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エントランスの自動ドアが左右にスライドし、コートに雪を付着させた女性が建物の中に入ってきた。約束の時間の五分前。入ってすぐのところで待ち構えていた私は彼女に歩み寄った。この時間帯の予約を取ってまだ来ていなかったのはあと一人だけで、それが彼女で間違いなかった。彼女は肩の雪を払いながら告げてきた。
「予約を入れたマノです」
「お待ちしておりました。私があなたの担当を務めさせていただきます、相談員のモナミです」
「よろしくお願いします」
「外は大変だったでしょう。こちらへどうぞ」
エントランスから入って左に少し進むと階段がある。私はマノさんとともに階段を上り、二階にある相談室に向かった。
いつも私が使う相談室Aがあるのだが、今回はたまたま扉に「使用中」の札が掛かっていたので、別の相談室Bを使うことにした。
マノさんを部屋に通した私は、彼女と向かい合って座り、ヒアリングを開始した。
「電話では、すぐにでも入会して婚活を始めたいと話されていましたが、その気持ちに変わりはありませんか?」
「はい」
「了解しました。差し支えなければ、どうしてそう思われるのか、お聞かせください」
「えっと……」
マノさんは困ったような表情を浮かべた。話していいものか、ためらいがあるようだった。
「それは……生活のためです」
「生活のため……。失礼ですが、マノさんはお仕事は何を?」
「私は、自宅近くのスーパーでレジ打ちをしています。でも、実家に居づらくなって……。出て行きたいんですけど、今の収入じゃ、とても一人暮らしできそうになくて」
「足りない収入を補うために、パートナーがほしい、と……」
「はい」
珍しいことではないのだ。雇用が不安定な国では人々はその対応策としてパートナーを作り、失業に備えると聞いたことがある。生活の基盤が整ってから結婚するのではなく、生活の基盤を整えるために結婚する、という考え方だ。
「結婚する前に、今よりも待遇のいい、別のお仕事に転職するというのは?」
「今は考えてないです」
「そうですか……」
どうしよう。マノさんの置かれている状況が気になるが……。
「当相談所を利用するにあたっては、入会金や月会費などが発生しますが……用意できますか?」
「なんとか。でもやはり余裕がないので……婚活する期間は一年間だけにしたいと思います」
「一年で相手が見つからなかった場合、実家を出るのは……」
「諦めるしかないですね……」
私は机の上でペンを走らせ、マノさんから聞き取った内容のメモを取った。
「ちなみに、そこまで実家を出たい理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
「ん……それは、個人的なことなので……」
「そうですか。すみません、余計な質問でしたね」
言いたくないこともあるだろう。マノさんの心に踏み込むのはまだ早すぎたようだ。でも、いつか心を開いて話してくれる日が来るといいな。
「では、レイダンの概要について説明に入りたいと思います。……と、その前に。希望の条件にあてはまる会員がレイダンにどれくらいいるか、調べてみましょう。マノさんは結婚相手に、どんな条件を求めますか?」
「そうですね……」
マノさんが提示した条件は、次のとおりだ。
年収四百万以上の男性、一人っ子であること、結婚後は二人だけで市外に住みたい、子供は希望しない。
私は手元のタブレットを取り出し、検索システムで探してみた。
「うーん……残念ながら、いませんね」
「そうですか……」
マノさんの表情が沈んだ。
「すべての条件に合う人はいませんが、どれかを妥協すれば、いそうなんですが……。どうしますか?」
「いないなら、私の思いに共感してくれる人を探して、説得すればいいと思います。その可能性はありますよね? だから、入会の意思は変わりません。レイダンで婚活させてください」
マノさんの入会したいという思いには迷いはみられなかった。いないなら作ればいい、か。彼女は意外と強情だ。条件を譲る気はないらしかった。いったいどういうつもりで、これらの条件を出したのだろうか。
しかし、この時の私には、マノさんが心に抱えているものを想像することは、まだ難しかったのだ。
この後、私は婚活の流れやレイダンのシステムについて彼女に説明した。この時点で入会を拒む理由はなかった。さらに手続きに必要な書類や資料を説明して、次回の面談で持参してもらったそれらの確認を行った。
特に問題がなかったので、入会の手続きに進んだ。身上書を預かり、検索システムに載せるためのプロフィールを作成した。
これでマノさんは婚活のスタートラインに立ったわけだ。すべてが彼女の希望通りにいくとは限らない。きっとすりあわせが必要な場面が出てくるだろう。彼女が実りある婚活ができ、幸せを見つけられるよう、最大限のサポートをしていきたいと思った。




