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2-15 婿に来ないか

 これほどもどかしい一週間は過去にあっただろうか。毎日なんとなく落ち着かず、気を揉みながら過ごして、ようやくその日を迎えた。今日は、ミサさんとコウスケさんが顔を合わせる約束の土曜日。付添人の私は、レイダンのエントランスの前に立ち、迎えの車が来るのを今か今かと待っていた。数分後、見覚えのある車が走って来て、私の目の前で止まった。運転席の窓が開き、ケンジさんが顔を覗かせた。

「おはようございます。どうぞ乗ってください」

 私はご好意に甘えて同乗させてもらう。後部座席に乗り込むと、車内には私の知らない曲がかかっていた。この国の音楽番組は何度か見てみたが、流行歌とはまた違うようだった。

「すみません、私まで送っていただいて」

「いえいえ。こうしてこの子のために付き添ってくださるわけですから」

 助手席にはミサさんが座っていた。

 私たちを乗せた車は、コウスケさんの待つB高校を目指して走り出した。

 街なかを走り抜ける車は、次々と人、民家、店などを追い越していった。そうした窓の外の流れていく景色を見ているだけで、いい気分転換になる。

 高校が近づいてくるにつれて、ミサさんは通学時の思い出を語った。

「あの店、まだあったんだ。帰りによく買い食いしたな」

 B国には鉄道がない。A国でもあまり電車に乗らなかった私は、さほど不便を感じていない。

「ミサさんは学生時代、どうやって学校まで通っていたんですか?」

「バス通学でした。バスの待ち時間に、停留所の近辺をぶらぶらしてました。でもまさか、もう一度学校に来ることになるなんて」

 懐かしさにミサさんも心は学生時代に戻ったようだった。果たしてミサさんは、自分の青春時代を送った場所で「普通の恋愛」を体験することができるのだろうか。期待はもちろん、不安もあるに違いない。ミサさんの視線は、絶えず窓の外の景色に注がれていた。

 学校に到着し、ケンジさんは車を校門前に乗りつけた。そして、車を降りるミサさんに励ましの言葉をかけた。

「しっかりな。いってらっしゃい」

「分かってる。いってきます」

「では、モナミさん。またのちほど」

「ええ。本当にありがとうございます」

 帰りもケンジさんに送ってもらうことになっている。それまでの間、ケンジさんはどこかで時間を潰す。

 私はミサさんを託された。気を引き締めなければ。

 車が去ったあと、きょろきょろと周囲を見回していたところ、剣道着姿の男性が一人、私たちの方へ駆けてきた。

「おはようございます。ミサさんと、レイダンの方ですよね? 僕がコウスケです」

 コウスケさんは短髪の男性で、実際に会ってみるとよりさわやかな印象を受けた。高校生と見紛うほど若々しい。

「はい、お待たせしてすみません。こちらが、ミサさん。私は彼女を担当している相談員のモナミです。今日はよろしくお願いします」

 お互いに顔と名前を確認し終えて、私は二人の後ろに引っ込んだ。ここからはあまり出しゃばらず、折を見て会話をサポートする役に徹した。

「今日は私の無理なお願いを聞いてくださって、すみません」

 まずミサさんの口から出たのは、お詫びの言葉だった。普通なら、二人はどこかの喫茶店の席でお見合いするはずだった。

「いえいえ。今日は、僕という人間をアピールするチャンスをもらったと思って、頑張りたいと思います」

 コウスケさんは前向きだ。好意的に受け止めてくれていて、私はほっと胸を撫で下ろした。

「じゃあ、そろそろ剣道場に行きましょうか」

 コウスケさんに促されて、私たちは体育館の向こうにあるという剣道場に向かって歩き出した。が、ミサさんが不意に足を止めた。

「あれ? この歌って……」

 校舎から迫力と情感たっぷりの歌声が聞こえてきた。

「ああ、近く合唱コンクールがあるんですよ。熱心なクラスは休日も集まって練習しているみたいですね」

「へえ、今年は合唱コンクールなんだ」

「ええ。この高校って、文化祭は三年に一度なんですよね。なんで毎年やらないんでしょうね」

 どうやらB高校では、文化祭がない年に合唱コンクールが行われるようだ。

「お二人は文化祭の思い出は何かありますか?」

 私は話を広げようと聞いてみた。

「いやあ。僕はほとんど覚えてないですね」

「私は……私の学年は、クラスごとにステージ発表があって、私のクラスは男子三人が衣装着てマイク持って、当時流行ってた男性グループの歌を歌ったんですけど……知ってます? 『敵愾心』っていうグループ」

 ミサさんのその質問は、コウスケさんが芸能人に関心があるか確かめる意図もあったのだろう。

「ああ、聞いたことあります。でも、メンバーの名前やどんな歌を歌っていたかは知らないなあ」

「そのあと、一番歌がうまかった男子の一人が、女子たちからすごいモテるようになったんです。確かその人、剣道部じゃなかったかな」

「へえ、僕の知ってるやつかな」

 話をしながら歩いているうちに、剣道場の前まで来た。ここまでの感じでは、コウスケさんはミサさんが元アイドルだと気づいているようすはない。

 しかし私はここで重大なことに考えが及んだ。もしかしたら剣道部員が気づく可能性がある。ここで何の対策もせずに対面させてしまっていいのかと不安がよぎったが、時すでに遅し。ミサさんはコウスケさんとともに剣道場へと足を踏み入れていた。

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