6ー4 偶然の産物
私は気になることを口にした。
「オミオくんは、周囲から浮いた存在だったんでしょうか」
ヤツエさんはくすっと笑った。
「あ、そんなふうに聞こえました? たしかに、誤解を招くような言い回しだったかも。全然、そんなことはなくて。私たちのクラスは、オミオくんがいたから、うまく機能していたんだと思います」
「クラスのまとめ役?」
「そんな感じ。私たちのクラスって、いわゆる落ちこぼれが集まるようなクラスだったんだけど、今にして思えば、彼が率先してクラスの雰囲気を良くしてくれていたんだなって。そのやり方がさりげないというか、ニクいというか。ふだん不真面目な生徒も彼を見習って授業態度を改めるくらい。実際、みんなの成績もあがったし。先生からの評判も良かった」
「利他の精神ですね。そんな人がいたなんて、うらやましいです」
「そうそう。私もやる気になってね。私、初めは四年制大学なんて行くつもりなかったけど、オミオくんに出会って考えが変わったの。一念発起して勉強して、スクールカウンセラーを目指して。私が今、この仕事をできているのはオミオくんのおかげ」
「勉強嫌いだったヤツエさんを改心させて、机に向かわせるほどの人柄だったんですね。スクールカウンセラーを志したのも、オミオくんの影響ですか?」
「そう。話せば長くなるけど……」
どうやらオミオくんには、人を惹きつけてやまない特別な何かがあるようだ。私ももっと彼のことを知りたくなっていた。いや、これからヤツエさんの婚活をサポートするからには、知っておいた方がいいと思われた。相談時間を超過することになっても、今は彼女の話に耳を傾けるべきだと判断した。
「ぜひ聞かせてください」
私がそうお願いすると、ヤツエさんは遠い目をしながら、昔語りを始めてくれた。
私が三年間通ったカナヅ高校は、受験する生徒の成績をそこまで重視しないこともあり、進学する中学生にとってお世辞にも学力のレベルが高いとは言えないような高校でした。
ですが、非常に興味深い人たちが集まる傾向がありました。勉強ができても態度のせいで通知表の評価が悪かった人、家から近いという理由だけで選んだ人、強豪チームでスポーツを頑張りたい人……。私が出会ったのは、成績優秀ではなくても、非常にバラエティに富んだ個性を持つ人たちばかりでした。
オミオくんとは二年生から一緒のクラスになりました。私たちのクラスは二組の文系コースで、文系に行くくらいなら一組の国際コースのクラスに行けと言われるほど、このコースは生徒たちから低く見られていました。
そんな二組には、勉強についていけないからとか、一組に入るためのテストに落ちたからというような、消極的な理由で入る人がほとんどでした。事実、私もそうだったから。私も国際コースが行う英語発表会をやりたくなくて、文系コースを選んだんです。
勉学に励むための環境が整っているとは言いがたい状況でした。学級崩壊とまではいかなくても、皆受け身で、主体的に何かを学ぼうとする気概が足りない。
でも、そんなクラスの雰囲気を変えてくれたのが、オミオくんだったんです。
それまでは、クラスには真面目に振る舞うことが馬鹿馬鹿しい、恥ずかしいといった空気が流れていたんです。例えば、授業中でも、クラスでの自分の立ち位置や、与える印象を気にしすぎるあまり、本来の自分を発揮できなくなるというようなことが起きていました。あんなふうに、嫌われたり、失敗したりすることを恐れたのは、自分に自信がなかったからなのでしょう。
その点、オミオくんはどんな時も堂々としていました。飄々、といった方が正しいのかな。男子からも女子からも好かれ、そんな人の特権というのか、先生に当てられてもうろたえず、のびのびと正解を答えていました。
オミオくんは勉強ができる人でした。でも決して嫌みたらしくなく、時には間違うこともあって、そこがまた彼の優しさ、配慮を感じさせる部分でもありました。
そんなオミオくんもスポーツは苦手だったようです。よくクラスの男子に運動音痴をいじられていました。
オミオくんがいるだけで、私たちは安心できました。格好よくて、裏切らない、どんな自分も肯定してくれる存在というのは、クラスに勇気と自信を与えてくれました。私たちは変わりました。課題も確実に提出するようになったし、先生の悪口を言うのも止めました。
クラスというのは、ひとりひとり目標は違っても、互いに支え合うチームなんだと、このとき気づきました。授業も先生一人が進行するものじゃない。それもオミオくんが気づかせてくれたことです。
そんなオミオくんに感化されて、私にも目標というものが生まれました。
私たちのクラスがうまくいった要因は何だったのか。
どうすれば、クラスのよい空気は醸成されるのか。
オミオくんのおかげで私の青春は素晴らしいものになったけれど、一方でそういう青春を送れない人たちも少なからずいる。充実した青春を送るためには一体何が必要なのか。
それを解明したくて、私は教育心理学が学べる大学に進学することを決めました。
青春に悩みはつきものです。悩みを抱えた生徒の青春が少しでもよくなるように、ひとりひとりが輝かしい青春を送れるように、サポートがしたい。そういう思いで私はスクールカウンセラーを目指しました。ううん、それだけじゃない。もう一度、学校という場でオミオくんみたいな人に出会えることを、密かに期待する気持ちもありました。ひょっとしたら私が第二の彼を誕生させることができるかもしれない。オミオくんが示してくれた道理を守っていくこと、それが、オミオくんに出会えた、私が果たすべき使命だと感じたから、私はオミオくんとは別の道を行きました。
そう、本心を言えば、彼と同じ大学に行きたかったけれど……。
オミオくんには、二年生の時点ですでに県内で一番頭の良い高校と言われる、カノウ高校に通う彼女がいました。そのことを知っていても、私はオミオくんと共にいる時間を手放せませんでした。自分には魅力がないとは思わなかったけれど、いつか彼女と別れて、私に振り向いてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていました。
頭の良い子が好きなの? だったら私も勉強する。でも、カノウ高校に通う子になんて、とてもじゃないけど敵うはずがない……。
私はオミオくんのタイプじゃないの? だったらオミオくんの好みを徹底的に分析する。日常会話の端に上る、好きな芸能人や夢中になっている趣味から……。
オミオくんの高校時代を、誰よりもそばで見てきたつもりでした。それでも私は、彼の隣りに立つことはできても、恋人になることはできなかった。
卒業式の日、ついに私は、これまでの募る思いをオミオくんに打ち明けました。結果は駄目でした。あんなにいつも一緒にいたのに、彼が私に靡くことはありませんでした。
のちにオミオくんは、高校時代に付き合っていたその彼女と、結婚したんです。




