6 イマジナリーフレンド
お待たせしました第6話を更新しました!
晴翔君の異変に気付いた私は診療所に呼び出しカウンセリングをする事にしました。
私は晴翔君と別れて診療所へ戻って来ました。
「飛鳥先生お帰りなさい! しゃぶしゃぶ、すぐに準備しますね」
「えっ、まだ食べてなかったの?」
「いえ、先生の分だけですよ! 他の人はもう終わってますから」
雫はそう言いながら鼻歌混じりで準備をしています。
「飛鳥お帰り、晴翔君とは逢えたの?」
慶子先輩も気になっていたようで、まだ診療所に残っていました。
「はい、帰り際にちょっとだけ話をしましたけど……」
「うん、どんな感じだった?」
「彼は解離性同一性障害だと思います」
「それって、晴翔君の中に複数の人格があるって事!」
「はい、晴翔君自身とは話せなかったんですけど、彼の中にいる樹という男の子、湊という不良っぽい男の子、凛という女の子と少しだけ話す事が出来ました」
「それって、どんな感じなの?」
「うん、話をしている間にも次々と入れ替わるの…… 口調も声質も一人一人違っていて、だから話をしていても変な感じというか不思議な感じ、なのかな……」
「それはイマジナリーフレンドって事?」
「そうですね、晴翔君と幼少の頃からの付き合いかどうかは判りませんけど、べつに危害を与えるような感じではなかったと思います」
「そう、それで治るの?」
まあ、先輩もそこが一番知りたい所なんでしょうけど……
「時間は掛かるけど、治るって聞いた事があります」
「そうか、でも飛鳥に出来るの?」
「解らないけど、ほっとけないじゃないですか! それに、私には主治医の上杉先生や赤十字病院の案西先生もいますので相談しようと思ってます」
「そうだね、私もそれが良いと思う」
まあ、症例はそんなに多く無いと思いますけど、頼れる二人の精神科医がいますので何とかなるでしょう。
その夜、ちょっと遅くなりましたけど上杉先生に電話しました。
「やあ飛鳥君、元気でやってる?」
「はい、遅くにすみません」
「いや、別に良いよ! どうかしたのかい」
私は晴翔君の事を相談しました。
「うーん、そうか、僕も以前症状の軽い患者とは会った事がある。その時はイマジナリーフレンドは一人だったんだが主人格と統合させるのに一年くらい掛かったかな」
「統合ですか…… イマジナリーフレンドをなくす訳にはいかないんですよね!」
「そうだね、元々主人格の一部な訳だし、危害を与えるような事はないんだろう! まあ、一度医療センターで診てもらった方が良いかも知れないよ、飛鳥君だけではなく、他の精神科医の話を聞くのも悪く無いと思うけどね」
そこで話は終わりましたけど、うーん医療センターに連れて行くにしても彼らが同意してくれるかですよね…… 案西先生にも相談をと私は思いましたけど今日はもう遅いので明日にでも相談する事にしました。
翌朝、私はえびす屋さんに来ています。昨日の患者さんの様子を見に来たんですけど……
「おはようございます」
「あっ、おはようございます。先生どうしたんですか」
「あの、女将さんは?」
「あっ、女将はちょっと用事が出来たとかで午前中はいないんですよ」
「そうでしたか、あの、昨日気分を悪くされたお客様の様子を見に来たんですけど」
「あっ、そうですか、そういう事ならどうぞ!」
許可を得た私はお客様の所へ行きました。
「あっ、先生おはようございます」
「おはようございます。ご気分はいかがですか」
「はい、お陰様でとても良くなりました」
見た感じ昨日とは比べ物にならないくらい顔色も良くなっています。点滴が効いたようです。
