6ー2 偶然の産物
「ラン、モナミ、ちょっといいかい?」
ある日の昼休み、私たち二人はレイダンから外出しようとしたところ、代表に呼び止められた。
「どうしました?」
「いやなに、君たちに相談があってね……。娘のことなんだが」
「娘さん?」
「うちの娘が大学受験を控えているのは知ってるね? どうやら、それで相当ストレスを溜め込んでいるようなんだ。家族として何かできれば、と思うんだが……何しろ私は、いまどきの高校生の女の子がどうすればストレスを発散できるのか分からなくてね……どうすればいいと思う?」
「いまどきの子の受験のストレスですか……」
私は代表の娘さんと面識はないし、年も離れすぎている。そんな私の意見が果たして参考になるだろうか。
ランが答えた。
「そうですね……私なら、気の置けない友人とたくさんおしゃべりをすれば、気分もすっきりしますかね」
なるほど。いかにもランらしい。
「おしゃべりか……。受験の悩みを分かってくれる人と話せればいいんだろうけど……。モナミはどう思う?」
代表の目が私に向けられた。しょうがない。自分の経験を言おう。
「ストレスを忘れられるような、非日常を体験することでしょうか。例えば、雄大な自然の中に身を置いて、どこまでも遠くを眺めたり。広い世界を見れば、気持ちにも余裕が生まれて、いい気分転換になると思います」
「それもいいね。……分かった。ありがとう。参考にさせてもらうよ。時間を取らせて悪かったね」
代表は事務室の自分のデスクに戻っていった。少しは役に立てただろうか。私たちは顔を見合わせる。
「親って大変だね……」
「そうね……」
まさかのどかな昼休みに代表にこんな相談を持ちかけられるとは予期していなかった。代表には悪いが、今の私はお腹が空きすぎてご飯のことしか考えられない。まだ時間はあるか。たまには足を伸ばしたかったのに、今から昼食を食べに行くとなると、近場で済ませるしかない。
迷ったら、あそこだ。私たちは結局いつものように、近所にあるカフェ「コロンボ」に行くことにした。
その日の業務終了後、事務室にて、隣の席のランが得意顔で話しかけてきた。
「私……思いついちゃった」
「何を?」
「お昼の代表の相談のこと。モナミと私の案、両方とも同時に実現できそうな名案」
「え、本当?」
そういえば、コロンボにいる間、ランはどこか上の空だった。まさかあれからずっと代表の悩みを解決する策を考えていたのか。代表のために、そこまで……。私はご飯のことしか頭になかった自分を恥じた。
「なになに。聞かせて」
私が促すと、ランはいたずらを思いついた子供のように笑った。
「何だと思う?」
「何だろう……自然の中でおしゃべり?」
ランはわざと私をじらして、なかなか答えを教えてくれなかった。本当は今すぐ言いたくてたまらないくせに。
「それは……バーベキューよ」
「バーベキュー?」
「私、毎年この季節に仲間と集まってバーベキューやってるの。『朝食会』っていってね。それにキィちゃんを誘おうかなって」
ああ、代表の娘さんって、キィちゃんっていうんだ……。だが私は、それよりも「朝食会」という会の名前の方が気になってしまった。
「朝食会? 朝からバーベキュー食べるの?」
「ちがうちがう。朝食会っていうのは……」
私たちが話し込んでいる間に、事務室から人がいなくなっていく。もう残っているのは私とランだけだろうと思ったとき、不意に誰かの気配を感じて、背後を振り返ると、そこには代表が立っていた。私は驚いて声をあげそうになった。
「二人とも、ちょっといいかい?」
「なんでしょうか」
ひょっとして、今の話が聞こえていたのだろうか。
「ほら、もうすぐミカが産休に入るだろう?そこで、彼女が元気な赤ちゃんを産めるよう、何かしてあげたいなってことになってさ。ささやかだけど、皆からのメッセージを集めた寄せ書きを贈ることにしたんだ。よければ、君たちもこの色紙にメッセージを書いてくれないかな」
「ああ、ミカちゃん。ええ、もちろんです!」
ミカちゃんは私たちの同僚の結婚相談員だ。最近、大きなお腹が目立つようになってきた。私は出産の経験はないが、どんな励ましの言葉を書こうか。見れば、色紙にはすでにメッセージがびっしりと書き込まれている。
「君たちが最後だよ。何やら話し込んでいたから、後回しにしたんだ」
あなたのことを話していたんですよ! と心の中で突っ込んだ。ランがバーベキューについて何か提案するかと思ったが、何も言及がなかったので、私も黙っていた。きっとまだ仲間に確認が取れていないのだろう。「朝食会」がどんなものなのか早く知りたい気持ちはあったが、今はメッセージに集中しなければ。
「何て書こうかなあ……」
「でも、感慨深いわね。そりゃあ、いつかは子供を産むだろうと思ってたけど……」
「ミカちゃんって、ランの仲立ちで旦那さんと結ばれたんだよね」
「ええ、私の知り合い。なんだか気が合いそうだったから、紹介したの」
「見事、くっついたわけだ。さすがだね」
代表がランを褒めた。
ランはとにかく、その交友関係が広い。誰とでもすぐ打ち解けるし、学生時代からその手腕を発揮して多くのカップルを誕生させてきたという。人と人との縁を結ぶ結婚相談員は、彼女の天職と言えるだろう。
「まさかとは思うけど、ランの知り合いとうちの会員を引き合わせたりしてないよね?」
代表が疑いの目でランを見た。ランはすかさず否定した。
「そんなことはしてないですよ! ちゃんと区別はしているつもりです。まあ、会員になってくれないかなーって、それとなく知り合いを勧誘したことはありますけど」
「よかった。安心したよ」
代表と同じように、その可能性を考えていた私もランがはっきりと否定してくれたので安心した。もし、ランがそんなことをしてことぶき退会者を続出させていたら、代表に白眼視されるだけでは済まないだろう。
それから私たちは、色紙のわずかな隙間にできる限り気持ちを込めて、丁寧な字でメッセージを書いた。
「よし、これでいいかな。じゃあ、私はもう帰るけど、君たちも早く帰りなよ」
そう言って代表は事務室を出て行った。
「私たちも帰ろっか」
「そうだね……」
帰り支度をしていたら、ふと先程のことを思い出して、ランに尋ねてみる気になった。
「そういえば、代表にバーベキューのこと言わなくて良かったの?」
ランは帰り支度の手を止めて言った。
「そうねえ……まだ、いいかな」
「まだ、とは?」
「まだ誘うべきタイミングじゃない。勘だけどね。私の勘は当たるから」
「そう……」
その後、自宅に帰ってから、改めてスマホでランに「朝食会」のことを尋ねてみたが、ランは「私に任せといて!」と言うだけで、それ以上情報を引き出せなかった。しつこく尋ねるのも悪い気がして、結局、この話の詳細は聞けずじまいになってしまった。




