6ー3 偶然の産物
婚活を始めたいという三十五歳の女性から電話があった。「相談は無料です」と伝えたところ、「ぜひ訪ねたい」というので、面談の日時を決めて会う約束をした。
その日を迎えた。来談者の女性の名はヤツエさんという。職業は県内の高校でスクールカウンセラーをしているそうだ。
約束の時間になった。レイダンのエントランスに一人の女性が現れた。ヤツエさんと思われる。私はレイダンの概要を説明するための資料を持って、事務室を出た。私が姿を見せると、女性の方から声をかけてきた。
「こんにちはー。お電話を入れたヤツエです」
「お待ちしておりました。本日、レイダンの説明をさせていただく相談員のモナミです。それでは、どうぞこちらへ」
ヤツエさんを空いている相談室まで案内する。室内に通し、一人掛けの椅子を勧めた。部屋の中央にはテーブルがあり、私とヤツエさんでそのテーブルを挟むようにして席に着いた。
「それでは、私の方からご説明させていただきますね」
私は、入会時に必要な書類のこと、どれくらいの料金が発生していくか、そして成婚に至るまでどのような手順を踏むかなどを説明した。
ヤツエさんは途中質問したりしながら、熱心に概要説明を聞いてくれた。こうした説明は聞くのを嫌がる人も多いのだが、ヤツエさんはそんな素振りも見せず、むしろ内容を積極的に理解しようとしていて、普段から物事にそのような姿勢であることが窺われた。心根は誠実な人なのだろう。私にはそれが嬉しかった。
「……以上で、説明は終了です。ここまででご不明な点はございますか」
「いえ、よーく理解できました。ただ、不安があるとすれば……」
「何でしょうか」
「私の年齢かな。三十五歳って、どうも行き遅れな気がして」
ヤツエさんが心配する気持ちも分かる。レイダンの女性会員には二十代の人も多くいる。年齢が若い会員が婚活で有利になるのは言うまでもない。ヤツエさんは、そうしたライバルがいるなかで自分が選ばれるためには、よほどの理由がないといけないと考えているのかもしれない。
「その自覚があるのなら大丈夫だと思います。理想を見過ぎず、現実的に婚活を進めていけば、きっといい相手に恵まれます。それに私は、ヤツエさんは若い人にも引けを取らない、とても魅力的な女性だと思います」
「そうですか? うれしいな。ありがとうございます」
それまで、どこか曇っていたヤツエさんの表情が少し明るくなった。しかしそれも一瞬で、その表情はまた浮かない感じに戻ってしまった。そう簡単に気がかりは消えないようだ。
私は聞いた。
「どうでしょうか。入会してみますか?」
「入会はします。でもまだ、婚活がうまくいくか見通せなくて。理想を見ちゃいけないんですよね。私の身の丈に合った人って、どんな人なのか、いまいちピンと来ないというか。そもそも、そんな人がレイダンにいるかどうかも分からないし……」
「希望の条件を言っていただければ、それにあてはまる会員が何名ほどいるか、お調べできますが……。まずは検索してみませんか?」
「私のタイプの男性ですか? それだったらもう決まってます。私は、オミオくんみたいな人がいい」
「オミオくん?」
「私の高校の同級生。とっても格好よかったんです。あっ、ちょっと待ってください。今、卒アル出しますから……」
そう言うとヤツエさんは、光沢のある上質な紙でできた卒業アルバムを取り出し、開いてみせた。用意がいいな。
「ああ、これこれ。この人がオミオくん」
ヤツエさんが一人の生徒の顔写真を指差す。オミオくんという生徒は、さわやかな笑顔で写真に収まっている。
「ヤツエさんは、オミオくんとはどういう関係だったんですか?」
「まあ、友だち以上、恋人未満というか……。最後まで私は、彼と恋仲になれなかった」
「最後まで?」
「彼、結婚しちゃったんです。つい先日、結婚式に呼ばれて、行ってきた」
「ああ、だから、結婚相談所に入会しようと……」
「そう。もうやけくそです」
ヤツエさんが婚活を始めようと思った動機が判明した。それにしても、ヤツエさんがそこまで惚れていたオミオくんとは、どのような人物だったのだろうか。興味が出てきた。
「オミオくんは、どんなところが魅力的だったんですか?」
「一言では言い表せないかな。純朴なようで狡猾だったり、愚直なようでユーモアがあったり、世間知らずのようでいて、どこか達観していたり……。でも、温かい人でしたよ」
「うーん、分かるような分からないような……」
オミオくんとは、相反する性格を同時に併せ持つような、つかみどころのない人物だったのだろうか。
「懐かしいなあ……」
ヤツエさんはアルバムをぱらぱらとめくった。一通り眺めたのち、アルバムの向きを変えて私にも見せてくれた。
あるページを開いた。卒業生の学校生活を切り取った多くの写真がページを埋め尽くしている。写真の量でいうと、体育大会や合唱コンクールなどの行事の様子を記録したページも負けてはいない。どの写真にも生徒たちの横溢する若いエネルギーが閉じ込められていた。




