2-終 路地裏の人生
次のミサさんとの面談は一週間後の日曜日。私はこの間に、少しでもミサさんへの理解を深めたくて、ジャガーファイブの大ファンだというランの友人に頼んでアイドル時代のミサさんのライブ映像を観たり、ジャガーファイブが表紙を飾った雑誌のインタビュー記事を読んだりした。
正直、私にはロベールの言っていたようには見えない。そこには私の知らない、ばっちりと着飾ったミサさんがいて、贔屓目かもしれないが、誰よりもきらきらと輝いている。取り立てて注目を浴びることはなかったかもしれないけれど、アイドルの活動を心から楽しんでいる。そんな印象を持った。
そして、ライブで披露されるどの曲も親しみやすい。ミサさんのソロパートなんか、何回も観返してしまった。この国に来るのがもうちょっと早ければ、私もライブに足を運んでいたかもしれない。
ミサさんが不満を抱いていたなんて、ちょっと信じられない。ほら見て、このミサさんのパフォーマンス。暗い気持ちなんて感じさせないじゃない。
そうこうしているうちに一週間は過ぎ、ついに、面談の日を迎えた。
エントランスでミサさんとケンジさんを出迎えて、相談室に通す。二人が席に着いたのを見てからその向かいに座る。なんだか、この一連の動作をするのはこれで最後になる予感がした。
では、まずはこの質問から。
「講習会はどうでした? 試したいことはうまくいきましたか?」
「それがね。私も場を和ませようとしたんだけど、先を越されちゃった」
「え? 誰に?」
「講師のヒデキさん。この人の冗談が本当に面白くて、みんな笑ってました」
「へー、好きになっちゃった?」
「うーん……確かに顔もかっこよくて、声も渋かったけど……好きっていうより、尊敬、みたいな。私もこんなふうになりたいと思いました」
「それはいい出会いになりましたね」
「はい。それで、お手本にしたくて、考えてみたんです。なんでこの人はこんなに面白いんだろうって」
「理由は分かりましたか?」
「多分、ヒデキさんの冗談には思いやりがあるからかな。思いやりがあるから、みんな安心して笑えるんだろうなって」
それは、配慮、と言い換えることもできるだろう。
「ヒデキさんを見ていたら考えが改まりました。人を楽しませるにはただニコニコしていればいいわけじゃない、相手のことをよく考えなくちゃいけないって」
ほんとに、ミサさんはすごい。どんな人からも何かを学ぼうとしている。
「私にできるかな……。先生はどう思う?」
「うん、そんな人が世の中に増えたら素敵だと思う。ミサさんにだってできますよ。今回の婚活で得られたことを、ぜひこれからに活かしていってください」
「そう、私ね、ようやくこれからの自分の役割を探し出せそうな気がするの」
「それは何でしょう?」
「今の私だからこそできる、アイドルみたいな活動って何かないかなって。実は私、アイドルやってた時は、パフォーマンスの後とかよく落ち込んでたんだ。他のメンバーとの実力の差を思い知らされて」
「私には、楽しそうに、のびやかに歌ってたように見えたけど……」
「うん……それでも楽しかった、本当に……。毎日が文化祭みたいに特別で、輝いてた。だから、解散ってなった時は、私からアイドルを取ったら何が残るの、ってふさぎ込んじゃった」
「つまり、未練があって、もう一度アイドルをやりたいってこと?」
「そうじゃなくて。理想としては、私がいることで、どんな人の人生にも彩りを与えられたらなって。私の経験を活かして、どんな場所でも、毎日を文化祭みたいにできたらって思うんです」
いやー、すっかり立派になっちゃって。ちょっと感動してしまう。
「そこで、先生に相談。私には、どんな仕事が向いてると思う?」
「ううーん……。人とかかわって、今すぐ始められるとすれば……接客のバイトとか」
「接客かあ……いいかも」
ミサさんは大きく頷いてみせた。
「接客なら、お客さんの反応を直接見られるし。工夫次第で、いくらでも華やかにできそう」
「ミサさんがいたら、きっとその店は大繁盛間違いなしですよ」
「……うん。いつか、理想を実現できたら、本当に結婚したい時が来るかもしれない。そしたらまたここで婚活したいな」
「待ってます。きっとその時だから出会える、素敵な人がいますよ」
私が力を込めて言うと、ミサさんから笑みがこぼれた。
それを見ると、どうしようもない虚脱感に襲われた。決して楽な婚活ではなかったけれど、終わってしまうのが惜しかった。
私は二人を見送るため、レイダンの外に出た。辺りには夕闇が迫っている。それが寂しさを一層募らせる。
「じゃ、先生。今まで、ありがとうございました」
ミサさんがケンジさんの車に乗り込む。一方でケンジさんは、まだ私の隣にいる。ミサさんが助手席のドアを閉めたのを確認してから、私に向き直って言った。
「いやあ、よかったよかった。まるで上質な映画を観終えた気分ですよ。まさかあの子がアイドルを辞めた後に、そばでこんな成長物語が観られるとは。私は、あの子が幸せになる道は、もう結婚しか残されていないと思っていました。でも、あの子は結婚に頼らない、自分の生き方を見つけてくれた。たくましいですね。たくさんの出会いを通して、人の日々の生活に思いを馳せることができるようになったあの子は一皮も二皮もむけたようです。親バカかもしれませんが、やっぱりミサは最高のアイドルですよ! モナミさん、ここまで導いてくださって、心からお礼を言いたい。本当にありがとうございました」
ケンジさんは深々と頭をさげてから、弾む足取りで車の方へ向かっていく。運転席に乗り込むと、助手席のミサさんと一言二言交わす。
私は二人に向かって深くお辞儀をした。数秒後、顔を上げると、ミサさんがひらひらと手を振っていた。私も振り返す。
今の彼女には、世界はどう映っているだろう。おそらく、ここへ来る前と後で見え方は変わったはずだ。ステージの上からでは見えなかったものに、気づいたのではないか。見世物じゃない人生にも、妙味は見つけられる。目途がついたのなら、絶えず幸せに向かって歩き続けよう。彼女は今度、目の前にいる人を幸せにするために生きていくことを選んでくれた。
私がこの国で働いていくことにおいて、温かく、それでいてとても心強い存在だ。




