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6ー終 偶然の一致

「……オミオについて僕が語れるのは、こんなところでしょうか」

 ノリオさんの昔語りが終わった。私たちはその余韻に浸るように、しばらくの間無言でいた。

 最初に口を開いたのはヤツエさんだった。

「そのつもりはなくても、オミオくんはノリオさんの小説家の夢を諦めさせていたんですね……ちょっと残酷」

「結果的にはそうなりますかね。でも、僕は恨んではいません。今の仕事もやりがいはありますから」

「ノリオさんはお仕事は何を……?」

 私は聞いてみた。

「まだ言っていませんでしたね。僕は中学校で国語教師をしています」

 私はなるほどと納得した。これまでの話の内容からも、ノリオさんがその道を選んだのは推測できたかもしれない。

「僕の夢を奪ったのも『調色』だけど、前を向かせてくれたのも『調色』です。あの三年間でやったこと、考えたことは僕の基礎になっている。それは教師になれば活かせるのではないか。あとになって、そう捉え直せるようになったんです」

「ノリオは面倒見がいいから、教師になって正解よ」

「そうかな。だといいんだけど」

 ランの言葉にノリオさんが笑って返す。ランとの交わりがあったから、ノリオさんは夢破れても教師という新たな活路を見出すことができたのかもしれない。

「学校には本当にさまざまな生徒がいます。僕はひとりひとりの優劣を受け入れ、優劣に寄り添える教師であろうと心がけているつもりです。くじけそうになるときもあります。でも、こうして教師を続けていれば、オミオのような生徒が思いがけない作品を残す瞬間に立ち会えるのではないかと、ちょっと期待してるんです」

「私と同じだ。私がスクールカウンセラーになったのも、もう一度彼みたいな生徒に会いたかったからなんです」

「そうでしたか。つくづく、あいつは罪作りなやつです。僕たちはもうとっくに青春を終えた大人なのに、いつまでも青春にしがみつくことをやめられない。オミオに関わると、みんなそうなるのかな。オミオ離れできなくなるというか」

「オミオ離れですか……」

 ヤツエさんは静かに笑った。

「カナヅ高校でのオミオくんはまさにそんな感じでした。クラス全員から頼りにされて、いるだけで教室の雰囲気を明るくしてくれていた」

「そうですか。……なら、やりたいことは叶えられたようですね」

「やりたいこと? オミオくんがカナヅ高校でやりたかったことって、結局何だったんでしょう。私にはどうしても彼の本心が分からないままで……」

「『調色』のオミオのコメントを思い出してみてください。僕の話を聞いたうえで、もう一度あのコメントを読んでみると、彼の本心、やりたかったことが読み取れませんか」

「えっと……」

「なんだか、国語の問題みたいだね」

 ノリオさんとヤツエさんの会話を眺めていたロベールが思いついたようにつぶやいた。それを聞いたノリオさんが頷く。

「そうですね。僕もテストの問題を作ったりしますが……」

「……ごめんなさい。ここまででかかってるんですけど、言葉になりません」

 ノリオさんは穏やかに微笑んだ。

「オミオが『調色』に特別な思い入れを持っていたのは確かです。でなきゃもう一度作りたいなんて言わない。僕ら六人が調色編集委員として過ごした時間は、本当に宝物のような時間でした。オミオは、あの時、あの空間の僕たちの関係性を再現したかったんじゃないでしょうか」

「オミオくんは、理想的な人間関係を自分の手で築きたかった……?」

「ええ。だと思います」

「でも、それをカナヅ高校でやる必要はあったんですか? カノウ高校でもできたんじゃ?」

「ヤツエさん、今おっしゃったじゃないですか。自分の手で、と。カノウ高校には僕たち四人がいるから、つい甘えてしまうかもしれない。オミオは自分の力を試すためにも、あえて知り合いの少ない環境に飛び込んだんでしょう」

「そういうものですか……」

 再び沈黙が訪れた。いったん話に区切りはついただろうか。私はこれをチャンスとばかりに、さっきからずっともやもやしていることを尋ねてみた。

「あの……結局、ランのトラブルとは何だったんですか?」

 私はノリオさんとランの顔を交互に見た。二人とも特に言いにくそうな顔はしていなかった。

「それについて語るのは……他のメンバーに任せることにします」

「え? どうしてですか?」

「一人の人間がしゃべりすぎるというのもね。あとの人がしゃべることがなくなったら困るでしょう」

「そういうものですか……」

 気になって仕方がないので早く教えてほしいのだが、残りのメンバーに適任がいるということか。思わぬお預けを食らってしまった。

「いやあ、私が言い出したことだけど、こうして自分の過去が明かされるのって結構恥ずかしいものね」

 そう言うランの声は明るかった。ランのことだから、知られてまずいようなことはないのだろうが、それでもいたたまれない思いをしているに違いない。私だったら、過去の痛々しい自分を暴かれるのは耐えられない。

 でも、ここまでヤツエさんもノリオさんも惜しげもなく過去の自分を披瀝ひれきしてくれた。オミオくんがそうさせているのだろうか。二人がオミオくんから受けた影響は計り知れない。それぞれの仕事に就いた今でも、オミオくんの再来を心から待ち望んでいる。その気持ちは一致していた。

「まったく、オミオくんが素直に答えてくれたら、こんなまわりくどいことしなくて済むのに」

 ヤツエさんが大げさに溜め息を吐いてみせた。ノリオさんが「まあまあ」となだめる。

「あいつも照れくさいんでしょう。どうか分かってやってください」

 照れ屋なオミオくんは過去の自分の発言の解説などしたくないのかもしれない。ならば、残りの朝食会のメンバーからも話を聴く必要がある。彼を自白まで追い詰めるには、まだまだ証言が不足している。

 最終的にオミオくんと対面を果たしたとき、集めた証言が言い逃れを許さないものであれば、そのとき、オミオくんは、自らの真情をはぐらかさずに語ってくれるのだろうか。

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