5ー4
その日の夕方、私はかかってきた電話を手に取った。
「もしもし……」
声でマノさんだと分かった。
「もしもし、マノさん? 今日のお見合いはどうでした?」
一瞬の沈黙のあと、思い詰めたような声が返ってきた。
「……無理です。Aさんとは、もう会いたくありません」
私は途端に心配になった。
「ええと……何がありましたか?」
「……すみません、電話じゃなくて、直接会って話せませんか?」
「分かりました。いつがいいですか? 予約を入れておきます」
私は面談の日時を決めて、電話を切った。
うーむ、だめだったか。短い電話だったが、マノさんは明らかにAさんを拒絶していた。あのマノさんにそこまで嫌われるなんて、Aさんは一体何をしでかしたのだろう。お見合いって難しい。
その面談の日を迎えた。レイダンの相談室Bで、私はマノさんと向き合い、彼女からお見合いの一部始終について聞いた。
「……Aさんとは、仕事や趣味の話から始まって……。そのあと、僕たちが結婚したらどうなるんでしょうね、って話になったんです。私が二人で力を合わせて生計を立てて、それぞれの時間を大切にしながら、何事もなく穏やかな老後を迎えたい、といったら、Aさんは、どうしてその年齢で子供を望まないのか、と聞いてきたんです」
「ええ。マノさんが説得してみせる、とおっしゃっていたことですね」
「はい。Aさんを前にしたら、私は言葉に詰まってしまいました。この状況はイメージできていたはずなのに。多分ブレーキがかかったんです。私にとってこの問題は、初対面の人に話せるようなことじゃないから。結局私は、欲しくないから、としか言えませんでした」
「そしたら、Aさんは?」
「Aさんは、明らかに態度が変わりました。私を見下すように、あなたは子育てに向いてない、そんな人は一生結婚できないって」
「そんなことを言ったんですか!」
「はい……私、何も言い返せなくて。悔しくて……苦痛の時間でした」
「それは、傷つきますね……」
そんな人がレイダンの会員にいたなんて。今後の対応を協議せねばならないだろう。
「私、今後どうしたらいいんでしょう。お見合いするのが怖い……」
「Aさんのような人ばかりではないと思いますが……マノさんも、子供を望まない理由をうまく説明できればよかったかもしれませんね。マノさんの心の深い部分に関わる、触れてほしくない問題だとしても……どこまで相手に伝えるべきか、一緒に考えましょう。よければ、話していただけませんか? 私とも、まだ数回面談しただけですが……」
「話して、いいのかな……。ほんとに、個人的なことだから……」
「一人で抱えこまずに。話すことで楽になることもありますよ」
「じゃあ……」
マノさんはひと呼吸置いてから、なおも遠慮がちに話し始めた。
「私があんな条件を出したのは、ぜんぶ家族のせいなんです」
「マノさんの家族……ですか?」
「はい……。私は家族にさんざん嫌な思いをさせられてきました。今も、それは続いています」
「マノさんの家族について、聞いてもいいですか?」
マノさんはこくり、と頷いた。
「私は両親と祖父母、四人きょうだいから成る八人家族で育ちました」
「すごい。大家族ですね」
「そうでしょうか。私は四人くらいがよかった」
「家族の中で、何がありましたか?」
「もう、いろいろありすぎて……。とにかく私は、三世代同居や多きょうだいの悪い面を、いやというほど味わわされてきたんです」
「家族は嫌いですか?」
「嫌いです。毎日顔を合わせるのも辛い」
「結婚後に市外に住みたいのは、家族と距離を置きたいから?」
「そうです。容易に会えないところに、引っ越したいんです」
「一人っ子がいいというのは?」
「面倒な人間関係に、悩まされたくないから……」
「子供を作りたくない、と思ったのはなぜですか?」
「そうですね……私には二つ年上の姉、六つ下の弟、七つ下の妹がいるんですが……特に弟を見ていると、もしかしたら私が子育てしたら、こんな子が育つんじゃないかって思うんです」
「どんな弟さんなんですか?」
「お金にだらしなくて……私にも家族にも、いつも迷惑をかけています。私の接し方がよくなかったのかな」
「弟さんも、マノさんだけから影響を受けたわけではないと思いますよ」
「それはそうでしょうけど……弟も、今の私と同じような状況なんです。こうなったのもぜんぶ家族のせい。私が今、こんなにも生きにくさを感じるのも、家族が機能不全だったせい、そう思えて仕方がないんです」
「マノさんのその気持ちを伝えれば、今からでも家族は何か変わるのではないでしょうか」
マノさんは首を振った。
「今の私には、結婚して逃げるしか……」
マノさんは俯いた。
「すみません、陰気な話をして……。こんな話をお見合い相手にしたら、きっと引かれますよね……」
「いえいえ、話していただいてありがとうございます。私は引いてはいませんよ」
マノさんもこの話をしなくても済むのなら、ずっと黙っていたかったのだと思う。しかし、お見合い相手に彼女のことを理解してもらうには、今の話をすることは必要不可欠のような気もした。難しい。私はどう彼女を導けばいいのだろう。
「マノさんの家族に対する思いを打ち明けられて、なおかつ一緒に考えてくれる人がいたらいいんですけど……」
「そんな人、いないでしょう……」
マノさんは諦念をにじませた。だが、ここで私まで諦めてはならない。
「私に少し時間をください。信頼できる同僚とも相談して、いい人がいないか探してみます」
暗中模索だったが、まずランの顔が頭に浮かんだ。こういう時に頼りになるのがランである。




