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2-16 婿に来ないか

 剣道場へ入ってみると、面と防具を着けた五人の部員が練習に打ち込んでいた。全員、顔は見えないが垂ネームの名前で判別可能だ。

「よーし、やってるなー」

 コウスケさんが姿を見せると、五人の部員は練習を中断し、同時に現れた私とミサさんに好奇の目を向けた。

「おっ、コウスケさんがとうとうフィアンセを連れてきた」

 五人の中で最初に軽口を叩いた部員が近寄ってきた。垂ネームには「キヅ」とある。

「いや、まだそこまではいってないって」

 気安いやりとりの感じから、どうやらキヅくんが一番コウスケさんと親交があるようだ。

「実は、彼らにはミサさんのこと事前に話してあるんです」

「えっ……」

「すみません、嘘をついてごまかすのもあれかなと思いまして……」

「いえ……」

 そうか、今回はデートを隠す必要もないか。ミサさんは戸惑ったようだったが、このことからコウスケさんが後輩に誠実に向き合っていることが伝わった。

「あー、コウスケさんも身を固める時が来たかー」

 再びキヅくんがここぞとばかりにからかう。面を着けていてもにやけているのが分かった。

「いいから、練習に集中しろ」

 取り乱すコウスケさんは珍しいのか、場の空気が一気に和んだ。

 ここで、ミサさんが五人に自己紹介した。

「こんにちは。ミサといいます。コウスケさんとは結婚相談所の紹介で会うことになりました。私はこの高校の卒業生で、わずかですが剣道の経験もあります。お邪魔だとは思いますが、見学させてください。あと、コウスケさんのこともいっぱい教えてください。よろしくお願いします」

 部員たちが小手をはめた手で拍手した。

「おー、なんか急に華やかになった」

 ひょろっとした部員「ハジロ」くんが興奮気味に呟いた。ミサさんの登場で明らかに部員たちの士気があがった。

「ミサさんにいいとこ見せたいから、お前らも協力しろよ」

「へーい」

 五人は練習を再開しようとした。ところが、ミサさんをじっと見つめていた「エジマ」くんが、隣の「ナカタ」くんの肩を激しく叩いた。

「あれ? ジャガーファイブのミサじゃね?」

 そう言われたナカタくんは驚きを隠せず、素っ頓狂な声を上げた。その衝撃は他の部員にも波及していく。

「確かに言われてみれば……」

 ハジロくんがじろじろとミサさんの顔を見る。

「コウスケさん、アイドルと付き合うんですか。レイダンって、アイドルとも知り合えるんですか」

 キヅくんが矢継ぎ早に質問を浴びせる。

 ばれてしまったか。こうなってはもう、隠し通すことはできない。

「ミサさんって、解散して恋愛が自由になったから、結婚することにしたんですか?」

 誰が言ったか、やや不躾な質問が飛んできた。いきなり見抜かれてしまったが、素直に認めるわけにもいかず、ミサさんの態度が曖昧になる。

 もはや練習どころではなくなってしまった。しかし、この収拾がつかない事態を治めたのは、剣道部の部員の一人の「ミナミ」くんだった。

「はい、詮索しない!」

 ミナミくんは困惑する私たちを見かねて、騒ぐ部員を制してくれたのだった。

「お前ら、もう大会が近いんだから、いい加減練習に戻るぞ!」

 ミナミくんにとがめられた四人は追求を諦めて、渋々練習に戻っていった。

「すみません、騒がしいやつらで。ミサさん、アイドルだったんですね。全然気づきませんでした。僕はその方面には疎くて」

 コウスケさんが頭を搔いて謝った。

「いえ……私も黙っててすみませんでした」

 ミナミくんのおかげで部員たちは落ち着きを取り戻し、それから私とミサさんは彼らの練習風景を眺めた。

 コウスケさんは熱心に後輩たちを指導する一方で、ミサさんと会話することも忘れなかった。

「さっきの、ミナミくんは部長ですか?」

「ええ。クセのあるやつらをうまくまとめてくれています」

「でも、みんな仲良さそうですね」

「全員二年生なんですよ。本当はあと一人女子部員がいるんですけど、今日は用事があって来られないそうです」

「女の子一人ですか?」

「ええ。ミサさん、剣道の経験があると言ってましたけど……」

「はい、中学のとき、ちょっとだけ。私、初めて面を打たれたとき、痛くて泣いちゃって」

「ああー。たまにすごい力強いやついますよね」

「それでも一年頑張ってみたけど、続けていたらどうなっていたんだろ……」

「もしかしたら僕たち、別のかたちで出会っていたかもしれませんね」

「コウスケさん、そろそろ……」

 練習で息があがったミナミくんが呼びに来た。

「ああ、分かった。じゃあ、彼らに稽古をつけてきます」

「あ、はい。がんばってください」

 コウスケさんも面を着けて軽く素振りを始める。稽古は、大会を意識して試合形式で行われた。威勢のいい掛け声を放って面を打ち込むコウスケさんを、ミサさんはじっと見つめている。驚いたことに、コウスケさんは一対一の稽古の相手を五人連続、休みなしで務めた。この人の体力は底無しなのか。

 これがこの日の最後の練習メニューであったらしい。部員たちは剣道場の端に正座して面を取り、火照った素顔があらわになった。

「正座!」

 部長のミナミくんが声を張り上げて、部員を剣道場の中央に集め横一列に座らせた。コウスケさんは彼らの正面に座った。

「黙想」

 全員が目を閉じる。先程までの激しい稽古が嘘のように、剣道場が静まり返る。

 しばらくそうしたあと、コウスケさんが手を叩き、全員が目を開けた。

 そのあとコウスケさんが今日の稽古の感想を一人一人に伝えて、本日の練習は終了した。

 すべての練習を終えたことで、剣道場が解放感で満たされていく。この時を待っていたとばかりに、部員たちがミサさんのもとに集まる。

 聞きたいことは山程あると思うが、さっきのミナミくんの一言が効いているのか、彼らの口からはなかなか言葉は出てこず、ただもじもじしている。

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