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1-3 幸せの国で、幸せ探し

 私は扉を開けて店内に入った。ピークの時間帯を過ぎているからか、店内はがらがらだった。

「いらっしゃいませ。一名様ですか?」

 応対した男性店員に「はい」と答えると、男性店員は私をカウンター席に案内した。

「すみません。こちらにロベールという方はいらっしゃいますか?」

 私がそう言うと、何かを察したかのように男性店員の目つきが変わった。

「まいどっ。ロベール一丁!」

 すると店の奥から、女性の声がした。

「ロベール一丁、了解でーす!」

 私はこのカフェの雰囲気に似つかわしくない掛け声に面食らった。これじゃあロベールじゃなくてラーメンが出て来そうだ。それとも、ロベールは、ラーメン一杯と同じ扱い?

 代表の話によると、ロベールは私と同じA国出身で、数年前にこのカフェをオープンさせた。開店当初は珍しさもあって人気だったそうだが、今ではすっかり閑古鳥が鳴いている。そんなカフェの店主になぜ代表は頼れと言ったのか……。

 待っている間、ぼんやりと店内を眺めた。入り口に近い壁に、このカフェの外観を写した写真が飾ってある。開店当時に撮られたもののようだ。

 しばらくすると、店の奥から一人の男性が出て来た。

「いやいやいや。お待たせしてすまない。僕は裏メニューでね」

「あなたが、ロベール?」

「いかにも。きみはモナミだよね。代表からある程度話は聞いたよ。困ったお客さんがいるって?」

 通常、私たちは来談者の情報を外部に漏らしたりはしない。だが代表は、ロベールには特別に話してもいいと言っていた。

「本当に、話していいのかなあ……」

「おっと、安心してくれ。秘密は守るよ。僕はこれでも、この国できみと同じボランティア活動をしたことがあるんだ」

「じゃあ、私の先輩なんですね」

「いかにも。ボランティア活動を終えた後、この国が気に入った僕は、個人的にこの国に渡り、カフェをオープンさせた。そんな僕を慕ってか、ここにはよく活動中の団員が集まるんだ。僕は人知れず、裏メニューとして彼らの力になっているというわけさ」

「でもほとんどお客さんいないけど……」

「今日はたまたまだよ、たまたま。何か飲むかい?」

 ロベールがメニューをよこしたので、私はホットコーヒーを注文した。

「では、本題に入ろうか。相談料をふっかけたりはしないから、話してごらん」

「うーん。どうもあなたは、胡散臭い……」

「おいおい、乗りかかった船から下ろさないでおくれ。僕も伊達に裏メニューはやってない。これまで培ってきた知識と経験が、お役に立てるかもしれないよ」

「そうですね……。よし、決めた。話します」

 ロベールはコーヒーを淹れながら微笑んだ。私はこの問題に自分一人の力では限界を感じていたため、少しでもこの国に詳しいロベールの意見を聞くことにした。

「まず、何から話せばいいか……」

「順を追って話してごらん」

 そう言われて、私は頭を整理し始めた。

 如意宝珠がやって来た日のこと、彼の様子、奇妙なプロフィール……。

 話が終わると、ロベールは出来上がったコーヒーを私に差し出した。私は熱すぎないコーヒーを口に入れ、ロベールの言葉を待った。

「それはチュウニビョウだね」

「チュウニビョウ?」

 私はスマホで検索してみた。すると画面にはフィクションなどにのめり込みすぎて自分をその登場人物だと思い込んだり、自分だけの設定を作って行動したりする傾向のことを病気に例えて言った言葉、という説明が出て来た。

