん、眠りは浅いかな…… だからお昼を過ぎると眠いんですよ」
うーん、思っていたより大丈夫そうかな…… 私はもう少し深刻に思ってましたけど、でもほっとけないです。
「徳間先生、これを試してみてください」
私はお薬を処方しました。
「これは?」
「これはレンドルミン ベンゾジアゼピン系のお薬をもう少し弱くしたものです」
「レンドルミンは作用時間が短いんですよね」
「はい、先生の場合はそれで良いと思います」
「そうか、良かった。ありがとう」
徳間先生は嬉しそうですね! まあこれで、少しは改善出来ると思います。私も経験ありますけど、軽度の睡眠障害にあまり薬品は使いたくないですからね! 駄目な場合はその時考えましょう。
「ところで飛鳥、晴翔君はどうだったの?」
先輩からそう訊かれた時でした。
「晴翔君って、昨日ここで騒ぎを起こした男の子だろう?」
徳間先生は、ちょっと困惑してるみたいです。
「はい、彼は解離性同一性障害でした」
「DIDか……」
「はい、でも交代人格が主人格に危害を与えようとはしてないので、今のところは大丈夫だと思います」
交代人格が割り込んで出て来るのは問題ですけど……
「それよりも、三河郷の朝田大和さんの方が私は心配です」
「えっ、朝田大和って朝田建設の社長だろう。何があったの?」
「はい、朝田さんはアルコール依存症です」
「なんだって!」
「診療所に精神科医の先生がいるって誰かに訊いて来院されたんですけど」
喋ったのは、ほぼ女将さんで決定ですけど……
「症状は?」
「昼に来られた時は、両手が小刻みに震えていました。でも、お酒を飲めば止まりますと本人が言っていました。普段から一升くらい飲むそうですよ」
「それは困りましたね……」
徳間先生は腕組みをしながら首を振っています。
「本当は一度入院してアルコールを抜いた方が良いと奥さんに言ったんですけど……」
「まあ、いきなりは無理かも知れないな」
『プルプルプル……』
私のスマホがなりました。きっと、雫からです。
「もしもし雫、あと少ししたら診療所に戻るから」
『先生、お客様なんですけど……』
「お客様?」
『はい、橋本大学の桐生さんです』
桐生先生がどうして……
「うん、解った、すぐ戻るから」
私は電話を切りました。
「飛鳥、どうしたの?」
「診療所に桐生先生が来てるそうです」
「あっ、そう…… もう来たんだ」
あっ、慶子先輩に逢いに来たんですね。
そういう事で、私と華純さんは診療所へ戻りました。
「よう今村、元気にしてたか!」
そこには桐生先生が診察室の椅子に座ってコーヒーを飲んでいました。
「先生、ご無沙汰しています」
「結婚式に参加出来なくてすまなかったな」
「いえ、慶子先輩に先生の分まで祝ってもらいましたので」
「まあ、違和感のある結婚式を体験してみたかったけどな」
桐生先生、それは言わないで! 周りは違和感かも知れないけど、私は楽しく幸せでしたから……
「あっ、飛鳥先生お帰りなさい!」
「遅くなってごめんね、患者さんは来なかった」
「二人くらい来ましたけど、桐生先生に診て頂きました」
えっ、そうなの!
「先生、ありがとうございます」
「うん、良い暇つぶしになったよ。カルテは書いているから」
「あっ、はい」
「ところで今村、この辺にスーパーとかあるのか?」
「いえ、無いですけど」
「そうか、慶子から秋刀魚を買うように言われたんだが……」
えっと、それってお遣いですよね…… それとも遣いっパシリ? 慶子先輩に結構敷かれているような……
「先生、移動販売のバスが来ますのでその事だと思います」
「あっ、なるほど、バスがどうとか言っていたからそういう事か!」
それじゃ、今日もみなさんで食事ですね!
夕方、慶子先輩も戻って来て、今からみんなで食事です。今日の夜ご飯は秋刀魚の塩焼きです。
「こうやって食事をするのも自転車部の時以来だな」
「最近は自転車部でツーリングとかしないんですか?」
「うん、昔ほどじゃないかな…… 慶子や高木、中山がいた時が全盛期じゃなかったかな」
そうですね…… 私達もあまりやってなかったような……
「正樹君は秋刀魚と焼き茄子が好きなんだよね」
ま、正樹君! ですか……
「えーっ、美味しいだろう」
「美味しいけど、私は作るのが専門だったかな! 今日のも美味しいでしょう」
はあー、なんだか惚気られてるようです。ご馳走様です。
そんな話をしている時でした。
『バーン!』
「先生、助けて!」
診療所の戸を乱暴に開けて入って来たのは朝田静子さんです。
「朝田さん、どうしたんですか?」
その時、またもや乱暴に戸を開けて入って来たのは朝田大和さんです。
「おまえらみんなで俺の事を馬鹿にしやがって!」
大和さんは奥さんに殴り掛かってきました。
「危ない!」
そう言って桐生先生が奥さんを助けましたけど、今度は雫に向かって来ました。
「雫、危ない!」
私はそう叫んだのとほぼ同時に朝田さんの足を引っ掛けて倒し腕を逆に捻り上げました。普通だと痛くて大人しくなるはずですが……
「やめろ! 離せ! やめろ!」
あまり痛みを感じていないみたいです。
「雫、鎮静剤を打って!」
「えっ、なんですか?」
「鎮静剤を早く!」
「あっ、はい」
私がそう言うと雫は急いで鎮静剤を打ち動きを封じました。
「はーあ、これで取り敢えずは良いですけど……」
「おまえ何をした! くそーっ、みんなして俺を馬鹿にしやがって」
「馬鹿になんかして無いでしょう」
静子さんはそう言いますけど……
「みんなで俺の悪口を言って笑ってるじゃないか! くそっ、うううっ……」
鎮静剤が効いたようですね、しかしかなり症状は進んでいたようですね。
「先生、どうなっているんですか?」
「アルコールが切れかかっていて、イライラだけでなく、幻聴や幻覚が見えていたかも知れません。とにかく医療センターに入院してもらいます」
明日、医療センターに迎えに来てもらった方が良さそうです。
アルコール依存症は病気です。実際に今回のような事を起こした人は多いようです。お酒を飲んでも味を不味くする薬もあるそうですけど、まずはアルコールを抜く事が先決らしいです。