「先生、治療費はどうなっているんでしょうか?」
「健康保険証はお持ちですか?」
「はい」
「それでしたら保険証のコピーを頂いて三割負担で頂きます」
そういう事で、旅館のコピー機をお借りして保険証のコピーと治療費を頂いてえびす屋さんを後にしました。晴翔君とは朝に逢うことはありませんでした。
九時前に私が診療所へ来た時、晴翔君と女将さんが来ていました。
「あっ、おはようございます」
「飛鳥先生、晴翔は大丈夫なんでしょうか?」
「女将さん、この後診察をしますのでもうしばらくお待ち下さい」
そう言って私は診察室へ入りましたけど、どうして女将さんが……
「飛鳥先生、おはようございます」
「華純さんおはよう! 先輩は?」
「今日は村立病院です」
あっ、そうか、私が昨日そうでしたからね。
「飛鳥先生、患者さん入れて良いですか?」
「はい、お願いします」
「星野さんどうぞ」
華純さんが晴翔君を診察室へ呼びました。
「飛鳥先生、よろしくお願いします」
そう言って女将さんも一緒に入って来ました。
「はい、よろしくお願いします」
今日の晴翔君は大人しそうに無口です。
「あなたは晴翔君で間違いないかな?」
「はい…… 星野、晴翔です……」
「晴翔君、あなたの中にいる三人の人格は判りますか」
「はい…… 判ります」
「話をしたりしますか?」
「はい…… 僕の…… あの…… 知らない事を教えてくれます」
晴翔君が知らない事? それって……
「晴翔君以外の人格が表に出てる時は晴翔君は覚えてないの?」
「えっと…… 判りません……」
うーん、どうしようかな……
「それじゃ、樹君と変わってもらって良い?」
「はい」
「樹の前に俺と話をしようぜ!」
「湊、割り込むなって! 俺が呼ばれてるんだよ」
はあ、まったくどうしてこうなるのかな……
「湊君とは後で話をするからちょっと待って!」
「なんで俺が後回しなんだよ」
「それじゃ訊くけど、何故あなたはそこにいるの?」
「えっ、何故って……」
これでしばらくは静かになるかな。
「樹君、良いかな」
「はい、樹です」
「あなた達、表に出ていない時はどうなっているの?」
「あっ、それは部屋にいます」
「部屋?」
「はい、広い部屋にソファーがあって、大型のテレビがあります。その前に座った人が表に出れるんですけど」
「表に出ていない人はどうなっているの?」
「他のソファーに座ったりしてます」
まあ、人格がそういう風に感じているって事なのかな……
「晴翔君もそこの部屋にいるの?」
「はい、いますよ」
「やっぱり、ソファーとかに座っているの?」
「いや、晴翔は普段、膝を抱えて水槽の中にいます」
えっ、水槽の中?
「晴翔君と話をする事はあるの」
「水槽の中にいる時は無理です。たまに水槽から出て来て晴翔専用の椅子に座ります」
「晴翔君専用の椅子?」
「はい、晴翔が表に出る時に座る晴翔専用の椅子です」
私は訊いた話をキャンパスノートに書いていきますけど…… これでいいのかな?
「それじゃ、湊君に変わってもらって良いかな」
すると間髪入れずに……
「変わったぜ」
早っ!
「えっと、二週間くらい前に役場の窓口で大声を上げていたのは湊君?」
「役場?」
これは、私達が最初に村長さんにご挨拶した日のことです。
「晴翔が住民票を取りに行った時のことじゃないか! あの時おまえが遅いとか文句を言っていただろう」
「ああ、あれか! でもなんであんたが知ってんだよ」
「私もその場にいたからよ」
「えっ、俺達の他に誰かいたかな……」
何だか晴翔君が一人四役で喋っているのは不思議というか可笑しいですね!
