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3-終 隠蔽工作

「……以上が、メールに書いてある舞台の内容よ」

 場がしんみりとした空気になった。

「悲しいラストだね。エチュードは誰の助けも借りられないし、忠太郎はエチュードの決意を知らないまま、苦しみを抱えて生きていくわけだから」

 ロベールが沈んだ声で言った。

「それが、舞台はここで終わってるけど、この話にはまだ続きがあるそうよ」

 エチュードは決して孤立無援になったわけではなかった。演劇部の仲間、そして忠吉が彼女の支えになってくれた。彼らは何度もエチュードの両親を訪ね、熱心に説得を繰り返した。当初は忠太郎を激しく非難していた両親も、次第に認識を改め、娘の決断にも理解を示すようになった。両親の協力を得られたことは、エチュードにとって大きな安心材料になった。出産に際してどうしても不安や心細さがあったが、それ以上に支えてくれる人の温かさをひしひしと感じ、この若すぎる出産を乗り切る覚悟ができた。

 そして、エチュードは無事に元気な男児を出産する。幸い母子ともに経過は良好で、順調に退院することができた。

 再び学校に通い始めたエチュードは、闘志を燃やした。あとは、忠四郎の理解を得るだけだ。演劇部の面々の力を借りて必死の思いで「恋情、四海を飛び越えて」を完成させ、学園祭で上演した。カモフラさんは当時のことをこう話している。

「衝撃だったなあ。劇のラストで、エチュードがその赤ちゃんを抱いて現れたんだもの」

 赤ん坊は、自分の母親がまだ中学生であることなどつゆ知らず、すやすやと眠っていた。

 エチュードは観客に向かって必死に訴えかけた。その目は観客を通り越して、遠い国の空の下にいる忠太郎と忠四郎を見据えているようだった。この思い、はるかな海を越えて届け、と。

 エチュードのその後や、忠四郎が認めてくれたかどうかは、ラフランスの舞台で忠四郎役を務めるオマールの口から、舞台後の挨拶で語られることが慣例となっていた。ちなみに忠太郎役は実の息子のノワールだ。

「……忠四郎が二人を認めたのかは、残念ながら私には分かりません。しかし一つ言えることがあります。エチュードは伝えたいことをそのまま言うのではなく、演劇という手段を用いました。この方が、役者である忠四郎の考えを変えさせるのに、何よりも効果的だったのでしょう。つまり彼女は、本音に隠蔽工作を施したわけです。皆さんもストレートに物が言えないのであれば、物語を書いてみたらどうでしょう。ぜひ、出来上がったものは私たちに演じさせてください。お待ちしております」

 オマールに、観客から万雷の拍手が送られた。

 ルポさんとカモフラさん、そして元同僚は観劇の帰りに喫茶店に立ち寄った。

「舞台はどうだった?」

 カモフラさんがルポさんに尋ねた。

「なんだか、自分が何をすべきか、分かった気がします」

「何かつかめた?」

「ええ。僕はこれまで、信念とか自分の生きる目的をはっきり意識しないまま、漫然と過ごしてきたんですけど、今回のことを通して、本気を出して取り組みたいテーマを見つけて、調べて、発信したくなりました」

「オマールの最後の挨拶が胸に響いたのかな」

「そうですね。物語じゃなくても、誰かにとって必要な、知らせる価値のある情報を伝える人になりたい。ようやく気づきました。僕がナナハチ生まれの人を好きになったのって、こうして自分の役割を認識するためだったんだなって」

 こうしてルポさんは、婚活はいったん取り止めて、ようやく見つけたやりたいことに向き合うことにしたそうだ。私はメールをすべて読み終えた。本当に長い長いメールだった。

「わっ、いつの間にか外真っ暗よ」

 ランの一言で、私の意識は現実に引き戻された。ルポさんの物語は、再度読んでも深い感動を覚える。すっかり放心状態になっていた。

 ロベールが自分の腕時計を見て、現在時刻を確かめた。

「おや、もうとっくに閉店時間を過ぎてる。ずいぶん話し込んでしまったね。まあ、僕は楽しかったからいいけど。また面白い話を聞かせに来ておくれ」

 ロベールは優しい。ランと結託して罠にはめるようなことをして、少しでも心が痛まなかったと言えば嘘になる。

 私とランは、コロンボを出て、冷え込む夜道を歩いて行く。

「ロベールって、すごい人だったのね。何でも解決しちゃいそう。私も悩みがあったら、コロンボに通おうかな」

 ランが興奮気味に言う。今回のことを言い出したのは、私だ。ランはロベールのことを変人と見なしていて、すごさを知らないようだったので、彼のイメージアップのためにも、一計を案じたというわけである。常連が増えてコロンボが存続するのは私の望みでもある。

「私たちの隠蔽工作も、うまくいったのね」

「そっか。そうだね」

 ランに言われるまで気づかなかった。本当の目的を隠して謎解きをさせたのだから、じゅうぶん隠蔽工作といえる。それは、ランとロベールの仲を深めるのに大いに役立ってくれた。

 私もランのように、親密になれそうな人と人がいたら、間をつなげずにはいられない。

 また三人でコロンボに集まって、話がしたくなった。その時の私たちは、今よりももっと打ち解けている。今日のことを思い出して、笑い合いたいものだ。

 人の態度を変えさせたり、距離を縮めたりするのに、隠蔽工作という手段も悪くない。

 だからといって、これから婚活を始める皆さんは、素性を隠したりなどしないように。

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