5ー11
マノさんとのメールのやりとりは続いていた。ここまで、レイさんとの交際は順調に進んでいると思われた。
マノさんから「先生、レイさんは相変わらず優しいです。けれど、私はどうしてもその優しさに裏があるのではないかと不安になってしまいます。レイさんが言っていた『家族のことを一緒に考えてくれる人』というのも、ずっと引っかかっています。そういう人は、レイさんと同じ職場にいるだろうと思えるからです。レイさんが私を選んだのは、私を憐れんで、人助けしている気分に酔いたいからなのではないかと。だとしたらすごく嫌だな、と思います。レイさんが私を選んだ本当の理由は何なのでしょうか。これは怖くて本人には聞けません」と。
私は「順調にいっているときほど、そういう不安に取りつかれたりするものですね。レイさんの優しさがそういった憐れみの気持ちから来ているというのは、完全には否定できません。これは推測に過ぎませんが、レイさんが同じ職場、あるいは同じ職業の人を選ばなかったのは、自分がその人の隣にいる必要性を感じなかったからではないでしょうか。レイさんの周りにいる人はいうなればプロで、家族の問題の解決方法を心得ている人たちばかりなのだと思います。それよりも困っている人を助けたい。傲慢に映るかもしれませんが、レイさんがマノさんを選んだのは、自分を必要としてほしかったからなのでしょう」と送った。
マノさんから「先生の言葉、重く受け止めました。私がレイさんを頼ることで、レイさんが喜ぶなら、そうしてみようと思います。でも、いつまでも甘えていては、レイさんもうんざりして私から離れていってしまう気がします。どうすればいいでしょうか」と。
私は「こちらが一方的に頼るばかりでは、申し訳ない気持ちになりますよね。そのように感じるのなら、今度はマノさんがレイさんに何を与えられるか、考えてみましょう。依存状態から脱却して、対等な関係を築くために。大丈夫。マノさんならできるはずです」と送った。
マノさんから「先生、あれから私なりに考えました。私がレイさんに提供できるのは、自分の家族のことを話すことだという結論に至りました。少しずつですが、私の家族のエピソードをレイさんに話しています。レイさんは聴きながら、自分が働いている施設でも同じようなことがあったとか、その時はこんな風に対処したとか、施設でのエピソードを語ってくれました。こうやって誰かと家族の話題で意見を深めるのは初めてで、不思議と楽しい、と思えました」と。
さらに、つづいて「先生、レイさんと付き合い始めてそろそろ一ヶ月が経ちます。このタイミングで彼から切り出されました。僕は自分の子供がほしい。私の今の考えを聞かせてくれないか、と。以前の私なら、子供を産んで育てる人生なんて考えられませんでした。今は揺れています。彼の望みを叶えてあげたい気持ちもありますし、彼と一緒なら、子育てもうまくいくような気もするからです。それでも、私は決断できません。子供を幸せにする自信がないんです。家族の存在を疎ましく思い、憎みさえした私に、母親が務まるでしょうか。先生はどう思われますか」と。
私は「これまでの負の感情が、マノさんを迷わせているのですね。自分に母親の資格はあるのかと。でもそれらの感情は、子育てにおいて余計な感情だとは私は思いません。たくさんつまずいたり悩んだりしたマノさんは、人の痛みを知り子供に教えてあげられる、優しい母親になれると思います」と送った。
マノさんから「先生、温かい言葉をありがとうございます。レイさんにも言われました。無駄な経験なんて、ひとつもないと。そうですよね。こうして彼に会えたわけですから。二人の子供については、もっと話し合いを重ねて、前向きに検討していこうと思います」と。
そして、マノさんから「最近はレイさんと将来について話し合うことが増えました。結婚生活や子育てのことなど、かなり深いところまで突っ込んだ話ができています。二人の意見が一致したり、すりあわせる必要が出てきたり。例えば、私は子供には自分と同じ経験をしてほしくないと思う一方で、できれば、家族の非効率で、非生産的で、煩わしい部分も知っておいてほしいという思いがあります。レイさんは同意してくれました。子供にどこまで伝えるべきか。そこから始まって、優しい子に育つには親は何をすべきかとか、環境をどう整えたら良いのかとか、話は尽きることがありません。今はこんな時間に幸せを感じます。この人の隣で人生を歩みたいと強く思います。先生、私はもう結婚相手はレイさん以外に考えられません」と。
私は「二人の仲がどんどん親密になっていくのが分かって、こちらも嬉しく思います。どうでしょうか。ここまで来たら、次は互いの両親に会われてみては」と送った。
マノさんにとって、両親にレイさんを会わせることがどんなに気が重いことか、私は重々承知しているつもりだった。でもこれは避けて通れない道だ。マノさんも悩んでいるようだった。メールを送っても、しばらく返信がなかった。




