5ー14
「……というわけなんです」
私はところどころ情報を共有しているランに補足してもらいながら、これまでの歩みをロベールと大師に説明した。さて、二人はどんな意見を聞かせてくれるだろうか。
まず、ロベールが口を開いた。
「本当に難しいケースだね。でも、よく婚活をこの段階に持ち込めたと思うよ。あと一歩じゃないか」
「ランがレイさんみたいな人を見つけてくれたから……」
「モナミがマノさんをずっと励まし続けてくれたおかげよ」
私たちはお互いをねぎらった。気を緩めてしまいそうになったが、マノさんは今も悩んで私からの返信を待っている。彼女が自分自身を納得させ、結婚に前向きになれるには、どんな言葉をかけたらいいのか。
私は直前に送られてきたメールの内容を明かした。今度はジョー大師が何か言いたそうな反応を示し、口を開いた。
「呼び方の問題か……その気持ちは痛いほど共感できる」
「なぜ?」
「拙僧も物心ついた頃より自分の一人称が定まらなかった」
「どういうことですか?」
「友だちと会話していてもなかなか『俺』や『僕』と言えない……そんな子供だった。悩み続けてたどり着いたのが『拙僧』だった」
「『拙僧』にそんな訳が……」
「自分や相手のことを呼べないと、それだけで会話が制限されてしまう。彼女も苦しい思いをしてきたのだろう。ただ、家族と縁を切るのはどうかと思う。それがどんな深刻な悩みであっても、レイさんとの結婚を考えるからには、家族と絶縁などしてはいけない」
「なるほど、いわれてみれば、児童養護施設の職員であるレイさんは、親とつながれない子供をたくさん見てますからね……」
「レイさんとの結婚は、いいきっかけになるかもしれぬ。家族との関係に、逃げずに、向き合うための」
「なんだか、力強い言葉ですね。私だったら、離れて暮らした方がいいとアドバイスしていたかもしれません」
「何を隠そう、拙僧も実家とは絶縁状態にある」
「えっ、そうなんですか」
「本当だよ。大師の著書にそう書いてある」
ロベールが聞き流せないことを口にした。大師の著書は私も買ったが、まだ読まずにそのままにしてあった。
「大師のアドバイス、参考にさせていただきます」
「家族と縁を切った者が、人の縁を結ぶ仕事をしている……。滑稽であろう」
「ははは……」
私は否定できなかった。
「では、マノさんには絶縁は思いとどまるよう、もっとレイさんの立場になって考えてみてと伝えたらいいですかね……」
すると、ランが口を開いた。
「家族と縁を切りたいほど悩んでいるこの話を、レイさんにしてみたら? これまでもそうしてきたでしょ。レイさんならもっと頼ってほしいって言ってたし、喜ぶわよ。今までの彼を見てたらそう思う」
レイさんが意気込む姿が想像できた。マノさんとその家族を治療すること。おそらく彼はそれを自分の使命と感じ、そこに存在意義を見出そうとしている。
「家族はそんなにきれいなものじゃない。頭では分かっていても、拙僧はいつまでも幸せな家族に憧れを抱いている。現実は期待に添わぬことが多いが、家族はこうあるべき、自分はこうあるべきという理想をいったん手放して、実現可能なことから始めよう。たとえきれいにはならなくとも、きれいを目指す努力は続けなくてはならない。拙僧も、家族との融和は一生の課題だと思っている」
その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるようでもあった。大師のすさまじい経験を窺わせる、重みのある言葉だった。
私たちの作戦会議は、大師のその発言で締めくくられた形となった。
「なんだか、インスピレーションが湧いてくる気がします。大師のおかげでいい返信が書けそうです」
「それはなにより。拙僧も今日、同志がいることを知れて良かった」
マノさんのことを言っているのだろう。
「たいへん、もうお昼休憩終わってる。モナミ、早く戻らないと」
ランが慌てた様子で椅子から立ち上がり、帰り支度を始めた。
「ほんとだ。もうこんな時間。怒られるかな」
「代表なら、ここにいたことを話せば、許してくれるさ」
急いで帰ろうとする私たちに対して、大師は悠々と飲み物を飲んでいた。
「大師は帰らないんですか?」
「拙僧は、もう少しここにいよう」
「そうですか。ごゆっくり」
そんなにここが気に入ったのだろうか。私たちは改めて礼を告げ、コロンボをあとにした。
このあと、私はじっくり時間をかけて、マノさんに送るメールを作成した。それは、次のようなものである。
「そろそろレイさんと付き合い始めて二ヶ月が経つでしょうか。先日のメールの件、私の考えをお答えします。マノさんは、今、理想の家族の条件を尋ねられると、どう答えますか。ここで私が尋ねるまでもなく、今までレイさんとたくさん議論されてきたことでしょう。思うに、万全の状態で結婚できる人なんて、稀なのです。どの家族も何かしらの問題を抱えているものです。欠点を否定するのではなく、大切なのは欠点を克服しようとする意志を持ち続けることです。完璧じゃない自分を受け入れて、諦めなければ、道は拓けます。これまでは諦めていたかもしれません。でもこれからは、レイさんがいる。二人で、理想の家族を作り上げてみせてください。大丈夫。マノさんならできます。まずはご両親への挨拶、頑張ってきてください」と。
私の言葉は、マノさんの心にどこまで届くだろうか。




