2-1 婿に来ないか
私がレイダン結婚相談所で働き始めてから一ヶ月が過ぎようとしている。この間、成婚者は一人も出ていない。それどころか、契約期限が来ても更新しなかった人や、期限を待たずに中途解約して退会した人が何人も出た。その理由を尋ねてみると、会費が高すぎて払う気がなくなったとか、紹介された相手が条件にあっておらず、思うような婚活ができなかった、などというレイダンに対する不満が多く寄せられた。こうした声があがることは、むしろ良いことかもしれない。ここへ来て今のレイダンの及ばない点がはっきりと浮かび上がった。変わるときが来たのだ。
ある日の業務終了後、私は代表に呼び出された。私たち以外誰もいなくなった事務室で、代表は自分のデスクに座り、私はその前に立っている。代表はいつも飄々としているのに、この時は珍しく深刻な顔をしていた。やつれているようにも見えた。
「なんでしょうか」
「ついこのあいだ、会員が大量に退会したのを、覚えているね」
「はい」
「彼らを引き留める方法はなかったのか、また、今後このようなことを防ぐにはどうすればいいのか、それが知りたいんだ」
代表はずっと思い悩んでいたらしい。ここ最近、元気がないように見えたのは、やはりあの事件があったからだった。
「私が申し上げてよろしいのでしょうか」
「この報告書を書いたきみの意見が聞きたいんだ」
代表は私が初めて出勤した日に提出したあの報告書を取り出した。今思えば、あの時はただ認めてほしくて書き上げたので、こうして持ち出されると、恥ずかしさが込み上げる。
私は代表の顔へ視線を戻した。そこには代表の鋭い眼差しがあった。私は意を決して、自分の意見を伝えた。
「まず、私が実際に働いてみて感じたのは、会員のお見合い相手探しの精度を、もっと高められないかなと」
「というと?」
「プロフィールの項目を増やすべきだと思います。条件が少ないせいでしぼり込めないから、希望とかけ離れた相手を紹介してしまっているのだと思います」
「それは、報告書の内容にもあったね」
「それから、会員の入会時に身元を厳しくチェックする体制を整えるべきです。今は、素性が疑わしい人が多すぎます」
「なんとかなっていると思っていたよ。やっぱりまずかったか」
「無責任ですよ。現に、今の体制や高い会費に不満を訴える人が続出しているわけですから、多くの人が納得できるものに変えていかなければなりません。言わせてもらいます。今のレイダンは、真剣に結婚したい会員のために、手を尽くしていません」
「耳が痛いね。となると、まず取りかかるべきなのは……」
「プロフィールの書き直しです。会員ひとりひとりに呼びかけて、レイダンに来てもらう必要がありますね」
「これは明日から忙しくなるな」
心なしか代表の表情が緩んだように見えた。
しかし、レイダンではずっとこのような状態が続いていたのだろうか。
私は、ふと心に浮かんだことを代表に聞いてみた。
「そういえば、レイダンでは成婚率を公表してないんですね」
「してないね。そこはほら、察してくれ」
公表できないほど悪い、ゼロに近い。容易に想像がついてしまった。
「代表は、どうして結婚相談所の代表をやられているんですか?」
「私が代表じゃ、不満かい?」
「いえ、そんなつもりは……」
「とにかく、方針は決まったね。そうだ、この報告書をみんなにも配ろう。みんな、きみのやり方を学びたいはずだよ」
私は一瞬、どきりとした。私の意見は本当に受け入れてもらえるだろうか。これまでのやり方を変えるのは簡単なことではない。反発が起きたりしないか。いや、それを恐れていては、悪いやり方は変えられない。変えてほしいから、海外ボランティアが呼ばれたはずだ。期待された役割を果たさなければ、ここへ来た意味がない。
それから私たちは、レイダンの新しい姿を積極的に発信していこうという話になった。そのうちレイダンのことを見直して、戻ってくる元会員もいるかもしれない。
私の担当する会員も増えるだろう。いよいよ私も、本格始動だ。期待に応えるためにも、気を入れなおそう。最後に、代表はこうつぶやいた。
「この相談所にも、ようやく明るい兆しが見えてきたな」