「もう一度、晴翔君良いかな」
「……」
「あっ、はい……」
「先週の日曜日、晴翔君は川本市に行ってるよね」
「えっと…… 判りません」
「覚えていない?」
「はい」
晴翔君の記憶が無いとするとやっぱりあれは……
「それじゃ、凛ちゃん良いかな」
「あっ、はい、凛です」
「先週の日曜日に川本市に行っていたのは凛ちゃん?」
「はい、穂乃花さんと一緒に…… でも、何故知っているんですか」
「スカートを履いたあなたを見掛けたからよ」
「なんだ凛、おまえ一人で川本市に行っていたのか!」
「もう湊、割り込まないで! 今は私のターンでしょう」
「ちょっと待って、湊君と樹君は日曜日の記憶はないの?」
そうなると、ちょっと話が違って来るんだけど……
「先生、僕はちゃんと覚えていますよ! 湊の奴が忘れてるだけです。それに俺達も一緒ですから、表に出てないだけで……」
「えっと、今のは樹君で良いのかな?」
「あっ、はい。すみません」
人格も物忘れをするんですね……
「えっと、それじゃ……」
「飛鳥先生すみません!」
華純さんです。
「華純さんどうかしたの?」
「先生、患者さんが八人待合室でお待ちなんですけど……」
えっ、八人! こんな日に限って他の患者さんが多いんだよね…… 八人っていったら昨日一日の来院人数なんだけど……
「それじゃ晴翔君、あなたはここ一週間の行動をノートに記帳してもらって良いですか」
「あっ、はい……」
「それは、晴翔だけで良いのかよ!」
湊君も何か書きたいのかな?
「あっ、そうね、それじゃ凛ちゃんの日曜日川本市での行動を書いてもらって良いかな、湊君は別にいいわ」
「はい」
凛ちゃんは一言返事をしてくれました。
「雫、晴翔君に奥の机を準備して、そこで書いてもらうから」
「はい解りました」
そう言って雫は晴翔君を奥へ連れて行きます。
「飛鳥先生、私も晴翔のそばにいても良いですか」
「はい、良いですよ」
女将さんとそう話をした後、私は八人の患者さんを診ます。なんだか、久々に北総で外来をしている気分です!
十一時を過ぎた頃、やっと八人の患者さんの診察が終わりました。
「女将さん、ちょっとよろしいですか?」
「はい、私、ですか……」
「はい、女将さんは晴翔君の異変には気付いていたんですか」
「はい、でも、どうして良いのか判らなくて……」
女将さんは晴翔君の事を知っていたんですね。
「そうですか、あの凛ちゃんが言っていた穂乃花さんというのは?」
「あっ、私の妹です。凛とは仲が良いんです」
「えっと、女将さんの妹さんですか」
「はい、そうです。私が姉の麻子で妹が穂乃花です」
「そうですか解りました。ありがとうございます」
女将さんは麻子さんというんですね。普段名前では呼ばないから…… さて、ノート記帳は出来てるかな!
「晴翔君、出来た?」
「先生、私は出来たよ!」
凛ちゃんはそう言って私にノートを見せます。晴翔君は先に書いて引きこもっているようです。
「えっと、穂乃花さんの車で川本市街地に行って色々とウインドウショッピングをしたのね」
「はい、本当は洋服とかも買いたかったけど、着る機会がないのでやめました」
まあそうだね、これ以上晴翔君に女装させるのは……
「それで、お昼は繁華街のレストランで食べたんだね」
「そこまで知っているんですね」
「だって、同じレストランで食事をしたんだもん。凛ちゃんは座敷にいたでしょう」
「あっ、はい、見られていたんですね……」
「たまたまよ!」
ようやく凛ちゃんに納得してもらったようです。それで、晴翔君は……
『今日は旅館で仕事をしました』
『今日は旅館で仕事をしました』
同じ文字が続いてます。
「晴翔君は仕事の時だけ表に出てるの?」
「はい……」
そうか……
これで本日のカウンセリングは終わりました。まあ、一回目ですからこんなものでしょう…… まずはもう少し晴翔君に積極的になってもらわないと駄目かなとそう思い私はレクサプロという抗鬱薬を処方しました。
カウンセリングをして彼らの事が少し判ったような気がします。晴翔君を良くするためにはまず彼にもっと積極的になってもらわないと駄目かな……
この物語はフィクションです。