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2-19 婿に来ないか

 ミサさんは大きく息を吐いた。

「……とまあ、こんな感じ」

「そう……どうして断ったの?」

「なんか……試したいことが出てきたんです」

「試したいこと?」

「コウスケさんの言った、表情ひとつに力があって、笑うだけで場が華やぐって言葉がずっと引っ掛かってて。私、そんなこと言われたのは初めてで。ただ愛想を振りまくのとは違うのかな。本当に私にそんな力があるのか、確かめてみたいんです」

 コウスケさんの意図したことはなんとなく分かる気がする。学校でひとクラスに一人はいそうな、教室の空気を作り出す中心人物。決して支配者などではなくて、そんな人に肯定してもらえれば、確かに嬉しい。しかし、その言葉さえなければ、ミサさんはプロポーズを受けていたのだろうか。

「もしここでプロポーズを受け入れたら、それがもう確かめられなくなると思ったんです」

「つまり、ミサさんは、そのためにどうしたい?」

「だからね、もう一度相手を紹介してほしいの。もう少しで、つかめそうな気がするから」

 目的が婚活から離れてしまっているが、私は悪い離れ方ではないと思っていた。タカオさん、コウスケさんと関わったことで、ミサさんの心境も変化してきている。何日かぶりにレイダンを訪ねた時に、語る言葉や、まとう雰囲気からその変化を感じ取るのが、楽しみになってきていた。彼女が幸せに近づくのなら、構わないと思った。

「でしたら、ミサさんの希望の条件を見直す必要がありますね。以前の条件で出てきたのは、タカオさん一人だけでしたから」

「それなんですけど、これまでの希望とは大きくかけ離れた条件で検索できますか? 年齢もぐっと上にして、接点なんかまるでないような人と会ってみたいです」

 遊んでるなあ……。いや、うまく活用していると言うべきか。

「分かりました。やってみましょう」

 ミサさんと相談しながら、条件を決めて、相手を検索してみた。

 そして私たちはある人物にたどり着いた。

「この人はどう? ヒデキさん。四十三歳、危険物取扱者試験準備講習会の講師をしている方です」

「危険物取扱者って、なに?」

 ミサさんの疑問に、簡単な説明をする。

「例えば、ガソリンや灯油なんかは、扱い方を間違えれば火災や爆発につながるのね。こうした危険物をたくさん扱っているガソリンスタンドなどでは、その性質を理解して、関係する専門知識を備えた人が必要になるの。それが危険物取扱者。この講習会は、その資格を取るための勉強会ですね」

「ちょっと待って……あ、これがこの人のツイッターかな」

 ミサさんはスマホを操って、目ざとくヒデキさんとおぼしき人のアカウントを見つけた。

「土日にその講習会があるみたい。そこに行けば、会えるってことですよね」

「まさかミサさん、受講するつもり?」

「うん。学校の授業みたいなものでしょ? なんだか私の試したいことを試す、うってつけの場だって気がする」

 それはもはやデートですらない。結婚相談所とも関係がない。だが、ここで反対してミサさんの歩みを止めるような真似はしたくない。最後まで並走しようと、私は決めたのだ。

「分かりました。うまくいくといいですね」

 ミサさんは力強く頷く。私はまた次回の報告を楽しみにして、彼女を送り出すことにした。


「……で、彼女は今その講習会に通っているわけかい」

 私は、講習会のある土曜日、ロベールのカフェ「コロンボ」を訪ねた。

 私はまじめに相談に来たつもりだった。だが、ミサさんの話を一通りすると、ロベールは最後には笑い出した。

「ちょっと。何かおかしかった?」

「ごめんごめん。不謹慎かもしれないけど、僕は毎回面白い話が聞けて満足だよ」

「うん、不謹慎だね」

 私がぴしゃりと言い放つとロベールはちょっとたじろいだ。

「でも、相談所的にはどうなんだい? 今回のやり方は」

「代表には、お見合い料が取れないじゃないか、って怒られました」

「はっはっは。破天荒だなあ」

 ロベールはカウンターの中でコーヒーを淹れている。今日も店内には、私以外の客は見当たらない。

「ねえ、ロベール。私がこの国に来てすぐに解散したから分からないんだけど、ジャガーファイブって、そんなに人気だったの?」

「まあね。普段はヒョウの耳と尻尾をつけて歌って踊るんだけど、外しても可愛いから、テレビとか雑誌とか、いろんなメディアに引っ張りだこだったよ」

「なんで解散したの?」

「いろんな憶測が飛んでたけど、ほんとのところは、分からないな」

「そう……アイドルのミサさんはどんな感じだった?」

「そうだね……あまり目立ってなかったね。何しろ他のメンバーが強烈な個性の塊だったから。そんな人たちに囲まれて、見事に埋もれていたよ。いじけているんじゃないか、って見えることもしばしばあった。でも、モナミの話を聞いた後だと、ひょっとしたらアイドルとしての自信がなかったのかも、と思えてくるね」

「そうなんだ……」

 ミサさんにはこれまで三人の男性を紹介した。彼らと関わるなかで、ミサさんが自分の価値に気づいたとしたら、一体どんな未来を選び取るのだろう。

「次にミサさんに会ったら、なんて言えばいいのかな。レイダンとしては、一日でも早く成婚者を出したいところではあるんだけど」

「今回のケースも結婚という形に落ち着きそうにないね。でも、それでもいい、という思いもあるんだろう?」

「そう、だね」

 重要なのは幸せかどうか。単純に結婚すればいいとは私も思っていない。

 さあ、ミサさん。私たちの歩いた旅路は、どれひとつ取っても決して無駄ではなかったはず。

 あなたの、婚活とはいいがたい婚活の、帰着点は、なに。

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