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1-4 幸せの国で、幸せ探し

 四日目。その日、相談所前を掃き掃除していた私は、遠くからこちらを覗う視線に気がついた。振り返ると、いつの間にか如意宝珠が私の背後に立っていた。

「あれっ。どうしたの」

「いや……昨日は怒鳴ったりしてすまなかった。そのことを伝えたくて」

「わざわざ謝りに来てくれたの。えー、ありがとう。私の方こそごめんね。あなたを傷つけたんじゃないかって」

「こちらこそ、取り乱して悪かった」

「ここじゃなんだから、中に入って入って」

 私は歓喜して彼を招き入れた。こういう一面もあったのか。

 でも、私の脳裏にはあのときの彼の痛切な叫びがこびりついている。あれは本心から出た言葉だろう。私の言葉や怒り方が彼のトラウマを呼び覚ましてしまったのかもしれない。

 私たちは相談室の席に向かい合って座った。

「ひょっとしてブログ見て来てくれた?」

「何のことだ?」

 見ていないのか。そうなると彼は誰に促されたわけでもなくここへ来てくれたのか。

「如意宝珠くんの言ってたゲーム、やってみたの。私はゲームの良し悪しは分からないけど、如意宝珠くんの言いたいことは、なんとなく分かった気がする」

「ノルブだ」

「え?」

「だから、本名。ノルブだ」

「本名じゃなかったの!」

 それは色々とまずいのだが、まあ、今回は大目に見ることにしよう。

「そうかあ。どうして急に教えてくれたの?」

「その……誤解を与えたままでは、いられなくなって」

 思いのほか、殊勝な答えが返ってきた。

「……そうだね。人と付き合う上では、重要なことだよね」

 ノルブにはいつもの勢いがない。反省しているからだろうか。

「ねえ、ノルブくん。今みたいに誠実に人と向き合えば、あなたを好きになってくれる人は必ずいるよ。どんな後悔があったって、悲観的になることはない。ここへ来る人だって、結婚に自信のない人はいっぱいいるんだから。諦めないで」

 ノルブはしばらく黙り込んでから、口を開いた。

「……ここに登録して、紹介された人に会うのも、悪くないかもな」

「ほんとに? じゃあ、本名で新しいプロフィール作っちゃおう!」

 私は用紙を渡した。数分後、ノルブは書き上げたプロフィールを私に見せた。


年齢 二十歳

職業 B大学 学生

趣味 音楽鑑賞

性格 図太い

結婚観 食べ物の好みが合う人と結婚できればいいと思う。


 新しいプロフィールは、なんともまあ毒気の抜かれたものになった。

「B大学……へー、学生だったんだ」

「休学中だが」

「……うん、じゃあ、次は写真だね」

 私はノルブを撮影室に案内した。カメラマンに引き合わせ、早速撮影を始める。あれだけ嫌がっていたのに、借りてきた猫のようにおとなしく指示に従う彼を見て、私は言い争ったのもかえって良かったのかなと思った。

「うん、きれいに撮れたじゃない。写真写りが悪いなんてことない。ばっちりだよ」

 私はカメラマンと相談して、一番よく撮れたと思う写真を彼に渡した。

 写真撮影は私からのプレゼントのつもりだった。最高の一枚を持ち帰ってもらって、彼の自信につながればいい。ノルブが休学中の学生と判明するまではお見合い相手を紹介するつもりでいたが、そうと分かった今、私にできるのはこれが限界だろう。

「じゃあ、次は入会金だな。いくら払えばいい?」

 私は意表を突かれた。

「えっ、用意できるの?」

 入会金は決して安くはない。ためらわず出すということはアルバイトでもしているのだろうか。

「……ああ。学費が返還になって……少し余裕があるんだ」

「へーえ、なんというか……そういうところは、しっかりしてるんだね」

 私たちは撮影室から相談室に向かった。その間、私は頭の中で次のようなことを考えていた。

 今のレイダンには複雑な手続きや審査がない。プロフィールと入会金さえあればどんな人でも入会できる状態だ。こんな状態を続けていくのはもちろんよくない。利用者のためには不審な人物を紹介するわけにはいかないし、何かあってからでは遅い。トラブルを防ぐためにも、早急に見直す必要がある。

 ノルブの場合はどうだろう。こうして入会金が払えても、結婚の適性があるとは言いがたい。彼のような定職も定収入もない入会希望者なんて、どう対処すればいいのだろう。やはり、入会させるのは……。そこまで考えたところで、私はさっき自分で言った一言を思い出す。

 あなたを好きになってくれる人は必ずいる。

 ひょっとして、ここで追い返すことは、やっぱりあなたを好きになってくれる人はいないと言うのと同じ意味にならないだろうか。

 一度だけ。そう一度だけ、彼のお見合いを組んでみよう。

「はい。入会完了。これからよろしくね」

 相談室の机の上で入会金とノルブに渡すつもりだった写真を受け取る。

「じゃあ、ノルブくん。あなたにふさわしい人を探しておくから、明日もまた来てね」

「……ああ。頼む」

 私たちは相談所の外に出た。外は日がすっかり西に傾き、気温もちょうどよく過ごしやすい。

 別れ際、ノルブはうやうやしく頭を下げて、街灯に照らされ始めた道を帰って行った。

 その背中を見送っていると、穏やかな気持ちに身を包まれた。彼との関係を修復できたことはもちろん、彼のありのままの自分に触れることを許してくれたようで嬉しかった。ようやく信頼してもらえた、のかな。

 彼が帰った後、私は事務室の自分のデスクで用紙に写真を貼り付け、彼のプロフィールを完成させた。それを眺めていると、じわじわと大変なことを引き受けてしまったという実感が込み上げてきた。

 彼に会ってくれる人は、果たしているだろうか。

 もし誰にも見向きされないなんてことになれば、また彼を傷つけてしまう。

 なんとかして、なんとかして好意を持ってくれる人はいるのだと証明しなければ。

 私が頭を抱えてうーうー唸っていると、今日のインターンシップを終えたカチュが話しかけてきた。

「モナミさん、お疲れさまです。モナミさんには何かとお世話になりました」

「お疲れさま。そうか、明日で最後なんだね。どう? 経理の仕事は」

「難しいですけど、やりがいはあります」

 ずいぶんと頼もしくなったなと思った。

「私、モナミさんのA国に行ってみたくなりました。どんなところなんだろうって」

「それはそれは。あっ、写真ならあるけど、見る?」

 私はスマホを取り出す。そのはずみで、ノルブのプロフィールがデスクから落ちた。カチュがそれを拾う。

「あっ、ごめん」

 カチュはそれを見ると、固まった。

「この人って……」

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