「如意宝珠にはその症状が見られる。自分本位で勝手に見えるかもしれないけど、ちゃんと理由があるんだ。不可解な行動は、もしかしたら彼なりのSOSなのかもしれないね」

「彼が助けを求めている、と?」

「目を背けたくなるような現実に、どうしようもなくなって自分の世界に閉じこもったのかも。彼がのめり込んでいるものは何かな?」

「ゲーム……ですか」

「僕には彼が考えなしに自分の設定を押しつけてきているとは思えないな。青竜偃月刀というのも、何かのメタファーじゃないかな」

「はあ……」

「彼を理解するためにできることは、まだあるはずだよ」

 私は感心した。私だったら怒り出してしまいそうになることに、そこまで深い見方ができるなんて。

 私は自分の世界に新たな見方が加わった気がして、今すぐにでも行動を起こさずにはいられなくなった。

「ありがとう、ロベール」

「なんとかなりそうかい?」

「分からないけど、やってみる」

 私は荷物をまとめて立ち上がった。会計をしようとすると、ロベールは代金を私の方へ押し戻した。

「今回は特別に、コーヒーはサービスにしとくよ。何かあったらいつでもおいで」

 私は礼を言って、コロンボを出た。代表が困ったら彼に頼れと言った意味が、少しだけ分かった。


 その晩、自宅に戻った私は、如意宝珠をヒアリングした時に取ったメモを読み返していた。

「彼のために私ができることは……」

 情報は少ない。その中で私が一番気になったのが、「集結! 梁山泊」というゲームだった。

 彼がやり込んでいるというゲームアプリ。私も自分でやってみようと思った。

 私はスマホを操作して、例のアプリを見つけた。インストールは有料だったが、このぐらいは安いもんだと思い、画面をタップした。

 ゲームがスタートし、BGMが流れ出す。画面には「遊びたいストーリーを選んでください」という字幕とともにストーリー一覧が表示された。私は画面をスクロールしながら驚いた。彼の言ったようにキャラクター百八人分のストーリーが用意されているようだ。その中で、あるキャラクターのイラストを見て指が止まった。

 そのキャラクターは、大刀関勝。名前の下に、「青竜偃月刀を巡る愛憎劇」という説明がある。その描かれたキャラクターの風貌が、相談所に現れた如意宝珠そっくりだった。そして、青竜偃月刀。如意宝珠はこのキャラクターになりきっているのかもしれない。

 ストーリーは二つに分かれていて、まず遊べるのは前編の方だ。開始のボタンを押すと、音楽とともに話が始まった。このBGMも、クリアすれば自由に聴けるようになるらしい。

 それにしても、まさか私が外国に来てゲームをするとは思いもしなかった。このゲームは広く学生に浸透しているというから、そんなに難しくはなさそうだけど……。私は期待と不安を覚えながら、「シューパク」の世界に飛び込んだ。

 前編の内容はこういうものだった。

 昔、あるところに一人の少年がいた。彼の家には代々受け継がれてきた家宝があった。青竜偃月刀である。あるとき、この刀が何者かに盗まれた。少年の父は、留守番をしていた少年を怒鳴りつけ、取り返すよう命じた。そこから少年の苦難の旅が始まったのである。山を越え、河を越え、いくつもの町をさまよい、ようやく少年は青竜偃月刀を見つけることができた。青竜偃月刀を生まれ故郷に持ち帰った少年は、自分の青春時代を刀探しに費やしてしまったことに激しく後悔する。かつての友人は領地や屋敷を手に入れ、結婚した者もいた。一方で自分の手元には、ただ青竜偃月刀があるのみ。大人になった少年は言う。

「我は青竜偃月刀によって、百の観念を授かったが、千年の孤独を味わった。我は青竜偃月刀を愛してはいる。しかし同時に、憎んでもいるのだ」

 それは、青竜偃月刀に運命を翻弄された少年の物語だった。如意宝珠が自らをこの少年に準えているのは明らかだ。しゃべり方までもそっくりだった。

 スマホの画面には、「後編を遊ぶには以下のキャラクターのストーリーをクリアしてください」という字幕が表示された。私は画面を閉じ、ふうと息を吐いた。

 私は如意宝珠に思いを馳せた。もしかしたら彼も、彼の言う青竜偃月刀のために諦めねばならなかったことがあったのではないか。一体彼は、どんな経験をしてきたのだろう。彼の過去を思うと、胸が締めつけられる。

 私は彼に何かを伝えなければという思いに駆られて、レイダンのブログのページを開き、こう書き込んだ。


大刀関勝くんへ

待ってます。

いつでも、来てくださいね。

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