6ー8 偶然の産物
私とランは少し早めにコロンボに着いた。
ランの中学の同級生で生徒会誌の編集委員だった人たちで構成される「朝食会」のメンバーとは、このコロンボで順に会って当時のことについて詳しい話を聞かせてもらうことになっている。
オミオくんがカナヅ高校の生徒会誌「穀粒」に残した謎のコメントの意味するところは何なのか、彼のことを最もよく知る人たちに意見を求めていきたい。
今日はその朝食会のメンバーの一人である男性と会う約束だ。その男性とヤツエさんが来る前に、まずはランにオミオくんとの思い出などを聞いてみることにした。
「ランは中学の時、どうして生徒会誌の編集委員になったの?」
「特に思い入れがあったわけじゃないわ。クラスで誰もやりたがらなかった役目を押しつけられたって感じだった。ただ……」
「ただ?」
「そこでヨネと親しくなれたのは、編集委員になってよかったと思えることのひとつね」
「ヨネっていうのは……」
「カノウ高校に進学した、のちのオミオの結婚相手。ヨネと私は全然違うタイプなのに、不思議と馬が合ってね」
「ヨネさんは、その時からオミオくんと付き合っていたの?」
「いいえ。あの二人が付き合い始めたのは高校に入ってから。でも、私は編集委員になった時からヨネがオミオに好意を寄せていたのは知ってた。オミオも意識はしてたはず。当時の私もこのまま二人の仲が進展していけばいいのになあって思ってたんだけど、オミオが進学先をカナヅ高校に決めたのを知ったときは驚いたわ。ヨネの気持ちはどうなるの? って。オミオなりの考えがあってのことだったんだろうけど……だから私は覚悟を決めたの。この高校三年間は、ヨネのために、オミオが悪い女遊びをしないよう常に目を光らせていようって」
「話を聞いた限り、オミオくんって相当モテたと思うんだけど……」
「言い寄ってくる女子はたくさんいた。そういう人たちに別の相手を紹介して、オミオから気を逸らすのが高校時代の私の役目だった」
「すでに結婚相談員みたいなことをしてたわけだね」
「そうね。知り合いが多くないとできない役目だったし、次第に友だちは増えていった。オミオにも言われたわ。結婚相談員になれば、って。私がいま、この仕事ができているのは、あの日々があったから」
「親友のためとはいえ、そこまでのことはなかなかできないよ」
「ヨネは特別。あの子の純情を守るためなら、自分の青春を捧げてもいいと思えた」
「そんなに大切な人なのに、結婚式に行かなくてよかったの?」
「私だって楽しみにしてたわよ。でも、あの二人もようやく結婚かあーって思ったら、なんだか気が抜けちゃってね。そのせいなのかは分からないけど、結婚式当日に高熱が出て……仕方なく欠席したの」
「気の緩みから来る風邪でも引いたのかな。肩の荷が下りて安心したんだろうよ。それだけヨネさんのために頑張ってた証拠だ」
カウンター席に座っている私とランの目の前で静かに話を聞いていたロベールが口を挟んできた。いつもと比べてあまり発言しないのは、花粉症がつらすぎるせいらしい。
「ロベールも協力してくれる? この前のヤツエさんの話、聞いてたよね」
「もちろん。今回の謎も興味深い」
ロベールが鼻をすすりながら答えた。
とここで、コロンボの入り口のドアが開いた。
「遅くなりましたあ」
ヤツエさんの到着だ。しかし、彼女は一人ではなかった。見知らぬ男性を伴っている。
「こんにちは、ヤツエさん。もしかして、その方が……」
男性が会釈した。
「初めまして。ノリオと申します。ランと同じ、朝食会のメンバーです」
ノリオさんは明るく気さくな笑顔でそう挨拶した。私は何をしている人なのか気になった。
「さっきそこで会ったんです。もしかしてと思って話しかけたら、やっぱりランの知り合いで」
なるほど。さすがはランだ。
「お忙しいところ、すみません。わざわざ来ていただいて」
「いえ、いいんです。僕もオミオが残した作品には興味があったので」
作品か。あのコメントは作品なのだろうか。
「ノリオ、久しぶりー。例のものは持ってきてくれた?」
「ああ、ランか。もちろん持ってきたよ」
ノリオさんはトートバッグから何かを取り出そうとした。
「ノリオさん、まずはお掛けください」
私はカウンター席を勧めた。ノリオさんは私とヤツエさんの間に、ランは私の隣に座った。
「これですね」
ノリオさんはさっき取り出そうとしたものをカウンターの上に置いた。ヤツエさんと私は身を乗り出して覗き込む。それは、ランとノリオさんの中学の生徒会誌のようだった。表紙の題字には「調色」とある。
「調色……」
ヤツエさんが低い声でつぶやいた。きっと私と同じ思いだろう。遠く霞んでいた景色が、わずかに見えたような。
「これを、ランやノリオさんが作ったんですか?」
ヤツエさんが質問する。ノリオさんは首を振った。
「いえ、これは僕たちの卒業年度の号だから、三年生である僕たちは関わっていないですね。僕たち朝食会が『調色』の編集委員をやったのは中学二年生の時です。見てほしいのは、これです」
ノリオさんは三年生のクラス紹介のページを開いた。「穀粒」と同じように、生徒ひとりひとりのコメントが載っている。コメントのテーマは「将来の夢」。ノリオさんはオミオくんのコメントを指差した。
「朝食を皆んなと作りたい」
これを読んで、私とヤツエさんはしばらく考え込んだ。どういう意味だろう。単純な文章だが、今の私たちには意味深なものに思える。そのままの意味でとらえることができない。オミオくんの言いたいことは何か。つかめそうであり、余計に分からなくなったような気もして心の中がもどかしさでいっぱいになる。
「誤植……ではないですよね?」
私が聞くと、ノリオさんは吹き出した。
「最初見たとき、僕も同じことを思いましたよ。どうやらそうではないみたいです。でも、これがきっかけとなって、僕たちは朝食会を結成したんです」
「ノリオさんは、これをどう解釈したんですか?」
ヤツエさんが尋ねた。
「そうですね……。すみません、その前に僕にも『穀粒』を見せてもらってもいいですか?」
「ああ、はい。どうぞ」
ヤツエさんが鞄の中から「穀粒」を取り出し、ノリオさんに手渡した。ノリオさんはオミオくんのコメントを読んだあと、しばらく考え込んでいた。
「なるほど……」
「何か分かりました?」
「いや、『調色』のことを知らない人からしてみれば、ちょっと何を言っているのか分からないですよね。どうやらこの言葉の意図を汲み取るには、始まりを知っておく必要がありそうです。お話ししましょう。僕たちが過ごした中学時代のこと、『調色』がどのようにして作られたのかも。そのうえで考えましょう。オミオの言う『朝食』とは、何を指しているのか」




