6ー5 偶然の産物
「……というわけで、オミオくんは高校時代からの愛を一途に貫き通し、晴れてその彼女と結ばれましたとさ。めでたしめでたし」
語り終わったヤツエさんの態度はあっけらかんとしたものだった。もう執着はないということだろうか。私はどのような言葉をかけるべきか、しばし迷った。
「美談と言えば美談ですけど、ヤツエさんにとっては、やりきれない、報われない話ですよね」
「あ、モナミさん、私の味方してくれるんだ。優しいね。でもね、先日の結婚式で私、オミオくんに聞いてみたの。一瞬でも私に心が傾いたことはなかったのかって。そしたら彼、こう答えたの。浮気しそうになったことは何度かあったって」
「じゃあ、ヤツエさんのアプローチも、少しは効いていたんですね」
「でも、その度にランにダメだからねって、釘を刺されていたんだって」
「え? ラン?」
「ん? モナミさん、ランを知ってるの?」
「ランって、あの友だちが多いラン?」
私たちがそれぞれ思い浮かべたランは同一人物なのか。その確認のために、ヤツエさんはアルバムの三年二組を紹介するページを開き、クラスメイトの顔写真の中から一人の女子生徒の顔写真を指差した。
「この子がラン」
私はその写真をまじまじと見つめた。なんとなく、私の知っているランの面影があるような気がする。はっきり本人だと断定できないのは、普段あまり見ることのない澄ました顔をしているからだろうか。
「ここにも写ってる」
ヤツエさんは体育大会のページも開いた。体操服姿の二人の女子生徒を写した写真があった。このうちの片方がランだという。
カメラに向かって笑顔でピースしている姿を見て納得した。このころ特有の屈託のなさが見受けられるが、間違いない。ランだ。明るい笑顔はこの時から変わらないのだな。
「確かに、いまレイダンで働いている私の同僚のランです」
「ほんとに? ランも文系コースだったの。オミオくんとは同じ中学だったって言ってたな。そっかー。結婚相談員になったんだ。結婚式には来なかったから……」
私はヤツエさんの青春にランが関わっていることに驚きつつ、感心していた。本当に、どこまでランの顔は広いのだろう。この国でランの知り合いでない人なんていないのではないか。
「ねえ、今日ランっている? せっかくだから聞きたいことがあって」
「あいにく、今日は休みでして」
「そう……」
ヤツエさんは旧交を温めたかったのだと思われるが、今回はタイミングが合わなかった。彼女の入会の意思は変わらないとのことなので、最後にもう一度、次回の面談までに必要な書類を確認し、この日の面談を終了した。
その日の夜、私は電話でランにヤツエさんの訪問があったことを伝えた。
「あー……ヤツエかあ……」
「え、どうしたの?」
「私、あんまり仲良くなかったのよ。もしかして、ヤツエの口からオミオの話は聞いた?」
「うん。彼女がどれだけオミオくんのことを好きだったのか、伝わってきた」
「すでに恋人がいるっていうのに、しつこかったのよ。ことあるごとにオミオを誘惑して」
「誘惑って……」
「ヤツエ、今何してるって?」
「スクールカウンセラーだって」
「スクールカウンセラー? どこの学校で?」
「それは聞かなかったけど……」
「ふうん……」
「もしかしてラン、ヤツエさんに会いたくないの?」
「そこまでじゃないけど……どうして?」
「ヤツエさんがランに会って聞きたいことがあるって。ランが出勤する日、教えちゃった」
「聞きたいことねえ……」
ランが他人に対してここまでイヤそうな反応を示すのはめずらしい。高校時代のヤツエさんがそんなにいけ好かない人物だったとは、今の様子からは想像できない。
「考えないようにしてたけど、私もヤツエと向き合う時が来たのかも」
ランは通話を切る際、そう言った。高校時代を共に過ごしたのだから、それなりに思うところがあるのだろう。二人が顔を合わせても、思い出話に花が咲かないことは、なんとなく予感できた。
ヤツエさんの入会手続きは二回目の面談で滞りなく完了した。これからお見合いを申し込んだり申し込まれたりするわけだが、果たして彼女の婚活はどのようなものになるのだろうか。「オミオくんのような人」を求め続けるのか、それともその理想にきっぱりと別れを告げ、全く違うタイプのパートナーを選ぶことになるのか。まだまだ見通せなかった。
私もオミオくんについてもっと理解を深める必要があった。そのための足がかりとなるかは分からないが、まずはヤツエさんとランを会わせてみることにした。
「モナミさん、ありがとうございます」
「いえ。私も精一杯ヤツエさんの婚活をサポートさせていただきます」
「それもあるけど、ランとの面会を取りつけてくれて」
「ああ、はい、そうですね……」
私はランの反応を思い出し、言いよどんでしまった。
「あの……提案なんですけど、場所を変えた方がいいですよね? 相談室を長時間占拠するかもしれないし」
「なるほど。お気遣いありがとうございます」
「どこかいい場所知りませんか?」
私にはすぐに思いつくところがあった。
「この近くにコロンボというカフェがあります。では、私たちの仕事が終わる頃に、そこで落ち合いませんか?」
ヤツエさんは私からコロンボの行き方を教わると、レイダンから帰って行った。
私にはたぎるものがあった。二人は関係があまり良くないみたいだし、私が率先して間を取り持たなければ。




