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「その社長、有名よね」
レイダン結婚相談所の事務室で同僚のランが私のパソコンを覗き込んで言った。
「今から会いに行くんでしょ?」
私は頷いた。
「ええ。代表を待ってるんだけど……」
とそのとき、事務室のドアが開いて代表が姿を現した。今朝、娘が高熱を出したため遅れるとの連絡があったので、心配していた。代表は白のマスクを着用している。
「代表! 娘さん、大丈夫なんですか」
私は席を立ち、代表に寄っていく。
「インフルエンザだったよ」
代表は疲弊したようすで言った。
「え! それは大変ですね」
「なんとか落ち着いたけど、それより、商談に遅れそうだ。すぐ出られるかい?」
「ええ。ですがそういう事情でしたら、向こうも分かってくれると思いますけど……」
時刻は正午をとうに過ぎている。私と代表は急いでレイダンを出て、社用車に乗り込んだ。代表の運転でゴールドフラワー本社へと向かう。
ゴールドフラワーからレイダンにその話が持ちかけられたのは、一週間前のことだった。現在開発中のマッチングアプリのテストプレイに、どうしても結婚相談所の協力を得たいらしい。電話に出た代表はとりあえず話を聞いてみることにした。今日がその詳しい内容を聞きに行く日だ。私は同行するよう頼まれていた。
普通なら経験できないような仕事に、緊張というより、わくわくしている。いったいどんな話が聞けるのだろうか。
約束の一時半の十分前に、車はゴールドフラワー本社に着いた。駐車場で車を降り、本社ビルの入口に向かう。
社内に入ると、まずは受付をめざした。受付には女性が一人座っていた。
「すみません」
「はい」
「レイダン結婚相談所のモナミと申します。本日一時半から、パウダー社長と打ち合わせをする約束なのですが」
受付の女性は笑顔で応じた。
「はい、お待ちしておりました。ただいまご案内いたします」
女性は私と代表をエレベーターの方へ誘導した。ボタンを押し、下降してきたエレベーターに三人で乗り込んだ。
「五階の第一会議室に向かいます」
女性が行き先を操作し、エレベーターは目的の五階まで止まらずに上昇した。五階に到着すると、開いたドアから廊下を進んで、第一会議室と書かれたドアの前まで案内された。
女性がノックすると、中から「どうぞ」と返事があった。
第一会議室はそこまで大きい部屋ではなかった。四つの細長い机がロの字型に並べられてあり、ひとつの机にすでに三名、着席していた。中央の席にパウダー社長、右隣に秘書のような女性、そして左隣には、なぜか僧衣姿の男性。どうやら待たせてしまったらしい。まずはお詫びを言わなければ。
「遅れてしまい、大変申し訳ありません」
私と代表が頭を下げると、パウダー社長と右隣の女性が立ち上がった。
「いえいえ、本日はどうぞよろしくお願いいたします」
私と代表は彼らの向かいの机に座った。挨拶を済ませると、次はお互いの紹介に移る。秘書女性が口を開いた。
「ご存知かもしれませんが、こちらが弊社社長のパウダーでございます。そしてわたくしは、今回のプロジェクトのリーダーを務めているロゼでございます」
ロゼという女性は秘書ではないようだ。いかにもばりばり仕事をこなしそうな人に見えた。
「そして社長の隣にいらっしゃるのは、今回のアプリ開発においてアドバイザーを引き受けてくださった、占い師のジョー氏でございます」
「占い師?」
場の視線が私に集まり、あわてて口を覆った。声に出てしまった。
ジョー氏が口を開いた。
「ご存知でないかな。拙僧、A新聞などにて、人生相談もやっており申す」
「拙僧?」
なんだか独特な話し方をする人だ。
「失礼。元坊主だったゆえ」
「はあ……」
変わったものを見るような目つきでいる私に、パウダー社長はにこやかに言った。
「僕たちは彼を親しみを込めて『ジョー大師』と呼んでいます」
「そうですか……」
とここで、我らが代表が口を開いた。
「あの人生相談はいいですね。拝読しております」
ジョー大師は満足そうに頷いた。
知らなかった。そんなに有名な人なのか。
とここで、私はこちらの自己紹介がまだだったと思い至る。
「失礼いたしました。こちらは、レイダン結婚相談所の代表のロックでございます。私は相談員のモナミと申します」
一通り紹介を終えたところで、パウダー社長が改まって言った。
「本日はお寒いなか、ご足労いただきありがとうございます」
代表が応じる。
「いえ。わたくしどもも、お話を聞くのを楽しみにしておりました」
「ありがとうございます。……ところで、風邪ですか?」
パウダー社長は代表のマスク姿が気になったのだろう。
「いや、娘がインフルエンザにかかってしまいまして」
「そうですか。ひょっとして、受験生ですか?」
「来年度です。社長と同じ、A大学志望なんですよ」
「それは嬉しいですね」
「工学部をめざして頑張っているのですが、実は御社の『進路相談アプリ』で薦められたのが工学部だったんですよ」
「ああ、あのアプリですか。それはますます嬉しいですね。あれは、A大学を志望する生徒を増やしたくて作ったアプリなんですよ」
「ちなみに私もやってみたところ、経済学部を薦められましたよ」
「ははは……」
パウダー社長の視線が私に移った。
「モナミさんは、弊社のアプリを使用したことはありますか?」
「えっと、そうですね……『シューパク』を少々」
「ああ、あれですか! あれは、弊社が初めて作ったゲームアプリなんですよ。グルテン率いるシナリオチームが頑張ってくれた。数字は、あまり伸びなかったけどねえ」
パウダー社長はロゼの方を向いて笑った。
「社長。そろそろ本題に入りましょう。貴重なお時間をいただいているのですから」
「失礼。話が脱線してしまいましたね。では、お手元の資料をご覧ください。プロジェクトリーダーのロゼから説明させていただきます」




